■自分を縛る声と自分を解放する声の間にある葛藤
Contents
■オススメ度
一人芝居に興味のある人(★★★)
ティルダ・スウィントンさんのファンの人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2022.11.9(アップリンク京都)
■映画情報
原題:The Human Voice
情報:2020年、スペイン、30分、G
ジャンル:元恋人を待つ女性の狂気を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本:ペドロ・アルモドバル
原作:ジャン・コクトー/Jean Maurice Eugène Clément Cocteau(戯曲「人間の声/La Voix humaine(1930年)」)
キャスト:
ティルダ・スウィントン/TildaSwinton(元恋人を待つ女性)
アグスティン・アルモドバル/Agustín Almodóvar(ホームセンターのレジ係)
Dash(元恋人に置き去りにされた犬)
■映画の舞台
スペイン:マドリード
ロケ地:
スペイン:マドリード
■簡単なあらすじ
「スーツケースを取りに戻る」と言ったきり帰ってこない元恋人を待つ女は、ホームセンターで小型の斧を買って自宅に戻った
元恋人のスーツをベットの上に出して、それに斧を振り落としていた女は、やがて常軌を逸した行動をするようになっていく
部屋には元恋人が置き去りにした犬が戸惑うばかり
そんな中で女は過去を消し去るためにある行動に出るのだった
テーマ:執着と解放
裏テーマ:自己肯定
■ひとこと感想
何を書けば良いのかわからない作品で、倉庫のようなところにセットを組んで、そこで一人芝居が行われます
内容も捨てられた女が、捨てられた犬とともに元恋人&元飼い主を待つのですが、その中で徐々におかしくなっていく、という「本当にそれだけ」を描いている作品でした
ジャン・コクトーの「人間の声」という戯曲を「自由に解釈した」とのことで、元ネタを知らないとどんな解釈になっているのかすらわからないと思います
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
ネタバレも何もないのですが、とにかく30分間ティルダ・スウィントンさんを観るだけの映画でしたね
面白いかどうかと聞かれると困りますが、私自身も元ネタを知らないので、どう解釈されたのか掴みきれていません
そのあたりは以下の考察を踏まえながらのんびりと紐解きたいと思います
なにせ30分ですからね
記事にするのがとても難しい作品だったというのが率直な感想でしょうか
■元ネタについて
元ネタはジャン・コクトー(Jean Cocteau)の戯曲『La Voz Humana(人間の声)』です
1930年にコクトーが書いた戯曲は、その後さまざまな演出を経て世の中に作品として残っています
1958年にはフランシス・プーランク(Francis Jean Marcel Poulec)によって音楽が充てられます
1959年のサン・ファルヴァールにて初演され、ソプラノ歌手のデゥニーズ・デュヴァル(Denise Duval)のためにオペラを書いたとされています
原作では女性(名前はエラ=Ella)が恋人(名前はチェリ=Cheri、劇中ではダーリンと呼ぶ)からの電話を待っていて、その期間は「5年」となっています
映画ではスマホになっていますが、原作の当時だと「黒電話」なのが面白いですね
その前日、女性は恋人と電話で話していて、そこで彼が謝るのを止めたりします
そして、「馬鹿なのは自分」だと卑下し、相手を肯定していくのですね
それらの会話の後、男は「他の人と結婚するためにあなたと別れる」と言い、「あなたと話すのはこれが最後だ」と続けます
女性は自殺未遂をしたと周囲の人間に吹聴され、最終的に女性は本当に自殺をしてしまいます
映画はこの原作を「自由に解釈」していて、それは現代の女性のマインドへとアップデートしたようにも思えます
女性は灯油を家に撒いて思い出を燃やし、外の世界へと旅立つ様子で締められていました
かなり「自由」だなあと思いながら、「いや、別物っしょ」という感覚は拭えません
男に捨てられて自殺するよりは、男との思い出も燃やして別の世界に行くという方が現代的なのかなと思ったりもしますねえ
■自由な解釈とは何か
ジャン・コクトーの原作戯曲はワンシチュエーションで、その物語をどう分解するか、ということが解釈の分かれ目になってくると思います
本作では「女性が元恋人からの電話を待つ」というシチュエーションを切り取り、そこに「取りに戻るはずのスーツケース」と「自分と同じように捨てられた犬」というものが登場していました
そして、女性が手にする道具が「油=炎」と「斧」となっています
これらの道具と設定から考えられるのは、「弱き女性が武器を経て強くなる」というもので、そこに暴力的な強さは必要ないと描かれていたように思いまして
映画では、斧を振りかざす女性が描かれますが、斧で切り刻んだはずのスーツは綺麗なままだったりします
その綺麗なスーツに手を添えて寄り添ったりする一面がありましたが、炎で包み込むという行為は自分自身を肯定しているのかなと思わせてくれますね
本作における自由な解釈とは、縛られてきた女性がその世界を閉じるのではなく、外の世界(=別の恋愛)へと向かうことで、囚われの「相手の声」から、「自分の内なる声」に従うという意味合いがあったのかもしれません
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画はセットの中にある家の模型の中で演技をしていて、閉じられた世界は「何者かによって創られたもの」であることがわかります
あの部屋は女性の部屋だと思うのですが、あの場所を作ったのは彼女自身ではないという解釈もできそうに思います
部屋はセットとして組まれていて、それは枠組みだけがあるものになっていました
屋根がなくて、神様の視点では「筒抜けである」というふうに解釈もできるのでしょう
そんな創られた世界を燃やすという行為は、全てを灰にするという意味を持ちます
なので、未来の自分には何一つ残さないという決意になるのでしょう
そうした先にある彼女の自意識は、やがて「作り物を補完していた場所」からもその身を消していくことになりました
あの場所が彼女の自意識だとしたら、そこにあった執着を捨てるという行為は新たな一歩へと向かう決意なのでしょう
そして、自意識を掘り起こすために自分の中にあるものを粉々にしないとダメということを描いていたのかなと思いました
「斧」はそのメタファーなようなもので、それを買いに行くシーンはとても象徴的でしたね
あのホームセンターでの佇まいの違和感というのは、そこにふさわしくないと観客に思わせるでしょう
そういった演出の先に全てを燃やすという行為に至るのは、自分の中にあった暴力的な思考、執着、感性などを全て置き去りにしていくようにも思えます
映画館で観る映画なのかはわかりませんが、『パラレルマザーズ』の公開に併せての上映になっているので、その縁を楽しみながら、特別な30分に身を委ねても良いのかなと感じています
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/384275/review/4e2ce0d4-a8db-4b56-ab3d-f9336a097553/
公式HP:
