■自分にルールを多く課す人間ほど、中身は弱いものなのかもしれません
Contents
■オススメ度
暗殺者の作法について知りたい人(★★★)
シュールな物語が好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.10.31(イオンシネマ京都桂川)
■映画情報
原題:The Killer
情報:2023年、アメリカ、113分、PG12
ジャンル:ある殺し屋のある依頼を巡る顛末を描いたクライム映画
監督:デビッド・フィンチャー
脚本:アンドリュー・ケビン・ウォーカー
原作:アレクシス・ノレント/Alexis Nolent『Le tueur(1998年〜)』
キャスト:
マイケル・ファスベンダー/Michael Fassbender(ザ・キラー/The Killer:プロの殺し屋)
チャールズ・パーネル/Charles Parnell(ホッジス:ニューオーリンズの弁護士、殺し屋の仲介人)
ケリー・オマリー/Kerry O’Malley(ドロレス:ホッジスの部下、オフィスの管理者)
サラ・ベイカー/Sala Baker(ザ・ブルート/The Brute:フロリダに住む暗殺者)
Branden Mitch(The Bruteの連れ)
Brandon Morales(The Bruteの連れ)
ティルダ・スウィントン/Tilda Swinton(ザ・エキスパート/The Expert:ニョーヨークに住む暗殺者)
ソフィー・シャーロット/Sophie Charlotte(マグダラ:The Killerの恋人)
エミリアーノ・ペルニア/Emiliano Pernía(マーカス:マグダラの兄)
アーリス・ハワード/Arliss Howard(クレイボーン:シカゴに住む殺人の依頼者)
ガブリエル・ポランコ/Gabriel Polanco(レオ・ロドリゲス:タクシードライバー)
Arturo Duvergé(拷問されるタクシーの発車係)
モニーク・ガンダートン/Monique Ganderton(ターゲットが呼ぶSM嬢)
Endre Hules(The Killerのターゲット)
Bernard Bygott(The Targetのボディガード)
Jérôme Keen(昼のドアマン)
Stéphane Vasseur(夜のドアマン)
ジャック・ケシー/Jack Kesy(セールスマン)
Daran Norris(「Deep South Lounge」 の接客係)
Nikki Dixon(「マイル貯まってますね」のパリの空港のチケット係)
Lía Lockhart(FedExのクリーク)
Jirus Tillman(FedExの配達員)
Génesis Estévez(「United Ticket」の代理人)
Ilyssa Fradin(「City National Bank」のマネージャー)
Cécile Coves(「エールフランス航空」のラウンジ案内係)
Anne Cosmao(ギャラリーの女性オーナー)
Alexandra Holzhammer(バーの女性マネージャー)
■映画の舞台
フランス:パリ
ドミニカ共和国
アメリカ:フロリダ&ニューヨーク&ニューオーリンズ&シカゴ
ロケ地:
フランス:パリ
アメリカ:イリノイ州
セントチャールズ
https://maps.app.goo.gl/QD4fN6nKSLG64Bkt9?g_st=ic
■簡単なあらすじ
フランスのパリにて、ある殺し屋はターゲットの到着を待っていた
入念に準備をして、その時を待つものの、ターゲットは5日経っても現れない
仲介人からは「今日来なければ引き上げろ」と言われ、殺し屋は向かいのホテルをつぶさに監視していた
その夜、ホテルにターゲットが到着し、彼は娼婦を同行させていた
ホテルのスイートに移動したターゲットを追う殺し屋は、銃を用意し、狙いを定める
そして、この時とばかりに発砲するものの、その弾丸は偶然目の前に立ってしまった娼婦に当たってしまう
殺し屋は慌てて荷物をまとめ、そそくさと隠れ家のドミニカ共和国を目指して逃亡することになった
隠れ家に着いた殺し屋は、いつも違う雰囲気を察知し、銃を手に取って邸宅へと侵入する
そこには恋人マグダラの姿はなく、殺し屋は彼女の兄マーカスへと電話を掛けた
テーマ:殺し屋の作法
裏テーマ:後始末も冷静に
■ひとこと感想
Netflixにて配信予定で、一週間だけの先行上映
未加入かつマイケル・ファスベンダーが演じるプロの殺し屋ということで、劇場に出向くことになりました
