■特別処理の先にあった壊れた精神は、何を真実と規定しているのだろうか?


■オススメ度

 

チェスが好きな人(★★)

ナチス関連は観てしまう人(★★★)

夢うつつな映画が好きな人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2023.7.25(アップリンク京都)


■映画情報

 

原題:Schachnovelle(チェスの話)、英題:The Royal Geme

情報:2021年、ドイツ、112分、G

ジャンル:ナチスに監禁された公証人が、唯一手に入れた「チェスの本」で耐え凌ぐ様子を描いたヒューマンミステリー

 

監督:フィリップ・シュテツツェル

脚本:エルダン・グレゴリアン

原作:シュテファン・ツヴァイク『Schachnovelle(邦題:チェスの話=チェス奇譚、1942年)』

 

キャスト:(わかった分だけ)

オリバー・マスッチ/Oliver Masucci(ヨーゼフ・バルトーク/マックス・ヴォン・ルーウェン:監禁された過去を持つ元公証人)

ビルギット・ミニヒマイアー/Birgit Minichmayr(アンナ:バルトーク:ヨーセフの妻)

 

【ゲシュタポ関連】

アルブレヒト・シュッフ/Albrecht Schuch(フランツ=ヨーゼフ・ベーム:ヨーゼフを監禁するゲシュタポ)

Moritz von Treuenfels(エーリヒ:ヨーゼフを見張る看守)

Johannes Zeiler(フィンク博士:拷問するゲシュタポ)

Luisa-Céline Gaffron(フルードル:ゲシュタポの書記官)

アンドレスト・ルスト/Andreas Lust(ヨハン・プラントル:ヨーゼフをホテルに連れてくるゲシュタポ)

 

【交友関連】

Lukas Miko(グストル・ザイラー:ヨーゼフに危険を知らせる友人)

Johannes Zeiler(フィンク:ヨーゼフの公証人仲間)

Markus Schleinzer(アウール:ヨーゼフの公証人仲間)

Clemens Berndorff(スヴォボダ:ヨーゼフの公証人仲間)

 

【客船関連】

ロルフ・ラスゴード/Rolf Lassgård(オーウェン・マクコナー:アメリカ行き客船のオーナー)

Joel Basman(ウィレム:客船のバーテンダー)

Carl Achleitner(バーの客)

Manfred Möck(バーの客)

演者内緒(ミルコ・チェントヴィッチ:客船に乗っているチェスの世界王者)

ザムエル・フィンツィ/Samuel Finzi(アルフレッド・コーラー:マルコの付き人)

Eric Bouwer(ウーターズ医師:船医)

Rafael Stachowiak(客船のウエイター)

Isa Hochgerner(客船のコック)

 

【ホテル関連】

Philipp M. Krenn(ホテルのクリーク)

Gerhard Flödl(ワインをこぼすウェイター)

Belush Korenyi(ホテルのピアニスト)

Paul  Schweinester(ホテルに来る役人)

 

【その他】

Maresi Riegner(クララ:ヨーゼフのメイド)

Anton Rattinger(マックス:ヨーゼフの運転手)

 


■映画の舞台

 

オランダ:ロッテルダム

 

オーストリア:ウィーン

メトロポール・ホテル

 

ロケ地:

ドイツ:

Berlin/ベルリン

https://maps.app.goo.gl/frRL8Laba4maCNuG9?g_st=ic

 

Minich/ミュンヘン

https://maps.app.goo.gl/BdmYDyQS2LUaYFtv9?g_st=ic

 

オーストリア:

Vienna/ウィーン

https://maps.app.goo.gl/ZDX3R2D7iRvsG9cY7?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

戦争が終わったある日、ヨーゼフはオランダのロッテルダム港からアメリカに向かう客船に乗り込んだ

妻のアンナと乗り込み、再会を分かち合う二人だったが、突如アンナは行方不明になってしまう

 

その船ではチェスの大会が行われていて、チャンピオンは15人を相手にゲームをしていた

最後の一人となったオーウェンに対し助言をしたヨーゼフは、その勝負が引き分けに終わったことでみんなから祝福された

だが、彼にはチェスには苦い思い出があり、浮かれ気分にはなれなかった

 

第二次世界大戦中のオーストリアは、一夜にしてナチスの占領下になってしまい、公証人のヨーゼフは、証拠を隠蔽したのちにゲシュタポに捕まってしまっていた

彼らは「特別処理」と称する「ホテル軟禁状態」を維持し、ヨーゼフには食事以外のものを与えなかった

 

ある日、ヨーゼフはホテルの本が処分される現場に遭遇し、一冊だけ手に入れることに成功する

それは「チェスのルールブック」で、当初は無価値と思うものの、それ以外に何もない状況からそれを読み込んでいく

そして、浴室のタイルをチェス盤に見立てて、パンを捏ねて駒を作り出していったのである

 

テーマ:思考と生存

裏テーマ:刺激と思考

 


■ひとこと感想

 

邦題だけを見ると、ナチスの将校とチェスゲームをして勝ったみたいなイメージがありますが、それは半分正解で半分不正解という感じになっています

イメージ先行で観てしまうと、ジャンルが違う感じになって困惑しますが、ネタバレを喰らうとタイトルもあながち間違いではないことに気づきます

 

映画は、ナチスに監禁された公証人ヨーゼフの忍耐とその正体を描き、混同するようにアメリカ行きの客船内が描かれていきます

冒頭は、アメリカ行きの客船に乗り込むシーンで、そこでアンナに再会するのですが、この数カットですでに「罠」が仕掛けられていました

このシーンのある人物のセリフと、ある人物の反応というものが、ヨーゼフの見せている世界の質というものを描いていると言えます

 

映画では、同じキャストが複数のキャラを演じているので、少しだけ混同しますが、ぶっちゃけ脇役はわかっても、主要人物を看過するのはほぼ無理だと思います

あらかじめ知っていても見分けられるかどうか怪しいのですが、映像的なトリックが見事に使われていて、ネタバレありきで観ると、いろんな仕掛けに感心してしまうのではないでしょうか

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

久々にすごいものを観たなあという感想で、妄想と現実の混同した映像を見事なまでに使い分けて構成されていました

脚本家と編集者の頭の中がどうなっているのか気になってしまいますね

 

冒頭の港のシーンにて、ヨーゼフは「マックス・フォン・ルーウェル」を名乗り、その後アンナが「ヨーゼフ!」と呼んでいました

隣には港の出国管理人がいましたが、彼が無反応だったことが「アンナの不在」というものを仄めかせています

このシーンでは「偽装がバレて出国できずに捕まる」のかと思っていましたが、そのまま船に乗ることができたのが不思議だったのですね

でも、アンナに関するネタバラシは早々に訪れ、この映画の多くのシーンが「ヨーゼフの妄想」が混濁していることがわかります

 

一応は、アメリカに行ったのは本当だと思われ、船旅の中で精神的な崩壊が起こったことで、向こうの精神病院に入れられたのだと考えられます

マルコとの対決において、ヨーゼフはフランツとの戦いを思い出し、監禁時代にも多くの妄想を見ていたことがわかります

最終的には、チェスの本の棋譜しか覚えておらずに放免になるのですが、それが客船でも思い出されるのですね

 

マルコはフランツと一人二役なのですが、二人が重なって見えるほどに、ヨーゼフの精神状態は錯乱していたのでしょう

全てが夢にも見えてしまいますが、それだと原作とは別物になってしまいますので、そこまでの改変はしていないのだと思います

ちなみに、フランツは映画のオリジナルキャラで、ヨーゼフは「B博士」という名前で登場するのですね

 


特殊処理(あるいはWeißen Folter)について

 

映画内で使われる「特殊処理」ですが、原作者のシュテファン・ツヴァイクは「Weißen Folter」と呼んでいました

これは「白い拷問」と言う意味で、「主に拷問被害者の精神を破壊し、一時的または永久的に損傷または破壊する拷問方法」のことを意味します

「クリーンな拷問」として、目に見える痕跡を一切残さない拷問になります

方法としては、感覚遮断(暗闇に監禁、サイレンに長時間晒す)、低酸素拷問、水責め、緊張した姿勢で長時間立たせるなどや、くすぐり、乗り物酔い、全裸にする、完全無視、恥辱拷問などもあります

これらの方法以外によく知られているのが「独房監禁」で、社会的な隔離を起こし、「対人コミュケーション、情報、感情」のほとんどを奪うことで、「有機的感覚印象(見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る)」を奪うことになります

これがヨーゼフが受けた拷問で、看守は会話をしないし、運ばれる食事は毎回同じで、おそらく味気のないものだったと思います

 

これらが拷問になり得るのは、「Geistige Nahrung(思考の糧)」が人格に及ぼす影響が大きいからなのですね

ゲシュタポは人間の根幹欲求を奪いコントロールすることで自白を強要し、でも身体的な拷問は一切しません

でも、日にちや時間感覚を失わせ、何一つ時間を潰せるようなものがない状況だと、飢餓状態に陥るのですね

この過程が映画では緻密に描かれていて、その期間は1年間だったとされています

 

ヨーゼフはたまたま手に入れたチェスの本で救われることになり、それが一度読んだだけで終わらない本だったと言うのが幸運だったと思います

小説などだと何度も読み返しても同じことしか考えられないし、その内アナグラムで遊ぶと言うような行動に出たでしょう

でも、チェスの指南本などのように、多くの例題があって、かつ無限に思える組み合わせがあるものは尽きない知的情報を浴びせていきます

最終的にはパンを駒にして、タイル盤をボードに見立てるのですから、フランツ曰く「人間の工夫とは恐ろしいものだ」と唸るのも納得してしまいますね

 


チェスは誰のエゴを砕いたか?

