■人生の最後くらいは、心に正直になって、やりたいことをやれば良いと思います
Contents
■オススメ度
寓話的な物語が好きな人(★★★)
絵画的なビジュアルが好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.11.2(アップリンク京都)
■映画情報
原題:Zgodbe iz kostanjevih gozdov(栗の森の物語)、英題:Stories from the Chestunt Woods(栗の森の物語)
情報:2019年、スロベニア、82分、G
ジャンル:第二次大戦後に後悔を抱えた老人と希望を抱えた若き女性の交流を描いた寓話的ヒューマンドラマ
監督:グレゴル・ボジッチ
脚本:グレゴル・ボジッチ&マリーナ・グムジ
キャスト:
マッシモ・デ・フランコビッチ/Massimo De Francovich(マリオ・サラマント:病弱の妻を抱える老人、大工)
イバナ・ロスチ/Ivana Roscic(マルタ:戦場に行った夫を待つ妻、栗売り)
(若年期:Dora Ciccone)
ジュジ・メルリ/Giusi Merli(ドーラ:マリオの妻)
Renzo Gariup(ジェルマーノ:マリオとドーラの息子の声)
トミ・ヤネジッチ/Tomi Janezic(トニ:ドーラを診る医師)
Igor Kovac(イヴァン:マルタの夫)
(若年期:Marko Kalicanin Celinsek)
Janez Skof(シルヴァン:マリオの友人)
Paulo Coszach(ミルコ:マリオの友人)
Anita Kravos(セシリア:マルタの友人、バスの乗客)
Natasa Keser(エマ:マルタの友人。バスの乗客)
Ivo Barišič(博打打ち)
Mario Borgù(博打打ち)
Romano Clinaz(博打打ち)
Ettore Trusgnach(博打打ち)
Giuseppe Longo(博打打ち)
Sergio Floram(博打打ち)
Giordano Sdraulig(博打打ち)
Paolo Iussig(博打打ち)
Paolo Venuti(博打打ち)
Michele Qualizza(牧師)
Janja Majzelj(王)
Matija Solce(王)
Marko Brecelj(王)
Luisa Battistig(ドーラの母)
Goran Kalicanin(ドーラの父)
Norina Ester Ciccone(老婦人)
Adriano Gariup(バスの運転手)
Gorazd Bozic(音楽家)
Miha Debenjak(音楽家)
Tomaz Semenic(音楽家)
■映画の舞台
第二次世界大戦後、
ユーゴスラビアとイタリアの国境付近
ロケ地:
イタリア:
Valli del Natisone
https://maps.app.goo.gl/tzaSqnHViEX6N6PBA?g_st=ic
スロベニア:
Kanalski Kolovrat
https://maps.app.goo.gl/BQrgLrn51RVHdMLZ7?g_st=ic
スロべニア
Golo Brdo
https://maps.app.goo.gl/33uHtCXCAyTSd1rs5?g_st=ic
■簡単なあらすじ
第二次世界対戦を終えた、イタリアとユーゴスラビアの国境付近には、困窮に喘ぐ老夫婦と、若い栗売りが住んでいた
夫のマリオは、かつて持て囃されていた人物だったが、今では賭け事のカモにされるなど、その扱いは酷いものだった
彼には病弱の妻ドーラがいたが、積極的な治療を受けさせることもできない
若い栗売りのマルタは、戦争に行った夫が帰って来ず、彼を探す旅に出ようと考えていたが、先立つものはなく、売れもしない栗拾いに時間を費やしてた
ある日、マリオが川沿いの小道を歩いていると、そこに大量の栗が流れてきた
彼は不思議に思っていると、それを追いかけてマルタがやってくる
マリオは拾うのを手伝い、彼女の家に招かれることになった
テーマ:後悔の先にあったもの
裏テーマ:外の世界に向かう理由
■ひとこと感想
時代設定は馴染みがありますが、場所に馴染みがなく、どんな地域性だろうかとワクワクしていました
いわゆる国境沿いの僻地で、戦争によって経済状況が悪化し、働き手となる若者がいない村のような感じになっていました
冒頭から「寓話」という言葉が出て、映像的にはほぼ自然光のみで撮られているので、印象以上に暗く感じました
人物の顔もはっきりとわからないところがあって、写真集っぽいパンフレットに助けられてしまいました
物語は、二つの物語が交錯し、後悔前&後悔後における立場の違いというものが描かれています
この地方の民話がベースになっているようで、そのあたりの考察も必要になってくると思います
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
終始、画面が暗くて、何度か持っていかれそうになりましたが、何とか完走に至りました
初めは「え?それで終わり?」という感じで、物語の意図が読めなかったのですが、老年の後悔と若年の後悔における、その後の人生への影響というものが根底にあったのだと思います
特に、女性が抱える後悔は執着度が高く、晩年の妻があれこれ言っていたことはマリオ自身を苦しめていたと思います
そんな中にあって、偶然出会ったマルタには、そんな想いはしてほしくないと思ったのでしょう
映画は、芸術的な側面が強く、静止画でも絵になる感じですが、動いてこそという場面もありましたね
でも、唐突に入る歌唱とか音楽隊の意図はよくわからなかったというのが正直なところでしょうか
物語は3章立てで、「MARIO, TA ŠKRTI MIZAR(マリオ、しみったれた大工)」「MARTA, ZADNJA KOSTANJARKA(マルタ、最後の栗拾い)」「GEROMANO, IZGUBLJENI SIN(ジェルマーノ、帰ってこない息子)」という感じに分かれていました
■民族伝承「クフリン(Kufulin)」について
クフリンとは、パンフレットで監督が言及している民間伝承に登場する生き物で、兎と孔雀のハーフのような動物のことを言います
この物語はパーヴェル・メドヴェシュチェク(Pavel Medvešček)の「Na rdečem oblaku vinograd rase(翻訳:赤い雲の上に葡萄畑が育つ)」の1節に登場するものだと思われます
Pavel Medveščekは1933年生まれのスロベニアの作家で、上記の作品は1990年に書かれたものでした
作者が幼少期に聞いたものをまとめたもので、いくつかの伝承が記されています
この中に「Kako ris zasenjati」と言う章があって、8つ目のところに「Cufulin」の項目がありました
この項目はパンフレットのイラストの横に書かれてある物語の詳細になりますね
伝承自体はもっと古くからあるものだと思います
WIKIVIRには著者の許可を得た作品が公開されているので、こちらをググってみてはいかがでしょうか
https://sl.m.wikisource.org/wiki/Na_rde%C4%8Dem_oblaku_vinograd_rase
物語の概要は、兎と鳥のハーフであるクフリンが住んでいたけど、不幸をもたらすとされていて、村の人たちが迫害を始めてからしまうというものです
そして、最後のクフリンが殺された時、空は3日3晩真っ暗になり、嵐が吹き荒れ、激しい火災に見舞われてしまいます
朝になると、樫の木が枯れていることを知り、全てをやり直す必要があることを悟る、と言う内容になっています
この物語の引用理由はわかりませんが、一言で言えば後悔先に立たずという感じになりますね
愚かな行為によって取り返しのつかないことが起きて、それを正そうとする物語であると考えられます
そう考えると、クフリンを殺す人々は「妻ドーラの願いを無視したマリオ」のようにも思えてきます
■後悔の意味が変わる理由
本作は3つの章に分かれているのですが、実質的にはマリオとマルタの2つの章が主題となっています
そこで描かれているのはそれぞれの「後悔」であり、マリオは息子に関すること、マルタは夫に関することになっています
マリオはドーラの願いを聞き入れずに息子ジェルマーノとの連絡を取らないのですが、彼自身が手紙を出せずにいたことがわかります
マルタは夫を探す資金がなかったのですが、最終的にマリオのお金を受け取ることになりました
マリオの後悔は「できたのにしなかったことに対するもの」で、マルタの後悔は「できなければ起こるもの」として描かれています
同じ後悔でも、当時の自分の状況によって、後悔を生むかどうかというのは分かれてしまうものでしょう
そして、マリオの後悔があるからこそ、マルタを助けようと考えるに至っているのだと思います
また、マリオはマルタを助けなければ後悔を抱えると考えていて、それゆえに行動に移したのではないでしょうか
人が死ぬ時に思うことというのはたくさんありますが、その中で多いのが「あの時、ああしてればよかった」というものだそうです
「してればよかった」というのは「できる状態にあった」とも言い換えられるので、何かしらの障壁があって、実行に移せなかったのですね
その多くは、価値を見出していないか、やらない選択によって歩んだ人生が思わぬものだったということになるのだと思います
それを回避する方法は一つしかなく、「思い立ったらやる」ということでしょう
結果を想像しても、その通りになるとは限らないし、論理的に考えると失敗しそうな気になってしまいます
なので、心が思ったことは勢いに任せてやってしまう方が良いのですね
やってダメなら戻れば良いだけで、引き返せないほどの代償を払うと考えられる場合は、熟慮する方向に舵を切った方が良いと思います
マリオの後悔は「引き返せないほどの代償と引き換え」というものではなかったので、行動に移すべき案件だったのかな、と第三者視点では見えてしまいますね
逆にマルタが無計画に村を飛び出してしまうと、これは「引き返せないほどの代償」になり得る可能性がありました
そう言った意味において、マルタの一時停止は理性的であると同時に、神様が「待て」と言っていたようにも思えてきます
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、戦後の村において、惰性で生きている人々を描き、多くの人は村を捨てて出て行こうとしています
マリオはドーラが亡くなったことであの森にいる意味がなくなったのですが、かと言って外の世界に出てどうなるかはわかりません
でも、村からはほとんどの人がいなくなっているので、留まることも地獄のように思えてしまいます
戦争によって、多くの若者が戦地に向かい、そして帰って来なくなった村で、ジェルマーノもその一人だったと言えます
未来ある若者にとっては、あの村は監獄のようなもので、自由も見通しも立ちません
役に立たない医師もまともな診察はできないのですが、彼自身は「村でできることはない」と考えていて、何かしらの診断をつけて、それらしい薬を与えることで、精神的な癒しを与えられると考えていました
そのような村において、マリオは自堕落な生活を続けながら愚痴を言っては妻を困らせる毎日を送っていました
とても怠惰で、息子への手紙を出すことすらままならないのですね
彼が行動を変えたきっかけはドーラの死というよりは、医師と再会したときで、「あんたがこれから言うことはわかる」と憤慨していました
マリオは、あの時に初めて、自分の行動の愚かさに気づいていて、それが村から出るきっかけとなっていました
その後は、マルタと出会う中で、何かしら自分が役に立てるのではと思い始めます
彼ができることはわずかな金を与えてやることだけなのですが、それでもマリオの心もマルタの心も満たされていくのですね
その先にどんな未来があるのかは分かりませんが、後悔に気づいた時にこそ、それを光に変えることができるのかもしれません
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP:
https://chestnut.crepuscule-films.com/