原作はシリーズもので、本作が何作目に当たるのかは分かりませんが、おそらくは1作目の導入にあたるのだと思います
物語の導入は主人公のモノローグで紡がれ、殺し屋とはかくあるべきという感じに展開していきます
綿密な準備と心構えが必要と言っておきながら、リミットが迫って慌てて撃って外してしまう様はシュールでもありました
本作のメインはそこからの顛末になっていて、隠れ家に戻ったら恋人がボコられていて、その復讐のために世界各国を飛び回っていきます
それにしてもタクシー関連の人たちはとばっちりも良いところでしたねえ
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画は、暗殺失敗からの流れに重点を置いていますが、緻密で冷静な導入はなんだったのかというくらいに衝動的で、行き当たりばったりの殺し屋が描かれていました
おそらくは、冷徹に見える殺し屋でも中身は人間ということで、その回復に至るまでを描いている印象があります
恋人に暴力を振るったThe BruteやThe Expertを殺すのは分かりますが、タクシーの運転手と発車係はとばっちりも良い感じになっていますね
ラストのクライアントでは冷静さを取り戻すのですが、失敗によって彼が弁護士に働きかけたとしても、彼が直接命令を下していなかったので、それで良いのかと思ってしまいます
映画は一見スリラーのような感じなのですが、シュールでかつ底流に流れるコメディ感というものを感じてしまいます
SM嬢を誤って撃ってしまうのですが、この時に「あ!」という感じの顔は、とても百戦練磨の殺し屋とは思えない感じになっていました
■ミッション達成に必要なもの
本作は、殺し屋が作戦を成功するために綿密な準備と心構えをしている様子が描かれていきます
脈拍計を腕につけて、いかなる時でも平穏であるかを確認するのですが、そんな彼でもあっさりと失敗してしまいます
彼の失敗の要因は色々と挙げられますが、ひとつめは「焦り」であると思います
入念な準備というのは、時に人を理性的に追い込み、勘というものを鈍らせてしまいます
功を焦るあまりというほどではないのですが、ターゲットよりも手前にSM嬢がいるという構図において発砲するというのは、素人でも犯しにくい失敗のように思えます
SM嬢がどのような動きをするかは予測できませんが、ターゲットとの間にいない状況まで「待つ」というのは、最低限のことだとだったでしょう
でも、彼はあの一瞬で終わらせようとしていた
それは、あの場所に来てから5日目だったことと、その日がラストチャンスだと言われてしまったからだと言えます
下積みや準備と称される「努力」のようなものは、それ自体が目的になる場合があります
彼の場合は、ルーティンと化してはいるものの、それを行うことの方に精神が吸い寄せられているのですね
それ故に、いざターゲットが現れると、ルーティン化しない行動が脆くなってしまいます
それが凡ミスを生み、さらなる悲劇へと続いていくことになりました
準備というのは、アクシデントの想定の繰り返しのようなもので、その演習において起こる不協和音を見つけることと、修正速度を高めるために行います
でも、彼の場合は、まるで宗教の祈りの手順のようにきめ細やかに手順があって、それからズレることを良しとしません
まるで、譜面通りに弾くピアノのようなもので、その場から動かないピアノならできても、そうでない場合は難しくなります
運搬中のピアノを弾けるかと言われれば弾けませんが、こと「動く相手を標的とする殺人」ならば、それに近いだけのものを身につけないとダメだと言えます
彼があのようなステップにこだわりを見せるのは、過去の成功体験によって培われたルーティンが、鋭利にブラッシュアップされたからでしょう
完璧な状態に自分を動かし、そこに揺らぎの元となる感情を排除する
そのような鍛錬を積んできたはずなのですが、今回のターゲットの行動は彼の想像を超えるものだったのですね
おそらくは、SM嬢の登場によって、彼が抱くターゲット像というものにブレが生じてしまったのでしょう
そして、その動揺が残ったまま、修正するよりも先に体が動いてしまったように思えました
■殺し屋は人間性を捨てられるのか
本作の殺し屋は、完璧主義で人間を捨てたような暗殺者のようになろうと努力している男で、その中身は実に人間的な人物だったように思います
彼が完璧であろうとすればするほどに、彼の中にある人間性が顔を覗かせてしまい、そしてミスの上にミスを上書きしていきます
