■最期がわからないからこそ、人は今を懸命に生きる意味を感じるのだと思う
Contents
■オススメ度
人生の集大成のドラマを堪能したい人(★★★)
ウド・キアーさんを堪能したい人(★★★)
LGBTQ+問題に関心のある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2022.9.13(アップリンク京都)
■映画情報
原題:Swan Song(「死の直前に人生最高の作品を残す」と言う意味)
情報:2021年、アメリカ、105分、G
ジャンル:旧友の死に際して、死化粧を頼まれた元ヘアドレッサーの人生の集大成を描くヒューマンドラマ
監督&脚本:トッド・スティーブンス
キャスト:
ウド・キアー/Udo Kier(ミスター・パット/パトリック・ピッツェンバーガー:老人ホームに入っている伝説の美容師)
ジェニファー・クーリッジ/Jennifer Coolidge(ディー・ディー・デール:パットの元で働いていた美容師)
Dave Sorboro(ジョサイア:ディー・ディーのスタッフ)
トム・ブルーム/Tom Bloom(ウォルター・シャンロック:リタの遺言をパットに届ける弁護士)
リンダ・エヴァンス/Linda Evans(リタ・パーカー・スローン:
パットに死化粧を依頼する関係が拗れた旧友)
マイケル・ユーリー/Michael Urie(ダスティン:リタの孫)
Eric Eisenbrey(デビッド:若い頃に亡くなったパットの恋人)
Ira Hawkins(ユニース:パットの盟友)
Stephanie McVay(スー:かつてパットにハミルカットを施してもらった服屋さん)
Shanessa Sweeney(ロー・ロー:パットに帽子をプレゼントする美容師)
Justin Lonesome(ベルマ:ゲイバーのパフォーマー)
Thom Hilton(ガブリエル:ゲイバーの店主)
Bryant Carroll(ライル:パットの自宅跡にいた夫婦)
Shelby Garrett(イヴィ:パットの自宅跡にいた夫婦)
Roshon Thomas(シャンデール:老人ホームの担当介護士)
Annie Kitral(ガーティ:パットがタバコを吸わせる老人ホームのおばあちゃん)
Jonah Blechman(トリステン:リタの葬儀を仕切っている人)
Tim Murray(パットを担当する看護師)
■映画の舞台
アメリカ:オハイオ州
サンダスキー
https://maps.app.goo.gl/hWHNNecJmJ9jUBhS8?g_st=ic
ロケ地:
上記と同じ
■簡単なあらすじ
元伝説の美容師ミスター・パットは、今は生活保護を受給し、老人ホームで退屈な毎日を送っていた
他の利用者と関わることもなく、ナプキンを拝借しては綺麗に折ると言う行動を繰り返し、時折認知症が進んでいる老女ガーティと一緒にタバコを吸ったりする日々を過ごしていた
ある日、パットの元に旧友リタの弁護士シャンロックが訪れる
彼はリタが亡くなったことを告げ、「死化粧をしてほしい」というリタの遺言を伝えた
関係は悪化したまま疎遠だったため、「惨めな姿で葬ったらいい」と言い放つパットだったが、ガーティの髪を整えたことをきっかけにして、彼女の望みを叶えようとホームを抜け出した
道具もない状態で、リタのお気に入りの「ヴィヴァンテ」を探すために、サンダスキーの美容室をわたり歩く
だが、今は取り扱っていない高級品で、「ディー・ディーの店にならあるのでは?」と言われてしまう
パットとディー・ディーは過去の諍いが激しく、彼女の店に行きたくはなかったが、遺言を叶えるためにその店に出向くことになったのである
テーマ:スワンソングと軋轢
裏テーマ:過去との向き合い方
■ひとこと感想
実在の人物を取り上げている作品で、そのカリスマ美容師をウド・キアーさんが演じると言うことで興味を持って鑑賞
ゲイが不遇だった時代に軋轢を持った旧友の死化粧を拒んでいたものの、人生のけじめをつけるべく、故郷のサンダスキーに出向くことになりました
そこで数々の出会いと再会があり、パットはようやくリタの元に辿り着きます
でも、どうしても体が拒絶してしまうのか、彼女との軋轢を払拭することができませんでした
映画はそんなパットが人生を見つめ直す物語になっていて、文字通り「スワンソング」を奏でる過程を描いていきます
涙腺崩壊とまではいきませんが、ヘアドレッサーとしての役割であるとか、拗れた過去の解き方など、心に刺さる場面が多かったですね
美容師に興味のない人でも楽しめる内容なので、人生の最後に自分ならどんな歌を奏でるかを考えながら鑑賞することをおすすめいたします
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
スワンソングの意味を知って観ているとオチがわかっちゃうのはアレですが、劇中では説明されないのでモヤッとしてしまうかもしれません
パットが過去と向き合う中で、相手の本音を知っていき、自分の思い込みを解放していきます
映画は死化粧を最後の見せ場にしていますが、どちらかというと過去へ向かうパットのロードムービーのような感じになっていて、ひょっとしたら「走馬灯なのかな」と勘繰ってしまうようなイメージショットもありました
とにかく主演のウド・キアーさんがカッコ良すぎて、シャンデリアハットの件は笑って良いのかどうか悩みましたね
