■理想郷を作るために必要だった刻印の意味とは何か
■オススメ度
実在の事件を基にした映画が好きな人(★★★)
閉鎖的な村社会の怖さを体感したい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.11.13(アップリンク京都)
■映画情報
原題:As Bestas(野獣たち)、英題:The Beasts
情報:2022年、スペイン&フランス、138分、G
ジャンル:閉鎖的な村社会で孤立する夫婦を描いた伝記的スリラー映画
監督:ロドリゴ・ソロゴイェン
脚本:ロドリゴ・ソロゴイェン&イサベル・ペーニャ
キャスト:
デニス・メノチェット/Denis Ménochet(アントワーヌ:フランスから移住してきた男、元教師の農夫、モデルはマルティン・フェルフォンダーン/Martin Verfondern)
マリーナ・フォイス/Marina Foïs(オルガ:アントワーヌの妻、モデルはマルゴ・プール/Margo Pool)
ルイス・サエラ/Luis Zahera(シャン:アントワーヌの隣人、兄、モデルはファン・カルロス・ロドリゲス/Juan Carlos Rodriguez)
ディエゴ・アニード/Diego Anido(ロレーン:シャンの弟、モデルはフリオ・カルロス・ロドリゲス/Julio Carlos Rodriguez)
Luisa Merelas(アンタ:シャンとロレーンの母)
マリー・コロン/Marie Colomb(マリー:アントワーヌとオルガの娘、シングルマザー)
José Manuel Fernández Blanco(ペッピーノ:アントワーヌの友人)
Mercedes Samprón Pérez(アウロラ:ペッピーノの妻)
Gonzalo García(ブレイショ:風力発電反対派の村人、牧夫)
Machi Salgado(ラファエル:ブレイショの息子)
Federico Pérez Rey(マリアーノ:村の警察)
Javier Varela(ショセ:村の警察)
David Menéndez(アルフォンゾ:街の警察)
Xavier Estévez(エスピン:警察署長)
Luis P. Martínez(シェリー:青空市場の客)
Melchor López(エウゼビオ:村の食堂の店主)
José Antonio Fernández(パウリーノ:シャンの友人)
Faustino Álvarez(アマデオ:シャンの友人)
José Manuel García Soria(マノロ:失敗した息子を持つ男)
Pepo Suevos(グランジェロ:シャンの友人?)
Ramón Porto(ポリ:シャンの友人?)
Poli Suárez(ミゲリート:シャンの友人?)
Aurelio Alonso(農場のバイヤー)
Manuel Vecín González(ガソリンスタンドの従業員)
María Blanca Díaz(青空市場の夫人)
Elisa García(青空市場の夫人)
■映画の舞台
2010年〜2014年
スペイン:ガリシア
(モデルの事件はオウレンセの人里離れた村)
ロケ地:
イタリア:
キンテラ/Quintela
https://maps.app.goo.gl/gqZWvD97Sb6ZSdpE9
スペイン:
キニエラ・デ・バラハス
スペイン:
ポンフェラダ/Ponferrada
https://maps.app.goo.gl/NA9ratdT3yQi6DFE6
スペイン:
ビジャフランカ・デル・ビエルソ/Villafranca del Bierzo
https://maps.app.goo.gl/sLMECSTdHXeSE7iv8
スペイン:
ベセレア/Becerreá
https://maps.app.goo.gl/vQM8qgDLsegqp6WXA
スペイン:
エル・ビエルソ/El Bierzo
https://maps.app.goo.gl/ca5f2uSzsRi3AHfE8
■簡単なあらすじ
フランスで教師として働いていたアントワーヌは、仕事を辞め、妻のオルガと共にスペインのガリシア州の山奥へと移住してきていた
すでに2年を経過しているものの、村人との仲はさほど良くならず、特に隣人のシャンとは犬猿の仲に近かった
シャンは村に誘致された風力発電に積極的で、アントワーヌは環境汚染を理由に反対していて、それによって入るべき補償金は入らないままだった
村ではブレイショも反対していたが、圧倒的多数はシャン派だった
ある日、シャンと弟のローレンの様子におかしさを感じたアントワーヌは、隠し撮りで兄弟を監視し始める
そして、シャンはその行動にさらに陰湿になり、とうとう有機栽培の畑にまで嫌がらせをするようになっていた
地元の警察に相談しても「ご近所トラブル」で介入する気配はなかった
その後も行為はエスカレートし、一触即発の状態は続いていく
テーマ:権利と未来
裏テーマ:支配の本質
■ひとこと感想
史実を元にしたスリラー映画で、大枠を変えているようでしたね
夫婦が村にやって来てから2年、風力発電の補償金問題にて、権利の主張争いが展開していきます
弟ローレンの素行に怪しさを感じたアントワーヌが自衛に意味も込めて盗撮をしていきますが、あまりにもバレバレで隠す気があるのかもわかりません
その後、その隠し撮りに対抗するように兄弟の嫌がらせが始まるのですが、その歯止めが効かなくなってしまうのですね
でも、映画だけ見ると「どっちもどっち」という感じがしないでもありません
映画は、後半になってから主人公が変わるのですが、そこからが本番という感じになっています
夫が行方不明になり、それでもその土地に居続ける妻の心境とは何か
そして、この地に来た本当の理由が示されていきます
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
実際の事件はオランダ人夫婦ということで、失踪した事実、数年後に発見されたというところは同じになっています
原題は「野獣たち」と意味になるのですが、それが示すものが前後半でガラッと変わる展開になっていきました
物語は二部構成で、前半は「アントワーヌと隣人のトラブル」、後半は「妻オルガがその地にこだわる理由」という感じになっています
主人公が変わることになるのですが、よく考えれば前半の主人公もオルガのように思えてくるのですね
冒頭でガリシア地方の風習として、馬を素手で押さえつけて、印をつけて放つというものがあるのですが、これが見事な伏線になっています
とは言え、力でねじ伏せるだけかと思ったら、そのまま殺してしまうのは意外でしたね
それじゃあ引用になっていないじゃないかと思ってしまうのですが、後半のオルガを見ていると、何に印をつけるべきなのかということの重要性というものが理解できるのではないでしょうか
■元ネタの事件について
映画の元ネタの事件は、1997年にオランダからスペインに移住した夫婦、マーティン・フェルフォンダーンとマルゴ・プールの実話になります
2010年〜2014年に起こった事件で、村の環境に優しいビジネスを始めることになった夫婦という設定は同じになっています
そこに住んでいたのはロドリゲス一家だけで、彼らの移住によって利益は半分になることが発覚してから、ロドリゲス一家は彼らを憎むようになりました
特に、息子のフリオとファン・カルロスから頻繁に脅迫を受けることになり、そのためにマルティンはビデオカメラを常に携帯するようになります
ちなみにこの時に撮った動画が以下のものになります
ファン・カルロス(兄)の方は知的障害を持っていたことも明らかになっています
2010年の1月、マーティンは突如失踪します
警察は自宅周辺の大規模な捜索活動を行いましたが、遺体は発見されませんでした
2014年まで未解決でしたが、民間警備隊のヘリコプターが未開の地に緊急着陸し、4年前に運転していたシボレー・マーティンの残骸を発見することになります
車が見つかったことにより、警察はロドリゲス兄弟を疑うようになり、2014年12月にファン・カルロスはマーティンを撃ったことを認めました
弟のフリオはマーティンの遺体を発見しますが、通報せずに、そのまま人里離れた山中に遺棄する手伝いをしました
そして、シボレーに火を放ったとされています
ファン・カルロスはマーティン殺害にて懲役10年の判決を受け、彼は「父と弟を喜ばせるために殺害した」と供述しています
彼らは妻マルゴの元で買い物をしていて、聞かれても知らないで通したと言います
これらの事件についてはドキュメンタリーが作られていて、それは下記の映像になります
妻マルゴはナレーションを務めています
ドキュメンタリー『Santoalla(サントアージャ、2016年)』の予告編
■オルガがつけた印とは何か
映画の冒頭にて、「ガリシア地方の男は野生の馬を素手で捕まえ、印をつけて、再び野に放つ(Coa finalidade de defender a súa vida en liberdade, os aloitadores inmobilizan corpo a corpo ás bestas para rapalas e matcalas.)」というナレーションが入ります
これは、7月の第1週に行われるお祭りのことで、ガリシア地方のポンペベドラとサブセド地域にて行われているものです
若者たちが丘に登り、自由に暮らしている馬を探し出して捕まえ、村に集めて毛を刈り、夜になるとみんなで集まって宴会をするお祭りのことを言います
これは「A Rapa das bestas de Sabucedo 」と呼ばれるもので、人間と獣の崇高な戦いがあり、全員で馬を押さえつけて、立て髪を切って行きます
最近ではマイクロチップをつけて返すようですね
この祭りでは、馬を押さえつけるために道具を一切使いません
2007年から国際観光フェスタとして指定されているお祭りで、多くの観光客が集まります
映画では、それらを行う現地の若者たちが描かれ、後半ではアントワーヌを馬のように押さえつける兄弟が描かれていました
彼らは「印をつけて返すこと」をせず、隠蔽して行方不明を演出しました
これは神への冒涜にも似た行為で、その報いを受けたという風にも考えられると思います
後半では、オルガが主人公になり、彼女は力づくで馬(人)を御するということはしません
彼らの母に近づき、「この土地にはあなたと私しかいない」という言葉を発します
これは、オルガなりの印になっていて、兄弟が逮捕された後に「この土地で一人で生きていくこと」を突きつけているのですね
彼女が母を縛り付けることもなければ、服従させることもしない
ただ、生きていくために、オルガを頼るしかなく、兄弟は母をオルガに預けざるを得ないのですね
このシーンは何気ないシーンに思えますが、かなりホラー要素が強いように思えました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画は、実際の事件の被害者をオランダ人からスペイン人に変え、兄弟の役割も変えているし、兄弟の親も父ではなく、母親が登場しています
また、そこに住んでいたのがロドリゲス兄弟だけだったというものから、8世帯ほどいて、それぞれが風力発電への権利というものを有していました
このあたりの改変は、アントワーヌたちとの対立構造をわかりやすくするもので、実際の事件の「利益が半分」という意味あいはよくわからないところがありました
この改変に至っているのは、事実では無視されがちなオルガ(マルゴ)の視点を組み込んでいるからで、後半にあたる彼女の物語を強く印象づける意味合いがあると思います
オルガは前半ではほとんど存在感がなく、アントワーヌを宥める役割になっているのですが、後半の告白にて「アントワーヌがこの土地を選んだのはオルガのためだったこと」がわかります
それをアントワーヌは「彼女の王国を作るためだ」と言っていました
諍いがなく、平和に隣人と過ごしていれば、おそらくは娘マリーも移住し、そこから新しいコミュニティが生まれていたことでしょう
でも、衝突によってアントワーヌが失われ、彼の行方不明という状況が、オルガを縛り付けることになりました
アントワーヌの権利はそのままオルガが受け継いだとは思われますが、死亡が確定しない段階では、そのままアントワーヌが有することになるのかもしれません
映画のタイトルは「野獣たち」という意味で、複数形なので「兄弟」を意味すると思います
となると、その野獣たちに印をつけて自然に返したものがいるということになります
それが、前述に述べたように、オルガ自身であると考えられるので、紛れもなくオルガが主人公であったと言えるのではないでしょうか
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP: