■暴走の代償は、それぞれの時間を奪うけれど、抱える夢までは奪えない


■オススメ度

 

母と娘の物語が好きな人(★★★)

 


■公式予告編

https://youtu.be/DPYL_mdRNaU?si=0geKxWc_qNQeV8XO

鑑賞日2023.9.7(アップリンク京都)


■映画情報

 

原題:兔子暴力(兎の暴力)、英題:The Old Town Girls(古い町の少女たち)

情報2020年、中国、105分、G

ジャンル:自分を捨てた母と再会する少女を描いたヒューマンドラマ

 

監督シェン・ユー/申瑜

脚本シェン・ユー&チウ・ユージエ&ファン・リー

 

キャスト:

ワン・チェン/万茜(チュー・ティン/曲婷:シュイ・チンの母、ダンサー)

リー・ゲンシー/李庚希(シュイ・チン/水青:チュー・ティンの娘、高校生)

   (幼少期:ウー・シンルイ/吴欣芮

 

シー・アン/是安(シュイ・ハウ/水浩:シュイ・チンの父)

 

チャイ・イェ/柴烨(ジン・シー/金熙:シュイ・チンのクラスメイト)

ユウ・ガンイン/俞更寅(バイ・ハウウェン/白皓文:シュイ・チンのクラスメイト、ジン・シーの想い人)

ヂォゥ・ズーユェ/周子越(マー・ユエユエ/马悦悦:シュイ・チンのクラスメイト)

 

パン・ピンロン/潘斌龙(マー/老马:ユエユエの実父)

ファン・リー/方励(ユエユエの養父/干爹)

ナイ・アン/耐安(ユエユエの養母/干妈)

ジー・ユンシャオ/姬云潇(シュイ・チンの異父妹/马仔)

 

ファン・ジュエ/黄觉(トゥー/老杜:チュー・ティンを探す男)

ガオ・ファヤン/高华阳(痩せた男/瘦子:トゥーの部下)

 

ス・ボー/苏波(ディン先生/丁老师:担任の先生)

 

リー・カイ/李才(リウ:警察官、チュー・ティンの同級生)

チャン・ペイチー/张培琦(シャオダイ/小戴:トランクの中身を見る警察官)

ウー・チー/吴奇(警察官)

ワン・ロンロン/王龙龙(警察官)

 

ルオ・シンルイ/罗欣睿(クラスメイト)

フェン・シンハ/冯薪桦(クラスメイト)

タン・ハオウェン/谭皓文(体育館のクラスメイト)

リウ・ユーエン/刘宇轩(体育館のクラスメイト)

 

ハン・チェンリャン/韩振亮(ビーフン屋の店主)

タン・ジンハ/唐京华(ビーフン屋の店主の娘)

 


■映画の舞台

 

中国:

四川省攀枝花市

https://maps.app.goo.gl/Y4kdKqa3TbkiiguE7?g_st=ic

 

ロケ地:

上記に同じ

 


■簡単なあらすじ

 

四川省の寂れた町に住んでいるシュイ・チンは、幼い頃に母に捨てられ、父と二人で過ごしていた

父の家族と折り合いが悪く、食事に同席させてもらえずに途方に暮れている

 

そんな彼女には、ジン・シーとユエユエという友人がいて、シュイ・チンはジン・シーの自由な生き方に憧れていた

ユエユエはモデルをするほどに美しかったが、実父が帰ってきたからは生きた心地のしない毎日を過ごしている

 

ある日、町に都会風の女性がやってくる

シュイ・チンは本能的に自分の母であると確信し、10年以上の空白を埋めるように交流を果たしていく

だがある日、母の元に借金取りの手下トゥーが現れ、事態は予期せぬ方向へと転がり始めてしまうのである

 

テーマ:弱者の暴力性

裏テーマ:未来のために守りたいもの

 


■ひとこと感想

 

中国の内陸部が舞台になっていて、工業で栄えたけど、空洞化が進んでいる土地が描かれていました

そんな町に都会から自分を捨てた母が戻ってくるというもので、生きづらさを解消してくれる居場所というものを見つけるに至ります

 

夢のような時間、そして場所

でも、それは長く続くことはなく、母が都会からこの町に戻ってきた理由というものが暴露されていきます

 

それと並行して、友人たちとの距離感が生まれ、恋愛や嫉妬が絡んだことで、計画が破綻しかけます

そこに行き着くまでの展開はゆったりしたものでしたが、ラストの怒涛の展開には驚きを隠せません

 

冒頭の誘拐騒動の真相が描かれる中、トランクの中身が判明する流れは、結構キツいものがありましたね

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

家庭に自分の居場所のない少女が、母親との再会をきっかけに生き方が変わっていくというもので、それを守るために何をするのか、という内容になっています

事件が起きてからは、追い詰められているはずの母親が冷静になっていて、娘にこんなことをさせている自覚が絶望を呼び起こしていました

 

友人関係も経済格差のレイヤーになっていて、裕福で好き勝手しているジン・シー、養父は富裕層だけど実父は貧困層のユエユエ、どこに行ってもジリ貧のシュイ・チンは抜け出すきっかけすら与えられません

裕福になりたいという願望よりも、「今とは違うどこかに行きたい」と考えているシュイ・チンは、母親に過大な妄想を抱いていたのですね

 

そして、その関係性に執着を見せ、それをなんとか繋ぎ止めようと、弱者の暴力性というものを発動させていきます

生きることに必死になるあまり、周囲が見えていないシュイ・チンは、理性で行動を抑えられなくなっています

物語の結末はあっけないもので、そこで挿入される「青少年は健全な育成を」みたいな標語がくっついていたのは中国っぽいなあと思ってしまいました

 


中国の経済事情

 

中国の経済事情は様々な経済アナリストや研究所の取りまとめがあるので、気になる人は「中国経済 2023」でググると様々なPDFファイルが転がっている状況にあります

とは言え、本営発表を元に計算されたものが多く、本営発表に嘘があれば目も当てられない惨状になってしまうところはあります

中国の経済は、経済特区とされる厦門、汕頭、深圳、珠海の4つの都市と14の対外開放都市が中心になっていて、1984年ぐらいから外資を呼び込んで発展してきました

中国はいわゆる社会主義と資本主義が混在しているので、官僚主義、汚職、財産権の侵害などの諸問題も起こっています

不動産バブル問題に関しても、土地は国家のもので、その貸借権を取引している状況にあり、日本や欧米諸国との単純な比較ができない国といえます

 

中国経済は、1990年くらいから急成長を始め、1993年から経済成長とインフレの加速が起こっています

これは、国外からの投資が浸透し、外資の進出が容易になったからという理由があり、これによって金融システムは国が管理しつつ、主要産業は国有企業が支配することを継続させています

いわゆるインフラや国家存続に必要な企業は国有化し、外資の影響を受けさせないが、それ以外は容認というスタイルになっています

 

中国で問題になっているのは「経済格差の広がり」で、一人あたりの地区別省内総生産は北京が118,198に対し、同じ東部地域の海南で44,347と3倍以上の開きがあります

東北部は遼寧では50,791しかなく、中部の湖北で55,665、西部の内蒙古でも72,064となっています(2016年、単位は元)

東部の北京、天津、上海で10万元を超えてきますが、東部以外はその半分もないという状況があって、それがさらに広がりを見せつつあるとされています

ちなみに映画の舞台の四川省は40,003元なので、北京の3分の1という値になっていて、無論四川省内でも都市とそれ以外の経済的な格差というものはあります

 

中国では、長らく行われていた一人っ子政策の余波を受けて、人口ピラミッドの若年層は急速に減っています

2023年の若者の失業率は過去最高の21.3%という状況になっています

労働力不足が懸念される中、コロナ禍によるロックダウンの影響も深刻で、先行きが不透明な部分はあります

これは中国に限ったことではありませんが、先進諸国は医療技術の発展とともに少子高齢化に向かっているのですが、中国の場合は1970年代から行われていた一人っ子政策の余波が大きいと懸念されています

この政策では「ハイヘイズ(黒孩子)」と呼ばれる「届出をしていない戸籍を持たない子供」を生み出していて、統計が正確ではないという指摘もあります

現在の中国は13億人と言われていますが、ハイヘイズや盲民などの浮浪民も多いため、実際には15億人いるとも言われています

実態を把握しきれていたいことが経済対策の効果を阻害している面もあり、今後どのような方向性を辿るのかは不透明とされています

 


弱者の暴力性とは何か

 

映画のタイトルは『兎子暴力』ということで、内容としても「何も持たず暴力的でもないシュイ・チン」が追い込まれた結果、ユエユエを殺すという流れになっています

この殺すという行為が暴力性ではなく、そこに至るまでの狂言誘拐失敗からの実質誘拐になっているところが暴力性の最たるものだったと言えます

母が多額の借金をした結果、その返済期日までに何とかしたいと考えるシュイ・チンがあれこれ考えるのですが、トリガーが壊れたかのように実行に移していく過程を描いていました

いわゆる窮鼠猫を噛むという状況で、シュイ・チンが誰に向かって暴力を発揮しようとしていたのかは不明瞭な感じになっています

 

母の元を訪れるトゥーは高利貸しの手先のようなもので、彼自身と戦っても現状は変わりません

彼のバックにはさらに厄介な存在があるのですが、それを感じているのは母だけで、シュイ・チンには理解ができない世界になっています

でも、根本解決は借金を何とかすることとわかっているので、その目的のためになりふり構わないのですね

母の来訪がシュイ・チンの暴力性を引き出していて、その想いの強さは現状の酷さを強調することになっています

 

兎といえば、基本的には「幸運の象徴」のイメージが強く、縁起物だと思われています

そんな兎が暴力を振るうという状況は、その異常性を色濃く感じさせます

でも、兎には環境が変わると凶暴になるという特性があり、また妊娠したりすると同じような行動が起こると言われています

母親になる兎は自分と子どもを守るために攻撃的になると考えられていて、本作でもシュイ・チンが自分の環境と母を守るために凶暴化しているといえます

なので、兎の凶暴性を知っている人だと、シュイ・チンがなぜ豹変したのかとか、それを兎と例えているのかが分かるのではないでしょうか

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作は実際に起こった母子の事件をモチーフにした作品ですが、その元ネタまでは辿れませんでした

疎遠の母との生活を夢見る娘というプロットで、そのために犯罪を犯したというものですが、これだけの情報だとググるのは不可能に近いと思います

 

また、経済格差が背景にあり、ジン・シーは富裕層、ユエユエは養父母は中間層で実父マーは貧困層、シュイ・チンは貧困層というカテゴライズに属します

シュイ・チンは父の家族と折り合いが悪く、それはチュー・ティンが捨てた子どもだからという側面が強いのですね

父の家族が家に来ている時は追い出されることになっていて、父自身もシュイ・チンを愛してはいません

 

そんなシュイ・チンにとって、母は自分の想像の中で育った人物であり、それは誇大妄想として成長していきました

おそらくは成都(都会)へ行ったということぐらいは聞かされていて、田舎から都会に行った女性というイメージが、垢抜けた印象を持たせます

実際にチュー・ティンが戻った時、彼女は街の中では異彩を放つ存在で、裕福そうに見えなくはありません

そのビジュアルがシュイ・チンの想像を補完し、これが生きる道であると確信しています

 

チュー・ティンが400万元をどのように使ったのかははっきりと描かれていませんが、自身が活躍した劇場を借りるために使っていることはわかっていました

使用されていない劇場の中央に置かれた古びたソファがチュー・ティンの寝床であり、それは彼女が現在を生きていないというモチーフに繋がっています

シュイ・チンが夢に生きるように、チュー・ティンも夢の中で生きている

でも、二人が見ている夢は、未来と過去という両極端な世界になっています

 

おそらく二人がどこかに逃げて一緒に暮らしても、過去の栄光に縋る母と、幻想の中で昇華している母をダブらせる娘は相容れないと思います

結果的に二人はともに収監され、過酷な現実から逃げることができたのですが、チュー・ティンは獄中でさらに老いと向き合うことになり、シュイ・チンはますます母との理想の生活を脳内で作り上げていくでしょう

刑期を終えた二人が出会えるかわかりませんが、その時には人生をやり直せる年でもなく、多くの大切なものを失っています

それでも、シュイ・チンだけは幸福の中に身を委ねたまま、過酷な現実から目を逸らし続けるように思えました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

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公式HP:

https://www.uplink.co.jp/usagibousou/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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