また、ガーティさんとベルマにメアメイクをするシーンがあるのですが、この出来栄えがやはりプロ!と思わせるもので、担当された美容師さんはすごいなあと感心しました
■パトリック・ピッツェンバーガーさんについて
映画の最後に「パットに捧ぐ」という字幕があったように、監督のトッド・スティーブンスさんの地元サンダスキーに実在したヘアドレッサーでした
色々と調べた結果、ウィキペディアはありませんでしたが、https://www.findagrave.com/memorial/112306572/boyce-c-pitsenbargerというページに本人の略歴と写真が残っていましたので、簡単にまとめておきます
ミスター・パットことパトリック・ピッツェンバーガーは1943年6月27日生まれの男性で、2012年に69歳で亡くなっています
出身はウェストヴァージニア州ベルバーンで、美容師人生は35年だったとされています
最後の12年間はサンダスキーの「パナッシュビューティーショップ」で働いていました
監督が17歳の時にサンダスキーのゲイクラブで「ミスター・パット」として踊っているのを見て衝撃を受けたとパンフレットに寄稿されています
そのゲイクラブはおそらくは「Universal Fruit and Nut Company」というところで、1985年に出会ったとされています
パットが42歳の時のことですね
その店が今もあるかはわかりませんが、その店はゲイの店として有名でしたが、誰でも入ってもOKという看板があったとのこと
ちなみにサンダスキーで最初にゲイバーがオープンしたのは1977年のことでした
ハーヴェイ・ヘイズ(Harvey Heys)という人物によって、サンダスキーではセクシャルに寛容な文化が根付いたと言われています
彼は「CLUB X」というゲイバーを開いていて、サンダスキー・オーナーズ・プライド賞(LGBTQ+に寄与した人を讃える賞のこと)を最初に獲得した人物でした
ちなみにハーヴェイ・ヘイズさんは2021年に亡くなっています
この章では様々な英語記事を参考に構成しています
下記に参考URLを貼り付けておきますので、興味のある方はご覧ください
↓パットの死亡に関する追悼集会の連絡記事
https://www.findagrave.com/memorial/112306572/boyce-c-pitsenbarger
↓Variety「Swan Song」解説記事
https://variety.com/2021/film/reviews/swan-song-review-udo-kier-1234934102/
↓The Buckeye Flame「Swan Song」解説記事
https://thebuckeyeflame.com/2021/04/15/todd-stephens/
↓Sandusky Register「ハーヴェイ・ヘイズさんのサンダスキーすプライドの受賞記事」
https://sanduskyregister.com/news/16957/sandusky-pride-honors-former-club-x-owner/
↓ハーヴェイ・ヘイズさんの追悼集会の告知記事
https://www.legacy.com/us/obituaries/morningjournal/name/harvey-heys-obituary?id=31777952
■追記憶と走馬灯
老人ホームに入っていたパットがリタの遺言を受けてサンダスキーに戻ってくるのですが、彼の時間が過去に止まったまま、街は変化しているという描写がなされていましたね
ヴィヴァンテというヘアクリームか何かを探していましたが、それを置いているのは「高級店気取りのディー・ディーの店」ということになっています
元々パットはサンダスキーの金持ち相手の専属ヘアドレッサーという職業で、そこで使っていたものが大衆的な美容室では置いていないのは当然ですが、ロー・ローの店では「化学物質」が含まれているから生産中止になっているというセリフがありました
今では最新の注意を払って作られていますが、昔は禁止薬物の数も少なかったし、そもそも便利だから使うということが優先されていた時代でもありました
パットが郊外から中心部に戻る旅は、その道中にパットを知る人知らない人が混在していて、ロー・ローは面白いおじいちゃん扱いで、スーは崇拝的に対応します
いわゆる「パットの過去と現在が入り乱れている」ように描かれていて、多くのシーンがひょっとしたらすでに死んでいるのではと思わせています
かつての盟友だったユーニスとのトイレのやりとりとか、リタが現れるシーンなどはパットの幻覚のようにも思えます
これらのシーンでは、ユーニスもリタもパットを激励したり、寄り添ったりと、常にパットの妄想の中で動いているようにも思えます
どちらも既に亡くなっていて、パットの恋人デビッドも他界していますね
パットがサンダスキーの中心部に戻るたびに過去が鮮明になって行きますが、それと同時に過去を消化するかのように対話を重ねて行きました
その対話の多く現在のパットに対するアドバイスでもありますが、それぞれが「スワンソング」に向かうための儀式のようにも思えました
過去を追体験しながら現在と向き合う様は、最後に何をするかというところに落ち着きます