人は、一部の例外的なサイコパスを除いて、正常化バイアスがかかってしまい、人間性を捨てるということは難しいように思えました
彼は本当に人間性を傍に置いて殺人を実行できるとするならば、あのようなルーティンは必要なく、むしろそうではないために、様々なルールを課しているように思えます
人が作るルールは行動の制御をするためにあるのですが、暴走する感情をコントロールするために社会的な制裁を課すものと、自分自身の中で定める掟のようなものがあります
社会的な場合は、社会生活の円滑さを重視し、その逸脱が誰かの不利益にならないように定められます
一方の個人的なルールの場合は、自分の感情や欲求を制限し、目的のためにそれらをコントロールするために定められます
彼がこのようなルールに固執するのは、言い換えれば「感情や反応を制御する何かがないと暴発する人物である」と自認しているからだと言えます
暗殺者と生きていくためには、人間性を排除しなければならないのですが、彼の根底には傷つけられた恋人への報復のためには、どのような犠牲も厭わないというものがありました
その衝動に対する目的を明確にして、それを実行するために課すルールというのは、通常の暗殺よりも緻密なものになっていました
それを考えると、人間的であればあるほど、ルールは研ぎ澄まされるとも言え、役割と目的はそれをさらに強化するもののように思えてきます
人は「役割」と「目的」によって、人間性を排除できる生き物で、その最たる例が戦争であると思います
人間に潜む暴力性は、それらの実行への担保が必要で、それが他の動物と違うところであるように感じられます
初期衝動を止める何かがあるのですが、それは「目的」である場合が多く、それを達するために冷静になっていくのですね
そして、その目的に大義を重ねることで、自分なりの役割を見つけ、そこに人格を載せていく
そう考えると、人は誰しもが殺し屋の素養を持っているのかなと思わざるを得ません
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、一応はクールクライム系になると思うのですが、個人的な感覚だとシュールコメディのように思えてしまいます
完璧主義の主人公がルーティンを重ねて、これは凄腕の殺し屋の物語なんだと思わせておいて、びっくりするぐらいアホな理由で失敗してしまうのですね
「まじか」という感じで笑いそうになってしまい、そこから焦って「どうしようかとアタフタする完璧主義者」が描かれていました
事前に逃走のための手順を決めていたために難なく逃げ出すことができますが、この部分では入念な準備というものが役立っていたように思います
隠れ家に帰り、異変をすぐに察知する感覚などは常人を超えていて、恋人の不在から的確にターゲットを絞っていく様子を見ていると、なんでこの人があんなミスを犯すのかと思ってしまいます
そこからの彼は、実に緻密に動いていくのですが、それでも動揺が行動を完全に抑制できず、殺さなくても良い人間を殺してしまうのですね
タクシーの発車係と運転手はとばっちりに近いですし、ホッジズのアシスタントもその必要はなかったでしょう
そんな彼が目的の達成とともに、徐々に冷静になっていく様子が描かれていきます
彼はターゲットに対するクライアントを殺さない選択をするのですが、それは一連の騒動の種がホッジズだったからだと思われます
彼を仕留め、恋人に暴力を振るった殺し屋たちへの報復が為されたことで、彼の中でひとつの区切りがついていました
それによって我に返っているというような感じで、印象的には「ものすごく投げる前の儀式の多い投手があっさりと打たれて動揺し、その後自分を取り戻すまでに連打を喰らう」というものに近い感じがしました
なので、焦ってルールから逸脱しながら、さらに被弾する様子が描かれていて、ひとつの失敗がもたらしたものはあまりにも多かったように思います
事件は終わったように思えますが、多くの無駄な暴力のために敵を増やしたことは事実なので、それに依る波及というものが続編になるのかもしれません
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/98798/review/03145259/
※Yahoo!検索で表示されないので、映画.comの方に投稿しています
公式HP:
https://www.netflix.com/title/80234448?s=i&trkid=0