 

前半のヨーゼフとフランツのやり取りの中で、「チェスがプロイセンの退屈なゲームだ」と言う会話があって、その後に「チェスの本」を手に入れると言うシニカルな展開になっていました

ヨーゼフは手に入れた本を投げ捨てますが、結局のところそれを丁寧に扱い、時間の友にしていました

「チェスは相手のエゴを砕くもの」と言うセリフもあり、当初フランツは「特殊処理」にて、ヨーゼフのエゴを砕けると考えていました

でも、それは「チェスの本」によって、逆にフランツのエゴが砕かれることになります

 

「チェスの本」を見つけたフランツは、今後こそヨーゼフのエゴを砕けると考えていましたが、それは妙な方向に砕けることになりました

「チェスの本」と駒を奪われたヨーゼフは、その後「脳内にチェス盤と駒」を作り出し、それによって「脳内チェス」を繰り返していくことになります

棋譜を頭の中で描き、それによって駒を動かし、さらにその記録を上書きする

これによって、ヨーゼフの脳内はチェスのみに支配され、自我と言うものが完全に壊れてしまいます

 

フランツはヨーゼフのエゴを壊し、それによってコントロールをしようと考えていましたが、「不完全な特殊処理」によって、思わぬ方向へと向かいます

この時のヨーゼフが「おかしくなった演技」をしていた可能性は無きにしもあらずですが、それをフランツが見極められないことはないでしょう

粉々に砕けたヨーゼフではフランツが得たいものが得られず、用無しになったヨーゼフは捨てられることになりました

 

その後のヨーゼフは描かれていませんが、おそらくはアンナとの約束を果たすために約束の場所(港)に向かったのでしょう

でも、ウィーンには港がなく、彼がどこをどう彷徨ったかはわかりません

自分の意思で精神病院に入ったとも思えないので、解放された友人たちが彼を見つけて、そして、オーストリアの精神病院に入れることになったように思えました

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

原作は、船にミルコが乗っていることを聞きつけて船に乗り込んだB博士が「ニューヨークからブエノスアイレスにいく船に乗った」と言う設定があります

語り手(=B博士)はミルコの過去を語り、船に同乗していたマコナーと言う裕福な土木技師が乗っていたことを告げます

ミルコはマコナーとチェスの対戦をしますが、ミルコの要望はその場にいるすべての人と対戦すると言うものでした

ミルコはあっさりと勝ちますが、再戦を申し込んだマコナーに対して、B博士が助言をし、それによってゲームは引き分けとなりました

 

その後、B博士は自身の過去を語り、そこでオーストリア・ファシストなどの資産管理人だったことを話します

そして、ナチスの侵攻によって、ウィーンにあるメトロポールホテルに監禁され、「精神的な略奪」が行われたことを語り始めました

盗んだチェスの本を読みながら、市松模様のベッドシーツをチェス盤に見立て、ゲームを続けたことを暴露するのですね

さらに、自分自身とゲームをすることを思いつき、そこでもう一人の自分と言うものを作り出すことになります

そして、妄想的に狂ったB博士は看守を襲い、窓を割って重傷を負い、病院に搬送されることになりました

 

過去を語ったあと、B博士は不本意ながらミルコとの対戦をすることになりますが、妄想的な人格が現れたりしてゲームにならなくなってしまうのですね

原作ではチェスゲームに関する詳しい記述があるのですが、本作ではそれは排除されています

この改変に至ったのは、ナチスによる「特殊処理」すなわち「白い拷問」の実情を訴えるためだと考えられます

原作者のシュテファン・ツヴァイクはオーストリアからの亡命者であり、彼の本の多くは発禁本扱いになっていました

彼はイギリスからブラジルへと渡り、その時に「チェスの話」を執筆していて、それが1942年のことでした

その翌年、ツヴァイクは薬物の多量服用によって自殺をしていて、原作は彼の遺作となってしまいました

 

彼がこの本をどのような思いで書いたのかまではわかりませんが、「白い拷問」によって生まれた多重人格が主人公を殺している内容で、それは彼自身の投影であるように思えます

それゆえに、彼が亡命せざるを得ない状況を作ったナチスの戦争犯罪というものを強調することになったのかなと感じました

映画はまるで、「精神病院に訪れたアンナに語った物語」のような構成になっていて、戦争によって壊れた精神の壮絶さを思い知らされます

精神に対する攻撃の影響というものは、決して癒えることはなく、ここまで人格を破壊するものだと説いているのでしょう

それがうまく映像化されていて、「すべてが妄想」だとしても、「すべてが真実」に思えるほどの説得力があるのかな、と思いました

 


■関連リンク

Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://movies.yahoo.co.jp/movie/389264/review/18444b8b-27d6-4a42-a59a-c4b3a20dd4d2/

 

公式HP:

https://royalgame-movie.jp/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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