■あなたの心の中にも「帰れない山」はありますか?
Contents
■オススメ度
壮大な自然の中で佇む人の映画が好きな人(★★★)
男の友情物語が好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.5.8(MOVIX京都)
■映画情報
原題:Le otto montagne(8つの山)、英題:The Eight Mountain
情報:2022年、イタリア&ベルギー&フランス、147分、G
ジャンル:自分の居場所を求める二人の男の友情を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本:フェリックス・バン・ヒュルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメーシュ
原作:パオロ・コニェッティ/Paolo Cognetti『Le otto montagne(2016年
キャスト:
ルカ・マリネッリ/Luca Marinelli(ピエトロ・グアスティ:浮ついた生活を続ける青年)
(幼少期:ルーポ・バルイエロ/Lupo Barbiero)
(10代:アンドレア・パルマ/Andrea Palma)
アレッサンドロ・ボルギ/Alessandro Borghi(ブルーノ・グルエルミーナ:村に住む畜産を営む青年)
(幼少期:クリスティアーノ・サッセッラ/Cristiano Sassella)
(10代:フランチェスコ・パロンベッリ/Francesco Palombelli)
エリザベッタ・マッズッロ/Elisabetta Mazzullo(ラーラ:ピエトロの大学時代の友人)
Iris Barbiero(アニータ:ラーラの娘)
スラクシャ・パンタ/Surakshya Panta(アズミ:ピエトロがネパールで出会う女性)
エレナ・リエッティ/Elena Lietti(フランチェスカ・グアスティ:ピエトロの母)
フィリッポ・ティミ/Filippo Timi(ジョヴァンニ・グアスティ:ピエトロの父、エンジニア兼登山家)
Elisa Zanotto(バーバラ:ピエトロとラーラの大学時代の友人)
Benedetto Patruno(マッシモ:ピエトロとラーラの大学時代の友人、バーバラの彼氏)
Leandro Gago(ドリア:ピエトロとラーラの大学時代の友人)
Gualtiero Burzi(ルイージ:ブルーノのおじ)
Chiara Jorrioz(ソニア:ブルーノのおば)
Fiammetta Olivieri(ルイージの牧場の従業員、ヤギ飼い)
Alex Sassella(ブルーノの父)
Adriano Favre(グラディーノ・リフジオ:山岳ガイド)
Daniela De Pellegrin(アミカ:フランチェスカの友人)
Aurora Pernici(トリノのルームメイト)
Ermes Piffer(トリノのルームメイト)
Cheche Gurung(ネパールの家族)
Wangdi Gurung(ネパールの家族)
Eric Olsen(ネパールの観光客)
Dagny Mjos(ネパールの観光客)
Marco Spataro(山岳救助隊)
Stefano Percino(山岳救助隊)
Emrik Favre(山岳救助隊)
■映画の舞台
北イタリア:トリノ&グラーナ村
ネパール:
ロケ地:
イタリア:ブリュッソン
Brusson, Valle d’Aosta
https://goo.gl/maps/deciptuu4BAgNmto7
イタリア:トリノ
Turin, Piedmont
https://goo.gl/maps/SQVb1AZgnFsGj7bf7
イタリア:エストウル(小屋のあたり)
https://maps.app.goo.gl/pom1KQrb7ybrH7638?g_st=ic
ネパール:コト
Koto, Nepal
https://goo.gl/maps/mepErw4oEbYy8yZ27
ネパール:ヒマラヤ山脈
Himalaya Mountains, Nepal
https://goo.gl/maps/RXzq1ptPpFH3xTGH8
■簡単なあらすじ
北イタリアのトリノに住むピエトロは、夏になると両親と一緒にグラーノ村を訪れていた
父はエンジニアで働きながら、休みには登山をするのが趣味で、そのための別荘を購入している
村は140人程度しかいなかったが、偶然にもピエトロと同じ歳の少年ブルーノがいた
彼は叔父の経営する牧場を手伝っていて、父は出稼ぎに別の街で働いている
友人のいないピエトロはブルーノと仲良くなり、貴重な青春期を過ごすことになった
ある日、父の登山に同行したピエトロは登山の楽しさを知り、今度はブルーノも一緒に連れていくことになった
氷河を登る険しいルートで、山岳ガイドは「子連れは危険」と忠告する
