■自由に考えた先に辿り着く、解釈というの名の思考暴力
Contents
■オススメ度
不思議な時系列の映画が好きな人(★★★)
■公式予告編
https://youtu.be/fEeOCyRGqNU
鑑賞日:2023.5.4(京都シネマ)
■映画情報
原題:郊区的鸟(郊外の鳥)、英題:Suburban Birds(郊外の鳥)
情報:2021年、中国、118分、G
ジャンル:再開発地区の測量士が自分と同じ名前の子どもの日記を見つけ不思議な体験をする青春映画
監督:チャウ・ション
脚本:チウ・ション&ウー・シンシア
キャスト:
メイソン・リー/李淳(ハオ/夏昊:廃校を訪れる測量士)
ゴン・ズーハン/龚子涵(ハオ/夏昊:廃校の日記の持ち主、小学生)
ホアン・ルー/黄璐(ツバメ/燕子:傾いたビルの住人)
リュー・チー/刘琦(リョウソー/梁爽:廃ビルで犬を待つ女)
シアオ・シアオ/肖骁(ハン/韩啸:測量チームのリーダー)
ワン・シンユー/王新宇(課長:測量チームの中間管理職)
ドンジン/邓竞(アリ/蚂蚁:ハオの同僚)
チエン・シュエンイー/钱炫邑(キツネ/狐狸:ハオに片思いをする小学生)
チョン・イーハオ/陈义豪(太っちょ/胖子:不登校になる小学生)
シュー・チョンフイ/徐程辉(爺さん/老头儿:グループのリーダー的存在の小学生)
チェン・ジーハオ/陈智昊(黒炭/黑炭:双眼鏡に興味を持つ小学生)
シュー・シュオ/许烁(ティン/方婷:ハオと恋仲になる小学生)
■映画の舞台
地盤沈下の進む中国の地方都市
ロケ地:
中国:杭州
杭州市
https://maps.app.goo.gl/AkdvYqKdbA5hvKTWA?g_st=ic
■簡単なあらすじ
ある廃ビルの地盤沈下騒動によって再開発地域の傾斜を測量しているハオは、地区内にある廃校にて、自分と同じ名前の小学生の日記を見つける
そこに書かれていたのは、仲間たちとの日々で、女の子と仲良くなったり、仲間が引っ越しをしたり、と些細でいて劇的な日常が綴られていた
ある日、少年たちの仲間である太っちょが不登校になってしまい、彼の家に行こうという話になった
彼の家を知っているというキツネについていくハオたちだったが、近いはずなのに着く気配はなかった
その道中で、怪我人が出たり、行方不明が出たりする中、残ったメンバーで太っちょの家を目指す
そんな様子が綴られた日記を読んだハオは、測量レンズ越しに街を見ながら、不思議な夢に感化されていく
テーマ:時代とともに消えゆくもの
裏テーマ:住処を追われる人々
■ひとこと感想
ある建物の傾斜問題によって、地域を感覚する測量士が調査をしているのですが、この設定が非常にわかりづらく、事前知識がゼロだと、何が起こっているのかわからない映画になっています
主人公のハオは、ある廃校にて自分と同じ名前の小学生の日記を見つけるのですが、これも映画内では「ハオと呼ばれる少年が登場する」だけで、関連性はわからない感じになっています
登場人物は、大人6人、子ども6人で、男女構成比も同じなので、それぞれがリンクしているようにも思えます
パンフレットでもそれを匂わせていますが、実際のところは分かりません
劇中で小学生たちの絵が登場し、そこに書かれているサインなどから彼らの本名がわかりますが、太っちょは「謝起」、黒炭は「石磊」になっていましたね
じいさんははっきりと読めませんでしたが「桒証」みたいな漢字だったと思います
これらが名前かどうか分かりませんが、キャラクターとハオの関係性を考えると、違う意味があるのかなと思いました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画は「何の映画かわからない」という感想が多い作品で、その要因は「時系列が混同している」からだと思います
普通に考えれば、子ども=大人の少年時代のように見えますが、双眼鏡が時間軸を越えたり、そこから覗いた先に新幹線が見えたりと、あたかも時間を越えるためのホールがそこにあるように見えます
これらの構造のカラクリは、エンディングテーマの歌詞にあると思うのですが、そこでは「鳥=少年」というふうに歌われていましたね
なので、郊外の鳥というのは「郊外にいた少年たち」ということになり、今は都会に住んでいる子どもたちというニュアンスになるのだと思います
少年たちは結局のところ、太っちょの家に辿り着けないのですが、それは単にキツネのイタズラだったのでしょう
キツネはティンと同じくハオのことが好きですが、ティンがそれを許さないので、その気持ちがはっきりしてからはグループから少しだけ距離を置いていました
そんな矢先に太っちょの不登校が発覚するのですが、それを利用して仕返しをしてやろうと考えたのだと思います
■タイトルの意味
郊外の「郊」とは、中国語で「国城の外れの地」という意味があり、周の時代には「国城から50里を近郊」「国城から100里を遠郊」と呼んでいました
なので、ざっくりと「100里よりも外(約392km)」より外側みたいな意味になります
ちなみに東京から400kmだと、西は岐阜県、北は宮城から山形のあたりになりますね(遠すぎ!)
