■10秒だったのか、11秒だったのかは、個人の時間感覚に委ねられてしまうのだろうか


■オススメ度

 

コロナ禍っぽい問題を扱った作品に興味がある人(★★★)

ワンシチュエーション映画が好きな人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日2023.1.29(アップリンク京都)


■映画情報

 

原題A Nuvem Rosa(「ピンクの雲」)、英題:The Pink Cloud

情報2020年、ブラジル、103分、PG12

ジャンル:突然現れた致死性のある雲によって、ゆきずりの男女が共同生活を強いられるワンシチュエーションムービー

 

監督&脚本:イウリ・ジェルパーゼ

 

キャスト:

ヘナタ・ジ・へリス/Renata de Lélis(ジョヴァナ:ゆきずりの男と部屋に閉じ込められる女性、ウェブデザイナー)

エドゥアルド・メンドンサ/Eduardo Mendonça(ヤーゴ:ゆきずりの女と部屋に閉じ込められる男、カイロプラクティック・インストラクター)

 

Antônio Ramos(リノ(9歳):ジョヴァナとヤーゴの息子

 (赤ん坊のリノ:Arthur da Costa Florenzano

 (4歳のリノ:Gabriel Eringer

 

カヤ・ボドリゲス/Kaya Rodrigues(サラ:ジャヴァナの友人、小学校の先生)

 

ヘレン・ベケル/Helena Becker(ジュリア:ジョヴァナの年の離れた妹)

Juh Vargas(デボラ:ジュリアの友人)

Rafael Tombini(デボラの父(声))

Laura Flores(ブルーナ:ジュリアの友人)

Martina Zirbes Dalla Corte(ガビ:ジュリアの友人)

 

ジルレイ・バエス/Girley Paes(フイ:ヤーゴの父)

Henrique Gonçalves(ジエゴ:フイの担当看護師)

Marley Danckwardt(ジョヴァナの母)

Júlio Conte(ジョヴァナの父)

 

Lívia Perrone Pires(パウリーナ:ヤーゴのチャット相手)

Lauro Fagundes(隣人:ジョヴァナと遠隔セックスする男)

Gabi Thomé(マヌ:リノのオンラインの友達)

 

Maria Galant(犬を連れた女)

Denis Gosh(自殺する男)

 

Patricia Barbieri(緊急放送のアナウンサーの声)

Laura Hickmann(デニス:JHBテレビのレポーター)

Marcello Crawshaw(ヨガのコーチ)

Isadora Pillar(ユーチューバー)

Bernardo Zortea(オーディオブックのナレーター)

Luciana Tomasi自己啓発ラジオ「無限の人々」のナレーター)

 

Greice Gulart(カーナ・マリア・フレア:TVで近況語るバカ女)

 

Fernanda Carvalho Leite(産婦人科医)

 


■映画の舞台

 

ブラジルのどこかの都市

 

ロケ地:

ブラジルのどこか

 


■簡単なあらすじ

 

ある閑静な渋滞街を望む入江にて、犬を連れた女性がピンク色の雲に包まれて死亡しているのが判明する

ほどなく街に緊急警報が発令され、窓を閉め切って外には出ないようにと告げられた

 

前日にゆきずりの関係になったジュヴァナとヤーゴは、揺れるハンモックの中で目を覚まし、SNSでバズっている動画を観て心をそばだてる

テレビでは、外国の大学の監視カメラの映像が流され、モヤのような何かが学内に入って、多くの人が倒れ込む映像が流れた

 

二人は政府の言うように窓を閉め切り、外に浮かぶピンク色の雲を眺める

そして、二人は結婚もしていないのに共同生活を強いられるのであった

 

ジョヴァナは両親と連絡を取り、年の離れた妹ジュリアと回線を繋ぐ

ジュリアは友達の家に遊びに来て閉じ込めれていていた

ヤーゴには病弱の父がいて、訪問看護師のジエロが来ていた時に閉じ込められていた

ヤーゴへの不満を募られる父だったが、手の届かないところにいる父に対して、何もできることはなかったのである

 

テーマ:楽観論と現実

裏テーマ:悲観論の先にある未来

 


■ひとこと感想

 

2017年に初稿ができ、コロナ禍の直前に当たる2019年に撮影された作品で、ブラジルでは2020年に公開されています

時代を先取ったかのような閉鎖空間スリラーではありますが、スリル要素よりも「いかにして人間関係を続けるか」と言う我慢の103分になっていました

 

映画で登場するのは、ジョヴァナ&ヤーゴのゆきずりセックス後の男女とそれぞれの家族たち

リモート通話で近況を確認しあい、政府は配給のメドを立てていきます

 

途中で子どもができてしまうところまで予告編でバラしているのはアレですが、若い男女がやることやってたら、そうなるのは時間の問題と言うことでしょう

 

偶然、コロナ禍のシチュエーションになっていますが、設定としてはテンプレにも思える「閉鎖空間の中で変化する人間の感情と行動」を描いていました

見所は「解放の希望が見えてきた時の二人の行動」ではないかと思います

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

冒頭から「2017年執筆で2019年撮影ですよ」が強調されていましたが、ぶっちゃけ要らない情報だったかなと思います

閉鎖空間に閉じ込められた人がどうなるかと言う「思考実験」にも近く、想像からは抜け出せていません

 

コロナのロックダウンでもここまで閉鎖的ではないでしょうし、楽観論の方が強かったイメージはあります

悲観的になるのは「罹患して亡くなった人がいる近く」と言う印象で、本作では目の前でピンクの雲で亡くなった人というのが出てきません

 

どのような行動をするかはお国柄とか慣習によると思うので、同じ設定で日本で描いてみたら、みんな大人しくしていて、プライベートでは無茶苦茶みたいな感じになるのでしょうか

 

ツッコミどころが多い作品で、リノの年齢を考えると「丸10年経った」と言う感じになっています

その10年で人が外出できないまま同じ暮らしを強いられていると言うのがファンタジーで、いきなりロックダウン対応のドローン展開ができる技術力を考えると、出られない理由をもう一つ作る必要があったように思えました

 


もう少しリアルに寄せるアイデア

 

コロナ禍以前に制作されたと言うことで、まさかの答え合わせができる映画ですが、想像力を駆使してどこまでリアルを追求できたかは「もしも」の世界になってしまいます

コロナ禍がほぼ過ぎ去った今だと、どうしても粗が見えてしまうものですが、これは経験則があるからで、コロナ禍以前に同じことを言えたかはわかりません

と言う前提を踏まえて、「コロナ禍経験者」として、「想像し得たアイデア」について書いていこうかと思います

 

日本の場合だと、「ロックダウン」と言うレベルまで行っておらず、かなりゆるい状況で過ごしてきました

各国でガチで行われたロックダウンは日本の緊急事態宣言とは比べ物にならず、日本のコロナ禍経験者とロックダウン経験者の感じ方は違うと思います

本作のロックダウンは、諸外国のロックダウンよりも厳しいもので、外に出たら10秒で死ぬし、雲のサンプルが取れていないために解明が全く進んでいません

なので、防護服で外に出て、サンプルを採取して分析とまではいっていない状況になります

でも、この情報は個人レベルに伝達されているレベルで、実際にはどこまで研究が進んでいるかは分かりません

 

映画のテイストは「あるカップル」が状況下に置かれていると言うもので、カップルに提示される情報以下の情報しか観客には提示されていません

このような場合、カップルの日常の行動によって、どれだけメディアやネット情報にふれているかの「頻度」を見せていく必要があります

でも、冒頭でニュース映像を見ている以外にカップルが外部情報を気にしている感じがしないのですね

このあたりにリアリティ性の欠如というものが感じられました

 

日本でも、例えば震災などが起こった時に「テレビをつけっぱなしにする」と言うシチュエーションがあって、その情報が単一的になった時に「ネット情報に移行する」と言う習慣があります

ブラジルの有事の個人習慣はわかりませんが、どの国でも、一次情報を仕入れた後に二次情報に移行するタイミングは出てきます

わかりやすい行動が「テレビチャンネルのザッピング」で、どこも同じだと公営放送をつけっぱなしにして、ネットニュースやSNSなどを確認すると言う流れになりがちです

そこから日を追うごとに「一次情報が背景化」して、それでも一次情報に固執する人、一次情報を無視する人というものが出てきます

今回の場合だと、情報を遮断するのがヤーゴで、固執するのがジョヴァナという構図になっていますが、この分断が起こる理由というのがそれほど明確にはなっていませんでした

 


勝手にスクリプトドクター

 

本作は「面白い試み」だとは思うけれど、コロナ禍を経験したことで「嘘っぽくなっている」という可哀想な事実があります

これを覆すことは不可能で、逆のパターンだと『コンティジョン』というパンデミックを描いた映画がありました

『コンテイジョン』はコロナ禍以前に作られましたが、これまでの「SARS」などの経験を踏まえてリアルに作られた結果、コロナ禍を予言したような映画になっていました

本作も同じような評価を得られるはずでしたが、『コンテイジョン』とは違う趣旨で作られていることもあって、同じ評価を求めるのは酷であるとも言えます

 

本作の骨子は「閉鎖空間に追い込まれたカップルの行く末」であり、「状況を利用したヤーゴ」と「状況に抗おうとするジョヴァナ」という構成になっています

それゆえ、ヤーゴは情報を遮断し適応しようと考え、ジョヴァナは早くこの状況が終わることを望んでいます

それでも、原始的な欲求を満たす行動は止められず、その果てにリノが産まれることになりました

本作のキーポイントは、まさにリノの生誕に関する流れが不明瞭になっているために、「このカップルに子どもができたらどうなるか」という設定に終わってしまっていることでしょう

また、リノが「このカップルに子どもができたら変化が起こるかどうか」を描くために存在しているように感じて、映画的には変化がないという感じに見えていました

 

本作のスクリプトを改変するならば、「状況に対して好意的に感じているヤーゴ」がジョヴァナに対して「自分側に引き寄せるアプローチをする」というシークエンスが必要になります

この行動によって、二人に亀裂が入るのか、ジョヴァナが折れるのか、それともヤーゴが行動を変えるかのいくつかのパターンがあり、その中でそれぞれの思想信条が明確になるという流れが生まれます

映画内では衝突はほとんどなく、双方が好みの異性だったこともあって状況を受け入れる方向に行きますが、子どもを産むということに関しては意見が分かれていました

でも、その対立があるのに、「思考の変化がないままにいきなりリノが産まれるという流れ」になっていて、これがうまく機能していません

おそらくは、出産後の変化に時間を割く構成になっていますが、この二人の人生の最も大きなイベントに対する細かな描写がないというのは悪手であるように思えました

 

これを打開するためには、「メディア情報に対する対立」「人生観に対する対立」「衝突と欲望」「欲望に負ける」というプロセスを経て、妊娠が発覚した時点で「どうするか論争」を描くことになります

ジョヴァナの体調の変化があり、妊娠が発覚した段階で「産むか、堕すか」という選択が生じ、でも状況的に外に出られないために「自分たちで堕胎処置をするのか」という問題に行き着きます

このプロセスによって、お互いの人生観に変化が見られ、そこで「産む」という決断をするのですね

「産む」という決断は、いわば「状況を受け入れて生きていく」ということになるので、この瞬間にジョヴァナが折れるという感じになります

 

その後、出産、育児に関しては「遠隔」という流れで対応していますが、そこら辺を完全にすっ飛ばしているのも大概だとは思います

最終的に「ジョヴァナがベランダに出る」というシーンは確定していたと思うので、なぜ彼女がその行動を起こすのかというリアリティは必要になります

ジョヴァナが子どもを捨てて自殺行為に移るという葛藤は描かれるべきで、映画的には「解放されたと思ったのに再度閉じ込められたという絶望」になっていますが、この心理変化に至るためには「ジョヴァナがヤーゴのみならずリノからも逃げ出したい」という心理的な抑圧状態であることを示す必要があったと言えるのではないでしょうか

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作の妙味は「状況を利用してジョヴァナを手に入れたヤーゴ」ということになり、彼は「父が認知症で自分のことがわからなくなった」というだけで連絡を断ち、そこで倒れた看護師のことに対しても何も行動を起こしません

この行動から推測されるヤーゴの過去は、「父の介護に疲れ、ロックダウンによって解放された」という状況を好意的に受け入れるだけの下地があったということになります

金銭的な不安はなく、在宅看護を入れるということは、医療に対してある程度のこだわりがあることを意味します

想像になりますが、在宅医療を選択しているのは父の意思で、それがヤーゴの抑圧になっているという状況であると言えます

 

この状況から抜け出すことができたヤーゴは、認知症とわかった段階で関係性を断ち、同時にそこで起こっていることに無関心になれます

そして、まるで新しい人生を得たかのように、ジョヴァナとの関係を紡ぎ、そしてリノを授かるという人生を得ることになりました

物語の後半で、緑の雲に変わり、過去に立ち向かう必要が生じた時、ヤーゴは手にロープを握り締めていました

このシーンは一瞬でしたが、ピンクの雲からの解放によって、ヤーゴは自分の人生を終わらせる覚悟を持っていたという決意の表れだったと言えます

でも、それは偽りの解放で、それによって今度はジョヴァナが人生を終わらせるという選択をすることになりました

 

ジョヴァナが死んでも良いと考えるに至っているということは、裏を返せば「ヤーゴが洗脳しきれなかった」ということであり、彼にはそこまでの技量がなかったことがわかります

ジョヴァナが解放を喜ぶのは、言うなれば「ヤーゴとの生活をやめたい」というもので、それは「リノを置いてでも成し得たかったもの」ということになります

劇中でも「リノに対して父(ヤーゴ)が雲と一緒に消えてなくなればいい」みたいなことを言っていて、その拒否感情をヤーゴは気づいていないということになっていました

これらのカップルの心理描写をもっと丁寧に描いておけば、それぞれが最後に取った(あるいは取ろうとした)行動と言うものに共感性と理解が生まれたと思います

 

映画は「外に出て10秒経った瞬間」に終わるのですが、実質「11秒だった」と感じています

このあたりをモヤっとさせているのが微妙なのですが、個人的な感覚だと「ピンクの雲は変異した(弱毒化)」と言うもので、脅威ではなくなったのではないでしょうか

ジョヴァナが望む解放が訪れ、そしてヤーゴにとっての絶望が生まれた瞬間になっていて、それを知ったのがジョヴァナだけと言う感じになっています

その後どうなったのかはご想像にお任せしますという感じですが、作品によっては「11秒でエンドロールに入って、そこで倒れる物音がする」という演出があったりしますが、本作ではそれはなかったように思えました

 


■関連リンク

Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://movies.yahoo.co.jp/movie/385136/review/79428155-b790-4c82-97cc-115ecd358c07/

 

公式HP:

https://senlisfilms.jp/pinkcloud/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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