リタの依頼は1年前の美しさというものの再現でしたが、パットは髪を真っ白に染めて、リタの今の美しさを表現します
この決断に至るためにパットの旅と、旧友たちとの対話があったように思え、リタのヘアメイクはまるで人生全てを肯定するかのように美しく彩られています
もしパットが1年前のリタを再現していたとしたら、最後の一年はリタによってのよくない歴史だったということになります
なのでパットは自分自身のスワンソングとしてのヘアメイクと、リタという人物がこの世の最後に残すスワンソングとしてのヘアメイクを融合させることに決めたのですね
一概には言えませんが、人は最後に見せる顔に全てが宿っているという概念があり、ディー・ディーは恐ろしくてできないと言いましたが、パットは彼女の顔を恐ろしいとは表現しませんでした
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
人生の最期に何かを形に残すというのはとても難しくて、それが叶わない人の方が圧倒的に多いと思います
自分自身も最期に何を成したかを想像することもできませんし、それは神のみぞ知るというところに行き着きます
そう考えると、人は瞬間瞬間を必死に生き、自分がしたいことを最優先にする必要性を感じざるを得ません
ディナーの最後に好きなものを食べるということができても、最期に好きなことをして死んでいくというのは難しいものでしょう
人が死ぬのは「予期されるべき死期を病院もしくは自宅で待つパターン」と、「予期せぬことが原因で突発的に亡くなる場合」の二つに大別されます
自分がどっちの最期になるかなんてわからなくて、自分で選ぶ以外にはその着地点を模索することに意味はないかもしれません
でも、今回のパットのように、ある程度自分の寿命と向き合える時期に来ると、最期に何を成すかということは選べなくはないように思います
パットがリタの遺言を無視していたら、おそらく彼が最期に誰かに遺したものは、大量に折られたナプキンだったと言えます
それを覆したのは、理屈ではなく感性だったのではないでしょうか
人は老化と共にどんどんと論理的かつ効率的になって、感覚的なところから遠ざかっていくように思えます
それは自分の体が思うように動かなくなったり、思考が上部だけになってしまうからだと感じています
直感で脊髄反射ができるというのは若さの象徴であり、理屈よりも違和感が先立つのも同じ意味を有します
なので、体が動くうちは本能の赴くままに生きる方が健全のように思えます
でも、本能の赴くままに生きることが、社会で生きていくこととイコールになるとは限りません
そういう時に私が考えるのは、同時にいくつもの人生を並行して生きるという考え方なのですね
一見難しそうに思えますが、誰もが無意識でやっていることだったりします
わかりやすく例えると、「生活の糧を得るための人が求める仕事をする人生」と「自分の精神的な成長や快楽を満たすための趣味に生きる人生」ということになります
私の場合は、救急事務という人に求められる仕事をしながら、趣味に時間を費やす生き方をしています
これを完全に分離すると時間が足りなくなるのですが、私の場合は映画のブログを書く(実際にはあれこれ考えること)が趣味となっていて、それができる時間を得られる職業というものを選びました
救急事務は一見大変そうに思えますが、よほどのことがない限り、思考したり執筆をしたりする時間は取れます
これが通常の日勤の事務だと全くできなくて、その勤務時間が短くても、仕事の疲労が尾を引くとプライベートの時間は削られてしまいます
なので、あえて拘束時間が長くても、精神的に自由な時間を作ることを重視しました
このように、自分が何をしたいかということと、自分は何が求められていて、どこまでのことができるのかがわかると、その組み合わせをチョイスすることができます
私個人は群れで仕事をするのがあまり得意ではなく、人混みが苦手な人間なので、行列に並ぶこともストレスだったりします
こういった性質の人間でも、自分の適性を知ることで合った職業というものは選べると思います
実際には昇給のほとんどない現場なので、将来設計を立てたりすることは難しいですが、そういったものを必要としなければ問題と言えるでしょう
かなり特殊な生き方かもしれませんが、好きなことを仕事にするということにこだわりさえしなければ、人生は意外とうまくいくのではないでしょうか
好きなことを仕事にできる人でも、ストレスフリーでそれができるかはわかりません
例えば歌が好きという人なら、無理に歌手の道を選ばなくても、生活基盤は適性のある仕事をして、SNSで動画をアップしたりしながら多くの人に聞いてもらうことだって可能な時代だったりします
あとは、そういった配信を前向きに捉えてくれる職場を選ぶことになりますが、現在では「顔を晒す必要がない」という時代に突入していますので、自分の承認欲求が歌声なのか、容姿なのかというところを見誤りさえしなければOKだったりするのではないでしょうか
何かに迷っている人がいれば、できることから始めることをお勧めいたします
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/382824/review/f211e085-6ccc-4bf7-8f0e-abe71d319715/
公式HP: