■梟に見えた国の未来は、さらなる巨獣によって、蔑ろにされてしまう
Contents
■オススメ度
李氏朝鮮時代のサスペンスに興味のある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.2.15(アップリンク京都)
■映画情報
原題:올빼미(フクロウ)、英題:The Night Owl(夜のフクロウ)
情報:2022年、韓国、118分、G
ジャンル:李氏朝鮮時代の後継争いに巻き込まれる盲目の鍼灸師を描いたスリラー映画
監督:アン・テジン
脚本:ヒョン・ギュリ&アン・テジン
キャスト:
リュ・ジュンヨル/류준열(チョン・ギョンス:盲目の鍼治療師)
ユ・ヘジン/유해진(仁祖:朝鮮第16代の王)
チェ・ムソン/최무성(イ・ヒョンイク:王室の御医)
アン・ウンジン/안은진(チョ・ソヨン/昭容:仁祖の側室)
チョ・ソンハ/조성하(領相/ヨンサン:朝鮮の外交相、清国との和平派)
アン・ソンボン/안성봉(チョン・サシン:清国を侮辱する通訳)
パク・ミョンフン/박명훈(マンシク:ギョンスの案内係)
キム・ソンチョル/김성철(ソヒョン世子:殺された仁祖の息子)
チョ・ユンソ/조윤서(カン・ビン/カン世子婿:ソヒョンの妻)
イ・ジュウォン/이주원(ソクチョル/若殿様:仁祖の孫、ソヒョン世子の息子、10歳)
キム・ドウォン/김도원(チョン・キョンジェ:ギョンスの病弱の弟、10歳)
キム・イェウン/김예은(ソ女官:世子の側近)
チョン・ソクウォン/정석원(王室護衛責任者、領相の家臣)
キム・インクォン/김인권(王室護衛隊長)
パク・ヒウン/박희은(味覚検査の女官)
キム・セッピョル/김샛별(事を致すカップル)
キム・ジェヒョン/김재현(事を致すカップル)
アン・セホ/안세호(清王)
ペ・ヨングン/배용근(薬草屋の主人)
チョ・ギョンヒョン/조경현(肉屋)
シン・ジョンウォン/신정원(肉屋の女性)
ユン・ジュンヨル/윤준열(若い医師/小僧)
■映画の舞台
1645年、
朝鮮王朝(現在の韓国)朋党政治時代
ロケ地:
韓国:各都市
南漢山城
https://maps.app.goo.gl/P3AFkAaf2SqyXX2v9?g_st=ic
昌徳宮
https://maps.app.goo.gl/eJSX7R6YBQQD6t5C6?g_st=ic
ソウル歴史博物館
https://maps.app.goo.gl/6dkecRFGAr2xTyZ78?g_st=ic
龍仁大蔵金パーク(民俗村)
■簡単なあらすじ
李氏朝鮮時代の韓国では、清との関係をどう築くかで明暗が分けられると考えられていた
仁祖は清から戻ってきた領相の助言を聞き入れるものの、仁祖の息子・ソヒョン世子は反対の立場を取っていた
一方その頃、市井にて鍼灸師として活躍していた盲目の男ギョンスは、仁祖の御医ヒョンソクにその力量を認められ、王宮に招かれる事になった
ギョンスは盲目ゆえに仁祖の側室・チョ昭容などの施術を任され信頼を経ていく
ある日、ギョンスはヒョンソクとともにソヒョン世子の治療に出向く
だが、ヒョンソクはソヒョン世子に毒鍼を仕込んで殺してしまう
一部始終を見てしまったギョンスだったが、誰もギョンスが夜だけはぼんやりと見える事を知らなかった
テーマ:後継争いと国交政治の犠牲
裏テーマ:鍼灸師としての矜持
■ひとこと感想
昔の朝鮮の実話をベースに描かれているスリラー映画で、目が見えない鍼灸師が事件現場にいた、というテイストになっています
当時の朝鮮の状況を知っていなくても楽しめるように作られていて、主要人物もキャラが立ってわかりやすいものになっていました
実話であること、物語の舞台設定などはさらりと紹介していますが、調べるほどに当時の状況がわかってくる印象ですね
韓国の歴史ドラマが好きな人なら知っていることも多そうですが、個人的にはその手のドラマをほとんど見たことがなかったので、詳細についてはわかりませんでした
とは言え、朝鮮王国の国王と息子の意見が違って、それによって暗殺事件が起きるという構図さえわかればOKかなと思います
同じような格好をしている人物の見分けが大変なのと、主人公が活躍するのが夜がベースになっているので、思った以上に目が疲れる映画になっていました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画は、朝鮮王朝の李氏朝鮮時代の実話ベースになっていて、仁祖の息子・世子が殺された事件の顛末を描いていました
盲目の鍼灸師が主人公ですが、タイトルにあるように「夜目が効く」存在になっていて、誰も知らないところで「見ていた人物」ということになっています
絵的にはたくさんの人物が登場しますが、パンフレットに掲載されている8人が判別できればOKの内容になっています
李氏朝鮮のことを調べた方が楽しめますが、日本語でググっても大した情報はないので、「李氏朝鮮(이씨 조선)」でググった方がたくさんの情報にふれあえると思います
権力闘争に明け暮れるお家騒動がメインですが、この時代はどの国も同じようなことが起こっているので、そこまでの特殊性はありません
発達しているのが鍼灸というところが時代を感じますし、漢方薬などがメインになっていましたね
清派VS明派の内紛ではありますが、そのパワーゲームの内容が恐ろしくて、誰もが腹に一物を抱えているという感じになっていました
■時代背景について
映画の舞台は1645年の朝鮮で、この時期は「李氏朝鮮」と呼ばれていた時代でした
李氏朝鮮は1392年の8月唐1897年まで朝鮮半島に存在していた国で、高麗の次にあたる「朝鮮半島最後の統一王朝」でした
この時期は大きく分けて「明の朝貢国だった1393年〜1637年」「清の服属だった1637年〜1894年」「日露対立末期(1894年〜1910年)」という感じに分けられています
1645年はちょうど清に支配されていた時代で、いまだに明との義理を果たそうと考えていたのが仁祖という事になります
領相とソヒョン世子が清から帰国し、その影響力を目の当たりにしてきたのですが、国内に留まっている仁祖には、清の凄まじい成長というものが見えていなかったのだと思われます
この頃は「小中華思想」や「事大主義」などの影響が強くありました
「小中華思想」とは「自国が中華文明の正統な継承者であると考えること」で、「事大主義」とは「清と対峙するのは現実的ではないと考えて臣下として礼節を尽くすことを言います
また、日本が野蛮であると蔑視する中華思想などが、保守的な儒教者の間で根付くようになり、朝鮮朱子学が発達した時期でもありました
映画の朝鮮王である仁祖が即位したのは1623年のこと、その直前には「サルフの戦い」があって、弱体化した明とそれに乗じて後金(清)が勢力を高めていきます
この戦いを機に、朝鮮は二極外交を進めることになります
そして、「仁祖反正」と呼ばれる「当時の王・第15代朝鮮王・光海君に対する西人派のクーデター」が起こり、仁祖が第16代の朝鮮王として即位することになりました
仁祖と西人派派クーデターののち、大北派の粛清を行い、これによってほぼ消滅させます
1636年、後金は清と国号を変更し、朝鮮に対して服従と朝貢、および明に派遣する兵3万を要求してきます
朝鮮側は南漢山城に籠城するものの、江華島陥落の知らせが届くと、45日で降伏し、清軍との間で和議が行われるようになります
その後、丁丑条約が結ばれ、長男や次男、大臣の子女などが人質として清国に送られる事になります
さらに清皇帝ホンタイジに対して「三跪九叩頭の礼」をさせられる恥辱を味わう事になります
映画は、このあたりの外交問題は背景にしていますが、清への服従を余儀なくされる時期で、それに反発しようとしていたことが伺い知れると思います
■タイトルの意味
タイトルの「梟」は、夜行性の鳥類で、ユーラシア大陸の広範囲に生息しています
「森の物知り博士」「森の哲学者」「森の忍者」などと言われたりもします
目の感度は人間の10〜100倍程度の感度があるとされていて、遠近感は60〜78度と広いが、視野は110度と狭くなっています
そのために、首を上下左右180度回すことができ、真後ろを見ることもできます
ギリシャ神話では、フクロウは女神アテーナーの象徴とされていて、知恵の女神の象徴とされることが多く、森林の長老などの役割で民話や童話に登場することが多いとされています