その後、順調に登っていたように思えたが、ピエトロは高山病を発症し、登山はクレバスを越えることなく終わってしまった
父はブルーノに教育を受けさせたいと、彼の叔父たちに話を持ちかけるものの、ブルーノの父はそれを許さずに出稼ぎに連れて行ってしまう
そして、二人は会えない時間を重ね、それぞれの道を歩むことになったのである
テーマ:友としてできること
裏テーマ:人生の愉しみに必要なこと
■ひとこと感想
広大な山岳地帯を舞台に、そこで友情を深める物語で、タイトルの『帰れない山』の意味深さに惹かれて鑑賞を決めました
ガチの友情系で、LGBTQ+ではなく、淡々とした中に、少しずつ生育する友情が描かれていました
村に留まるブルーノと世界を渡り歩くピエトロは、夏にだけ約束の小屋で過ごすことになります
映画の前半は、この小屋を建てるシークエンスになっていて、後半はやや趣が違うヒューマンドラマになっています
前半は青春映画、後半はヒューマンドラマという感じでしょうか
4:3のスタンダードサイズのフィルムになっていて、自然の優雅さと怖さが同居する映像美がありましたね
山に慣れている人たちの物語なので、めっちゃ軽装で登っていくのですが、高所恐怖症だとキツいシーンもいくつかありましたね
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
物語は「作家になったピエトロの回想録」という構成になっていて、彼のモノローグで物語は進行していきます
前半は「少年期の友情」、中盤になって「自立する二人」を描き、後半は「悩める友を理解するヒューマンドラマ」になっています
映画の後半で登場する「須弥山」ですが、知っていた方が理解が早いというレベルで、予備知識が必要とまでは言わない感じですね
須弥山自体よりも、そこを登った人と8つの山を旅した人と、どちらが人生について学んでいるか、の比喩として登場しています
その須弥山が映画の中では「女性」という感じの下世話な話になっているところはアレですが、こと男性の人生に女性の存在は不可欠なので、下世話ではあるものの伝わりやすたとえなのかなと思いました
映画は、後半にてテイストが変わりますが、前半の牧歌的なシーンの多くは、ヒーリングっぽい雰囲気になっていました
■須弥山について
須弥山(Mount Meru)とは、ヒンドゥ教、ジャイナ教、仏教における「神聖な五峰の山」のことを言います
これらの宗教では、全ての物理的、形而上学的、精神的な宇宙の中心とされています
これらの宗教の寺院は、この山の象徴として建てられていて、ビルマ風の多層構造の屋根が特徴的なピャッタット(Pyatthat)の最高点(最後にある蕾のような形状のもの)は須弥山を表しているとされています
須弥山の周りには「倶虜洲(くるしゅう)」「牛貨洲(ごけしゅう)」「贍部洲(せんぶしゅう)」「勝身洲(しょうしんしゅう)」と呼ばれる場所があり、その外囲部分を「鉄囲山(てっちせん)」が囲んでいます
中央の須弥山と鉄囲山の間には、「持双山」「持軸山」「善見山」「馬耳山」「象鼻山」「持辺山」と言う7つの金山があります
また、この九山の間には海があり、これらを総じて「九山八海」と言います
映画では「須弥山と8つの山」と言う表現を用いていましたので、ピエトロは「8つの山」を行き、ブルーノは「須弥山」を極めたと言う意味になりますね
これはピエトロがチベットに滞在した際に知った概念で、その出自はチベット仏教になるのだと思います
チベット仏教では「カイラス山」を聖地とし、これは須弥山と同一視されているものです
カイラス山はチベット高原西部(ンガリ)に位置する独立した峰のことを言います
標高は6656mありますが、信仰の山のため登頂許可は降りない山となっています
■タイトルの意味
映画のタイトルは「Le Otto montagne」で、英語の「The Eight Mountain」と同じ「8つの山」と言う意味になります
これは「須弥山以外の山」と言う意味になるので、ざっくりとした「世界各地」と言うことになるのですね
映画は、作家となったピエトロが記した書物の形式になっていて、「須弥山に親友は留まったけど、自分自身は世界各地を回って見識を深めた」と言う意味になります
映画のナレーションもピエトロのもので、映画は「ピエトロ視点」の「世界との関わり方」を描いていました
邦題は『帰れない山』と言うもので、これがどの山を差し締めるのかは明確ではありません
映画を見た感覚だと「須弥山」を意味し、それはピエトロの八山巡りを「須弥山からの逃避である」と捉えていることになるのですね
この解釈が合っているのかはわからないのですが、日本語訳に翻訳された原作の段階からこのタイトルになっているので、訳者はそのように捉えた、と言う意味になるのでしょう