映画の中の意味は「再開発地域」という意味で、現在の都市部の周辺という意味になっていますね
そこにいる「鳥」ということになりますが、この「鳥」はエンディングで「子ども」というふうに置き換えられていました
なので、「再開発地域の子どもたち」という意味になり、それはそのまま少年ハオたちという意味になります
このハオたちがどの時代にいるのかは曖昧で、同じ時代にいるようにも思えますが、実際には「青年ハオがうたた寝しているときに見ている夢」のようなものなのですね
ざっくりと言えば「睡眠の浅いときに現実パートにいるような錯覚になる」という感じで、それが「双眼鏡を拾うシーン」と「双眼鏡を覗き込むシーン」ということになります
レム睡眠とノンレム睡眠は90分〜120分程度で一周するようなイメージで、その段階は4段階に分かれています
映画の中だと「ノンレム睡眠時の青年ハオ」というのがその間隔のように思えるので、そう言ったカラクリが現実と夢を混同させているように思えました
青年ハオは今は再開発地区になっている土地の出身という設定がありますが、映画の中ではそれが明確にはなりません
青年ハオの夢の中に出て来る少年ハオは同一人物ではありませんが、少年ハオの記憶を再現する際に「自分の過去」を引用しているのですね
青年ハオは少年ハオを見たことがないので、夢の中に登場している少年ハオは「中身が別人で見た目は同じ」という感じになっています
これと同じような構造で、少年ハオの友達たちは「青年ハオの知る人物を幼少期化させた存在」ということになっていて、それが全てのキャラが関連があるように見せているカラクリであると言えます
青年ハオと同僚や上司たちとの関係性の深さはわからないのですが、青年ハオの現在の社会的な関係性と少年ハオの関係性は類似しているのですね
少年ハオにとって、太っちょとじいさんは自分よりも年上感のある人物で、それが課長とリーダーになっていました
また、同じタイプの黒炭は同僚のアリ、自分のことを見ている距離感のある女がキツネで、関係が深いのがツバメ&ティンという感じになっています
この構造が分かれば、本作の不思議に思える設定はある程度理解の範疇に入るのではないでしょうか
■謎なぞの答え合わせ
映画の中で、ティンからハオに手紙が送られていました
その内容は、
「夏昊、如果你答出了下面的谜语、我们就可 以变成男女朋友。世界上哪种东西最长又最短;、最快、也很慢、一大块、但可 以切开、很重要、却经常被人 忘记? 方婷」
と書かれていて、意訳すると、
「ハオへ。下のなぞなぞに答えたら、私たちは彼氏と彼女になることができます。世界で最も長く最も短くて、最も速いが非常に遅い、大きいけど細かくなる、非常に重要だけど人々が忘れられがちなものは何ですか? ティンより」
ということになります
映画の中で課長が「LOVEだろ」と答えていましたが、それはどうやら違っていたようですね
その謎なぞを青年パートでみんなが頭を抱えていたのが印象的でした
個人的には「答えは時間」だと思っていますが、それが正解なのかはわかりません
この便箋(少年パート)の方では「Waiting for You」と書かれた便箋に書かれていたのがオシャレでしたね
「特殊なインクで浮かび上がる」というシーンもあって、それに気づいたのがツバメだったと思います
子ども心に相手を試したくて、それによって謎なぞを出したティンですが、彼女の性質にはサディズムを感じてしまいます
相手の心を支配することに長けていて、それがハオのタイプだったというように思えます
青年ハオもツバメに一目惚れをしている感じで、「どこかで見たことあるかも」みたいな感じで彼女を見ていたのは印象的でした
もしかしたら、少年パートで出てきたティンは彼の初恋の人なのかもしれません
この謎なぞの面白いところは、知的レベルを測ることが目的ではなく、その質問のどの部分で答えを想起するかということでしょう
「世界で最も長くて、最も短い」
「最も速くて、非常に遅い」
「大きいけど、細かくなる」
「重要だけど、忘れがちになる」
この4つの対極の価値観を有するのですが、仮に「時間」が正解だとしたら、どの項目で「時間」だと思えたでしょうか
私の場合は、「重要だけど、忘れがちになる」で、この項目の流れは「そのまま人間の成長過程における時間の価値の変遷」のようにも思えました
距離、速度、質量という物質を切り取る概念の後に、「存在」に言及する謎なぞなのですが、「時間の存在」を考えるようになるのは、そこそこ年齢が達してからのように思えます
この質問をティンが作ったとしたら天才だと思いますが、そのあたりは「映画的」なものなのかもしれません
もっとも、青年ハオがそれを見つけることに意味があって、彼の精神年齢だと「時間の存在」に対して思慮を重ねる前段階の年齢のように思えます
なので、まだ達していないので、彼にその価値観を提示しているという感じでしょうか
そして、それをハオに気づかせるのがツバメの役割だったようにも思えてきます
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、解釈の分かれる映画なのですが、原題でググると中国語のレビューとか、監督のインタビューなどが読めて、ある程度の意図は汲めると思います
実際にはそれが正解に近いのでしょうが、このブログのように突飛のない方向で考察するのも、また一興だと感じています
映画というものは、鑑賞者のその時の体調、心理などによって受け方が左右されるもので、昨今では「解釈の余地のない映画」というものがマジョリティになりつつあります
主人公の心情を想像することもなく、キャラがそのまま「自分の今の感情を言葉にする」という作品も多くなりました
私個人の感覚だと、全てを話してくれる作品はオーディオブックのような感覚になっていて、映像が必要なのかと思ってしまいます
でも、本当はそれ以外の映像に集中してほしいために、あえてそうしているのかなと思う作品もあったりします
特にアニメーションだと、キャラクターの心情の繊細な描写というのは記号的になりがちで難しいところがありますので、それを補完する形でキャラにしゃべらせている、ということはあると思います
でも、実写作品でもお手軽説明描写に逃げまくるのはどうかなと思うのですね
そう言った映画が好きな人にとっては、本作は苦痛の塊のような作品だったと言えます
映画では、視点がかなり重要視されていて、ウザいくらいに画面がパン(左右に動く)します
あまりにも多すぎて、その移動が過剰な説明になっていて、キャラは離さないけどカメラ(編集)は語るという感じになっていましたね
なので、望遠レンズを覗き込んだり、視線を強調させまくったりと、そこまでしなくてもわかりますよ、という映画になっていました
テーマを明示するアイテムも多く、レンズに貼られるガムに始まり、覗き込んだ先に見えた新幹線とか、謎なぞの手紙、心情をそのまま語る絵画など、必要以上の視覚情報がところ狭しと展開していました
ここまで主張していて解釈が分かれる映画というのは不思議なのですが、それを理解力の差異と取るか、情報提示のピントのズレと取るかは微妙なところでしょう
個人的な感覚だと、若干のズレの方かなと思っています
と言うのも、物語において、ハオは何を得たのかというのがすごく観念的なところで終わっているように思えるから、なのですね
ある意味、回想録と異世界招聘が混同した作品になっているのですが、この出来事を受けて、ハオの何が変わるのかはわからないのですね
それは、物語の始まりにおける「ハオの足りないもの」というのが不明瞭だから、と言えます
ハオが持っているか持ってないかで言えば「持ってない方」だと思います
なので、物語としては、「不思議な体験を経て、欲しかったものを手に入れる」という流れになるのですが、彼が何を欲しがっているのかはわかりません
この手の映画の場合、考えられるのは「この人物や出来事に対して、あなたは何を感じますか?」というスタンスなのですね
なので、監督としては「ある種のメッセージ性を含ませた映像」を見せながら、「ハオは前に進まないけど、君はどうする?」と問うているように思います
わかりやすいのは「謎々の答えである時間」に対して、どう感じたか?ということになるので、この謎なぞが解けなかった人には響かなかったりするのかなと思いました
また、「時間」だとしても、それに対する感覚がすべての人にとって違うので、再確認、スルー、気づきなどの様々な反応が生まれてしまいます
実際にはどれも正解であると思うのですが、スルーが一番もったいないかなあと思います
「だから何?」というスタンスの先にあるのは、双眼鏡で見える世界よりも狭いものだと思うので、そういったフィルターを捨てるという行動喚起こそが、この映画におけるテーマだったのかもしれません
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/386526/review/8ed2494b-3e7f-4c6c-96a8-0e831e26b1aa/
公式HP:
https://www.reallylikefilms.com/kogai