一方東洋では、フクロウは成長した雛が母鳥を食べるという言い伝えがあり、転じて「親不孝者」の象徴とされています
梟帥、梟雄は、荒々しい人、盗賊の頭目を意味します
その一方では、縁起物として扱われることもあり、置物が作られたりもしてきました
梟は暗闇を見通す「夜目」を持っていて、昼間でも見えますが、夜はさらによく見えるとされています
フクロウは瞳孔が大きく、弱い光に敏感とされていて、月明かり程度の弱い光でも狩りができます
フクロウの目には照膜という反射板があり、少ない光を集めて目の奥で明るくさせることができるのですね
この板に跳ね返った光によって、フクロウの目は光って見えると言われています
映画のタイトルに梟が使われたのは、ギョンスに夜目があるという意味で、普段でも少しは見えていたりするところがありました
それを隠していて、さらに夜だと落ちている鍼を拾えるぐらいには見えていたりします
彼が盲目を装っているのは、その方が生きやすいからであり、それによって生じる些細な不都合を見逃してきたと言えます
でも、今回の一連のことを些細とは見逃せず、犠牲になったソヒョン世子について思うところがあったと言えます
梟がタイトルに使われていることで、夜は見えているということを仄めかしていますが、それ以上に、これまでの生きやすさを捨て、その目に映っていたものを暴露することで、ギョンスは生き方の決断をした、ようにも思えました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、「盲目だと思われている男が事件を目撃するスリラー」で、この「見えていないと思われている人物の証言」というものは、その人物の未来や評価を激変させる事になります
これまでは「盲目」を装っていた事になり、それによって、守ってきた領域というものが存在します
ギョンスは不利益を被ってでも、ハンデによる日常の生きづらさを緩和しようと考えていました
そんな彼が「実は見えていた」と告白することは、これまでにあった安全圏というものを捨てる事になっていて、さらにそれまでに持たれていたイメージというものを壊す事になります
当然、見えていたと言っても信用させるわけでもなく、まずは自分自身を信用させる必要があります
ただでさえ、嘘をついていたという前提があって、それによって信頼を取り戻す必要もあるのですが、今回の場合は、それ以上に逼迫した状況を信じてもらえるか、というハードルが存在します
自分が嘘つきである事以上に、信じて欲しいものがあるのですが、嘘つきの声に耳を傾ける人は少ないように思えます
ギョンスは、自分のことは傍に置き、命の危険性を世子婿に知らせますが、まさかの黒幕が王(義理の父)ということもあり、その場で真実をいうことを躊躇わざるを得なくなります
ギョンスを信じて告発したのに、そこで梯子を外される格好になる世子婿ですが、それはその場でギョンスが仁祖が黒幕であると気付いたから、なのですね
なので、あの場で世子婿に「目の前に黒幕がいる」とは言えず、それによってさらに不信感を持たれてしまう事になりました
最終的には、信じる信じない以前の話になっていって、結託した仁祖と領相の思惑をどのように止めるか、という方向へシフトしていきます
これまでは、ギョンスの秘密を知っているのは数人でしたが、公の場で「自分は嘘つきだった」と公言する事になってしまうのですね
これによって、彼の予後は最悪なものになり、この国にいられなくなってしまう危険性にありました
でも、国の行方が左右される局面でもあり、明との関係を繋ごうと考える思惑をこのような形で貫かせて良いのかという義憤もあったと言えます
そう言った意味において、国政を変えてしまう告発ではありましたが、広義的な歴史として俯瞰すると、そのような些細な思惑すらも蹂躙されるほど、清の勢いは凄まじかった事になります
それを思うと切ないのですが、あの時点でのギョンスの判断は彼の人生にとって、とても有意義なものだったように思えてなりません
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/100650/review/03489167/
公式HP: