■極限境界線の本当の意味はどこにあるのだろうか
Contents
■オススメ度
実話系フィクション映画が好きな人(★★★)
脱出系サバイバル映画が好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.10.25(TOHOシネマズ二条)
■映画情報
原題:교섭(交渉)、英題:The Point Men(交渉人)
情報:2023年、韓国、109分、PG12
ジャンル:実際の人質事件をモチーフにした外交通商部の交渉を描いた犯罪映画
監督:イム・スルレ
脚本:アン・ヨンス
キャスト:(一部、ハングルからの翻訳で原語スペル不明あり)
ファン・ジョンミン/황정민(チェン・ジェホ:外交通商部の企画調整室長、交渉専門の外交官)
ヒョンビン/현빈(パク・デシク:国家情報院のエージェント)
カン・ギヨン/강기영(イ・ボンハン/カリム:現地の通訳)
【韓国:外交通商部】
イ・スンチョル/이승철(チェ長官:外交通商部の上司)
チョン・ジェソン/정재성(キム・チャグァン:外交通商部の次官)
チョン・ソンウ/전성우(チャ・ソギ:書記官)
ソ・サンウォン/서상원(チョ局長:外交通商部のトップ)
クォン・ヒョク/권혁(秘書)
パク・ヒョンス/박형수(パク・チョンリャク:ジェホの部下)
アン・チャンファン/안창환(シム・ジョンボ:ジェホの部下)
シモ(フセイン:現地の通訳)
【韓国政府】
パク・ソングン/박성근(秘密室長)
チャン・ミョンガプ/장명갑(国政院長)
ソン・ウクヒョン/선욱현(安保室長)
イ・ジョンヨル/이정열(外務大臣)
ナム・ミョンリョル/남명렬(韓国の大統領)
チャン・ミョンガブ/장명갑(国家情報員の長官、デシクの上司)
【人質】
シン・ムンション/신문성(人質になる宣教師)
ファン・ボルム/황보름(キム・ヘヨン:人質の女性)
ソ・ジヨン/서지영(ヘヨンの母)
チェ・ジョンイン/최정인(ホン・ミスク:人質の女性)
ソ・ドンカプ/서동갑(ホン・ミスクの夫)
イム・ウンソ/임은서(ミスクの娘)
イ・チョンム/이천무(ミスクの息子)
チェ・ギュヒョン/최규현(パク・ソンジン:人質の男性)
チョン・グヒャン/전국향(ソンジンの母)
コハ/고하(イ・ジニ:人質の女性)
カン・マングム/강말금(キム・ウンヒ:人質の女性?)
【諸外国関連】
ブライアン・ラキン/Bryan Larkin(アブドゥラ:イギリスの実業家)
ロナルド・G・ローマン/Ronald G. Roman(米軍司令官)
ジョンソン・スリージェームズ・ヒューストン(米軍大佐)
ゲイリー・マイケルキナー(現地外交大使)
アバト・ジェマテレス(大使の妻)
イヤド・ハジャッジ/Iyad Hajjaj(アフガニスタン外務大臣)
ファヒム・ファズリ/Fahim Fazli(タリバンの司令官)
ハナ・アルカルディ/Hana Alcald(タリバン副司令官)
モリエル(タリバン副司令官)
アメリ・アザム(自爆テロの男)
ハーベス・フセイン/Habis Hussein(パシュトゥーン部族長)
ナギール・カワルテ(砂漠のラバガイド)
【その他】
ペク・ジュヒ/백주희(討論番組のプロデューサー)
パク・ウォンサン/강말금(討論番組の司会者)
■映画の舞台
2006年(着想の事件は2007年)、
アフガニスタン:カブール州
https://maps.app.goo.gl/kPTiJ2UQ6wx75PxX8?g_st=ic
アフガニスタン:ガズニー州
https://maps.app.goo.gl/a2UNBG9GQurrxcxS8?g_st=ic
ロケ地:
ヨルダン
■簡単なあらすじ
2006年9月19日、アフガニスタンのカブール州郊外にて、布教活動のために訪れていた一行が、タリバン勢力に誘拐されると言う事件が勃発する
韓国の外交通商部は室長のチェン・ジェホが現地に赴き、キム次官、チャ書記官らも同行する
国家情報員に秘密裏に動き出し、アフガニスタンに潜入しているエージェント、パク・デシクを派遣した
ジェホはアフガニスタン外交部に向かう、タリバンの要求「収監者の解放」を打診する
一度は密約が結ばれるものの、アフガニスタン政府は約束を反故し、それによってタイムリミットを迎えてしまう
タリバンは見せしめに男を1人殺害し、さらに要求を続けた
収監者の解放を飲まないアフガニスタン政府を頼ることはできず、ジェホはデシクの提案である部族長会議に足を運ぶ
通訳のカシムを同行させて、土産の品を持っていくものの、同時期に韓国国内で被害者が布教活動をしていたことを放送してしまう
アルジャジーラを通じてそれを知った部族長は激怒し、タリバンを抑える術を失ってしまう
八方塞がりの中、デシクを通じてイギリス人実業家が解決策を打診しに来るものの、ジェホは何一つ信用できずにいた
そして、本国から外務大臣までやってきて、米韓両軍による「演習」が仄めかされてしまうのである
テーマ:外交の必要性
裏テーマ:極限の交渉術
■ひとこと感想
同週に『カンダハル 突破せよ』と言う配給の罠にハマりながら参戦
こちらは史実ベースのフィクションと言うことで、どこからがフィクションがわからないくらいにリアルに寄せていました
宣教集団が遺書まで書いて突入しているので、ぶっちゃけ「ほっとけばいいんじゃね?」と思いましたが、それでは話にならないので、ジェホ室長が頑張っていましたね
国家情報員と絡みながら、胡散臭い通訳を同行させていく流れは見事だったと思います
物語は、可能な限り「外交で」と言うスタンスで突き進みますが、相手が相手なだけにまともにはいきません
最後は決死の交渉に向かうのですが、巻き込まれた通訳は可哀想だなあと思ってしまいました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
本作は、史実ベースではあるものの、エンタメに仕上げるために色んな脚色が施されています
何となく「フィクションかなあ」と思う部分は読めますが、モチーフの事件をきちんと調べてから、その違いと演出意図について考えたいと思います
映画では、タリバンに捕まる民間人ということで、イスラム圏内でキリスト教を布教する人々が描かれていました
この事件が日本で起きていたら「自業自得」の罵詈雑言でネットで荒れまくる案件になるでしょうね
個人的にも、「助ける意味あるのか?」と思ってしまいましたよ
ラストでは、タリバンと対面するという外交の恥を背負ってでも救出に向かうのですが、交渉に「空爆」を持ってくるあたり、なかなかネジがぶっ飛んでいるように思えました
相手も目隠しして居場所を撹乱するものの、空からは丸見えという感じになっていましたね
「この事態を招いたのはお前だ」はなかなかの名言だったと思います
■モチーフの事件について
本作のモデルとなっているのは「2007年タリバン韓国人拉致事件(韓国での呼び名は、샘물교회 선교단 아프가니스탄 피랍 사건)」です
2007年7月13日、盆唐セムルル教会の教会員たちが「ムスリムに福音を広げる」という理由で、紛争地域であるアフガニスタンに入国します
その後、現地イスラム原理主義団体タリバンに人質として捕まり、韓国政府は多くの人員と税金を投入する事態に発展しています
事件の5ヶ月前にの2007年2月の段階で、タリバンが仲間の釈放目的で韓国人を拉致するという諜報があり、韓国政府は宣教師などに陸路移動を禁止し、アフガニスタンを旅行制限国家に認定していました
盆唐セムルル教会にも政府から協力公文書を送っており、アフガニスタンの南部地域への立ち入りをやめてもらうように要請していたにも関わらず、宣教師一団はこれを無視しで強行するに至っています
拉致されたのは23名、ほとんどが20〜30歳代で、学生、主婦、会社員なども含まれています
この中で亡くなったのが、宣教師のペ・ヒョンギュと29歳男性のシム・ソンミンの2名でした
最年長は55歳の教会の長老ユ・ギョンシクで、最年少は22歳の女性イ・ヨンギョンという方になります
活動地域はマザールイシャリフ地域で、医療奉仕と子どもへの奉仕活動などが含まれていました
その後、カブールからカンダハルに向かうバスの移動中に拉致されていて、護衛車はなく1台での無謀な走行でした
7月20日に事件が明るみになり、「韓国軍の撤退」を要求し、外交通商部は国外テロ事件大作本部を設置しています
当時の盧武鉉大統領はすぐさま上京し、対策にあたることになりました
最初の犠牲者は7月25日で、ペ・ヒョンギュ牧師でした
翌日にはペク・ジョンチョン大統領府安保政策室長を大統領特使としてアフガニスタンに派遣、特使はカルザイ大統領と会って、交渉を始めます
アフガニスタン政府は釈放に応じず、7月31日に2人目の犠牲者が出ました
アフガニスタン政府の方針はアメリカも同調することになり、外交通商部はタリバンとの対面交渉を進めることになります
8月11日、12日の対面交渉にて、体調不良の女性2人の解放を要請、13日に釈放になっています
その後、8月27日に韓国軍の年内撤退、アフガニスタン内非政府機関活動韓国人の8月内の撤退、韓国のキリスト教宣教師の活動禁止などを条件に盛り込みます
その後、8月29日に12人の解放、30日には残りの7人が解放されるに至っています
韓国政府は陸軍の特殊部隊を準備させていて、米軍もそれに倣っていました
現地は軍隊が容易に近づけない場所で、ゲリラ戦になることが想定され、被害を受ける可能性が高かったとされています
それゆえに交渉によって人質救助の道を選ぶことになりました
この騒動は韓国内で賛否の渦が巻き起こり、その後ロイター通信は「身代金2000万ドル(187億ウォン)」を支払ったという報道までしています
この資金によって、タリバンはさらに武力を増強したとまで報道されるに至ってしまいました
■交渉に必要なこと
本作では、これらの事件をモチーフにして、外交通商部と国家情報院がタッグを組んで人質解放に向けて尽力した様子が描かれています
実際にそのような団結があったのかなどは不明ですが、本作は「フィクション」なので、事件はあくまでもベースとして機能しています
物語の本懐は、交渉に関する必要事項と、振り回される外交通商部の内幕を描いていることになります
ジェホは粘り強い交渉を行いますが、最後はほぼ刺し違える格好になっていて、彼が命を賭ける気合いはもの凄く伝わってきます
それでも、被害者の行動が自己責任を超えた無謀なので、それによって国家が交渉すること自体が微妙な感じがしました
当初は宣教集団であることを隠すのですが、それがあっさりとバレて、報道規制を無視して討論番組を垂れ流す事態になっていました
TV局の報道の自由は正義ぶっていますが、それによって多額の税金が投入され、犠牲者が増えていることになっています
実際にあのような番組があって、それをパシュトゥーンの部族長が見たのかはわかりません
これらの出来事は、想定される状況の悪化として描きながら、各方面に喧嘩を売るスタイルになっています
印象操作として、宣教集団とTV局は結構な悪者で、その苦悩が外交通商部に集中しているように見えるのですね
ジェホたちからすれば溜まったものではありませんが、嘘で報道規制を行うことで相手を強硬的にさせている部分は否めません
それらを含んだ状態で、ジェホはどうするのかを描いていて、動き出した米韓の軍事作戦を利用することになりました
帰国を命じられた時点でジェホの仕事は終わりですが、被害者家族の映像を見て心に再度火を灯すことになります
彼の中では、助けられなかったことよりも、最後まで自分が交渉の場にいられなかったことの方が重しになっていて、それこそが彼の本能なのだと思います
彼らは公務員なので、国の決定に従って帰国してもOKだし、結果を伴わなかったとしても、韓国世論の二極化は避けられないものでしょう
また、ジェホの動きは米韓両軍に利用されていて、彼が対面交渉をしたことで、相手の居場所が丸裸になっているのですね
それによって、ピンポイントに爆撃をすることができて、この辺りの絡みは偶然の産物のように思えました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、実際の事件をベースにしていますが、フィクションであることは強調されています
事件が起きたのは2007年ですが、映画では2006年に変更されていますが、内容そのものは実際の事件そのままになっています
外交官と国家情報員のエージェントがタッグを組み、現地翻訳家を交えて、アフガニスタンの様々な危機と対面することになりました
事実を再現したわけではありませんが、ここまで一緒だと色んな思惑を感じてしまいます
それは、ジェホ自身が「かなり理不尽な作戦に晒されていることを強調する」に至っていて、一番の要因は「助けるに値するかを各人が問う」ということだと思います
韓国世論でも「自己責任論」は強調されていて、渡航禁止区域に勧告を無視して拉致された人間でも救うべきかという命題があります
どのような理不尽でわがままな理由であっても、外交官は自国民を救うために命を投げ出さなければならないのか?を問うていて、しかもやるべきことはやっていると思わせるだけの限界値が示されていました
映画内では、自身の目論見の破綻をきっかけにして、アフガニスタン政府の強硬姿勢、米韓の思惑に晒される中、外交の汚点へと踏み込んでいきます
これらの過程をつぶさに観ていくと、ジェホが頑張れば頑張るほどに、被害者の行為がいかに愚かであったかが強調されていきます
救うに値しないと思えるほど、被害者の行動は無謀で、状況を変える手立てはない
その先にあった選択は、米韓軍事演習を利用して、問題を相手のものに置き換えるというものでした
ジェホは米韓の軍事行動が起こっている理由が、タリバンの無謀な要求であると突きつけ、人命よりも優先する国家の姿勢というものを見せつけます
これによって、タリバンは組織の壊滅よりは人質を解放するという選択をすることになり、彼らが重要視しているものというものが浮き彫りになっています
タリバンはなぜ拉致をするのか?という「彼らの問題」にフォーカスし、その目的と見合う行動になっているのかを突きつけるのですね
それによって、これ以上の強硬は得策ではないと判断し、撤退することに至りました
この事件によって、韓国はアフガニスタンから撤退し、それはタリバンの思惑を推進した形になります
今後、韓国人が拉致されても、タリバンの要求は「金銭か収監者の解放」のみに限定され、アフガニスタン政府の姿勢も明確になったために、金銭目的の拉致しか行われないように思えます
ラストではソマリア海峡での拉致事件に繋がっていき、それはアフガニスタン政府との交渉すら起こらない金銭目的の拉致になっています
今後は、拉致被害を受けた国の行動も明確化され、金銭による交渉を行うかどうかという境界線が敷かれることになるでしょう
ソマリア海峡の件だと国は動くでしょうが、今回のような禁止区域内での拉致に関しては動かなくなると考えられます
そう言った意味において、この事件はわかりやすいボーダーを引くことになったのかなと思いました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP:
https://gaga.ne.jp/thepointmen/