同じ原作を読んだ監督は「タイトルをそのまま使う」と言うことになっていて、監督の解釈は邦題とは少しだけ違うのかなと思えてなりません
映画はピエトロ目線で描かれ、「外界に出ることなく須弥山で死んだブルーノ」と言う観点になっていて、この行為を肯定的に捉えているとは思えません
それがピエトロの後悔となっていて、「もっと彼のそばにいればよかった」と言うことになるのですね
その観点は問題ないと思うのですが、ピエトロ自身は何度もブルーノの元に帰っているので、決して「帰れない山」ではないと思います
ニュアンスを考えると「帰れなかった山」と言うものに近く、その帰れなかった理由が淡々と綴られていたと言えるでしょう
ラストでは鳥葬を行うブルーノが描かれていて、彼は現実に絶望して、道半ばで命を断つことになりました
このエンディングを考えると、「帰れない山」と言うのは、もう少し踏み込んだ意味として、「ブルーノのことをわかってやれなかった」もしくは「わかろうとしなかった」と言うピエトロ自身の心の向きを表しているのかもしれません
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画は、男の友情を描きながら、違う道を選んだために「悲劇的な結末を迎える」と言う流れになっています
二人は友情で結ばれていますが、深いところでは繋がっていないように思います
人が分かり合えるかどうかは何とも言えない部分がありますが、分かり合える可能性を端的に表す言葉が劇中でありましたね
それがラーラが放つ「拒む人を救えない」と言うものでした
この「拒む」と言うのは、助けを拒絶すると言う意味になりますが、実際には「心を開かない」と言うところに行き着きます
それが表面上、時間的な付加価値を超えることなく、人と人が分かり合えない理由として提示されていたように思えました
映画の主題は「主人公以外の人物によって語られる」と言うセオリーがあり、本作ではそれに則る形で「ラーラから発せられた言葉」として、深い意味を持っています
本作の主人公はピエトロであり、物語の機能としての「対象者(救う人)」はブルーノになります
ラーラはブルーノの本質をピエトロに見せる役割を持っていて、その彼女がブルーノを評した言葉が「拒む人」だったのですね
ラーラは生活のためにブルーノの良き相談役となりますが、それ以上の関係を築けなかったと考えていることになります
それが唯一できる存在がピエトロだったのですが、彼はブルーノからも自分の弱さからも逃げて、八山を旅行して、世界の真理をわかったつもりになっていた、と言うことになります
これらを踏まえた上で、本作が観客に投げかけるメッセージは、「あなたの行動は逃避ではないのか?」と言うものだと思うのですね
このメッセージは「拒むブルーノ」にも「逃げるピエトロ」にも言っていて、この二人の絡みきれなかった関係性を観客に提示することで、人間関係の真理を描いているように思えました
かつて所属していた会社のセミナーにて、「死ぬまで逃げられる問題なら逃げよ。そうでなければ今すぐに向き合え」と言う言葉を教えてもらいました
これは部下へのメッセージとして社長が贈った言葉で、それを引用して「目の前にある問題に向き合う心構え」と言うものを教えてくれました
私個人はこの言葉を特に気に入っていて、「問題に対して逃げようとすると追いかけられ、向かうと通り抜けられる」と考えています
これまでに多くの同僚が様々な問題で退職をしてきましたが、その際には「この退職は前向きか?」とだけ訊くことにしています
反応は半々ですが、自分のステージを上げるための退職(転職)と、逃避になっている退職を行う人がいます
後者の場合は「同じ質の問題が目の前に現れて、再度選択を迫られるもの」だと思います
なので、「上司との折り合いが悪い」と言う理由で退職した人は、「次の職場でも上司を折り合いが悪くなる」のですね
自分に起きている問題の構造を理解しないまま逃げ続けることで同じ問題に向き合うことになるのですが、この映画でも「逃避行動を起こすピエトロは同じ問題に直面」し、「誰かを心から信頼し、頼ることができないブルーノも同じ問題に直面」していると言えます
なので、彼らの人生のどこが「自分に似ているか」を考えることで、147分が有意義な時間になるのではないでしょうか
この映画は、ものすごくスローテンポで本質を描いているのですが、それは自分の人生を重ね合わせるための「余白」を作っていた、と言うことになるのかな、と感じました
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/386692/review/f1ea7b8c-ff43-4fe9-8f9e-f26a7254726e/
公式HP:
https://www.cetera.co.jp/theeightmountains/