■関心領域の範囲を決めるのは自分自身だが、外圧による浸透は避けられないものとなっている
Contents
■オススメ度
意味がわかると怖い話が好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.5.24(イオンシネマ京都桂川)
■映画情報
原題:The Zone of Interest(関心領域)
情報:2023年、アメリカ、105分、G
ジャンル:強制収容所の隣に住む家族を描いたヒューマンホラー
監督&脚本:ジョナサン・グレイザー
原作:マーティン・エイミス『The Zone of Interest(2014年)』
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キャスト:
クリスティアン・フリーデル/Christian Friedel(ルドルフ・ヘス/Rudolf Höss:強制収容所の管理人、SS親衛隊の司令官)
【ルドルフの家族】
サンドラ・ヒューラー/Sandra Hüller(ヘートヴィヒ・ヘス/Hedwig Höss:ルドルフの妻)
Johann Karthaus(クラウス・ヘス/Claus Höss:ルドルフの息子、長男)
Luis Noah Witte(ハンス・ヘス/Hans Höss:ルドルフの息子、次男)
Nele Ahrensmeier(インゲ=ブリギット・ヘス/Inge-Brigitt Höss:ルドルフの娘、眠れない長女)
Lilli Falk(ハイデグラウド・ヘス/Heideraud Höss:ルドルフの娘、次女)
Anastazja Drobniak&Cecylia Pekala&Kalman Wilson(アナグレット・ヘス/Annagret Höss:ルドルフの娘、赤ん坊)
Imogen Kogge(リンナ・ヘンゼル/Linna Hensel:ヘートヴィヒの母)
【ルドルフ家の関係者】
Medusa Knopf(エルフリダ:ヘス家の乳母、メイドのまとめ役)
Ralf Zillmann(ホフマン:荷物を運んでくる商人)
Slava(ディラ:ルドルフ家の飼い犬)
Andrey Isaev(ブロネク:ポーランド人のメイド)
Julia Babiarz(若いポーランド人の家政婦)
Stephanie Petrowitz(ソフィー:ポーランド人のメイド)
Martyna Poznanski(マルタ:ポーランド人のメイド)
Zuzanna Kobiela(アニエラ:ポーランド人のメイド)
Justyna Szklarska(囚人の庭師)
Kacper Piwko(囚人の庭師)
【ルドルフの軍部関係者】
Max Beck(シュヴァルツァー:ルドルフの部下)
Marnius Fislage(ルドルフの副官)
Klaudiusz Kaufmann(ビショフ大佐:火葬許可責任者)
Benjamin Utzerath(フリッツ・サンダー/Fritz Sander:火葬装置製作「Topf & Sons」の営業)
Thomas Neumann(カール・プリューファー/Karl Prüfer:火葬装置製作「Topf & Sons」の営業)
Jakub Sierenberg(誕生日を祝う親衛隊の隊員)
Joerg Sierenberg(誕生日を祝う親衛隊の隊員)
Joerg Giessler(誕生日を祝う親衛隊の隊員)
Heiko Lange(誕生日を祝う親衛隊の隊員)
Marek Lukasik(誕生日を祝う親衛隊の隊員)
Bernhard Schirmer(誕生日を祝う親衛隊のホースマン)
【ドイツの政治部】
Shenja Lacher(ガウライター・フリッツ・ブラハト/Gauleiter Fritz Bracht:ドイツの政治家)
Ralph Herforth(オズヴァルド・ポール/Oswald Pohl:ドイツの政治家、ナチス親衛隊の経済部門責任者)
Daniel Holzberg(ゲルハルト・マウラー/Gerhard Maurer:ドイツの親衛隊指導者、親衛隊主要経済管理局の副部長)
Rainer Haustein(リチャード・グリュックス/Richard Glücks:親衛隊の高官、全強制収容所の総監)
Daniel Hoffman(オイゲン・マインドル/Eugen Meindl:ナチス空軍の落下傘部隊の将軍)
Wolfgang Lampl(ハンス・ベルガー/Hans Burger:ドイツの精神科医)
Sascha Maaz(アルトゥール・リーベヘンシェル/Arthur Liebehenschel:収容所の所長)
【家族の交友関係】
Julia Polaczek(アレクサンドラ・ビストロン=コロジェチク/Aleksandra Bystron-Kolodziejczyk:ヘートヴィヒの友人の娘/絵本のイメージに登場するグレーテル)
Agnieszka Wierny(アレクサンドラの母)
Marie Rosa Tietjen(へートヴィヒの友人)
Antje Falk(ヘートヴィヒの友人)
Wiktoria Wisniewska(ハイグラウドの学校の友人)
Paulina Burzyk(クラウスのガールフレンド)
【その他】
Anna Marciniszyn(赤毛の女性)
Patryk Mika(ポーランド人のパルチザン)
Tomasz Piwko(ボーナー:船長)
Carsten Koch(負傷兵)
Heinz Nielow(負傷兵)
Christine Schröder(犬を連れた公園の女性)
Oscar Lebeck(グリュックスの副官)
Christian Willy(親衛隊の医師)
Freya Kreutzkam(エレノア・ポール/Eleanor Pohl:ルドルフの娼婦)
Leo Meier(IKLのアナウンサーの声)
【アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館の清掃員】
Barbara Koszatka
Izabela Bara
Anna Kuwik
Mariola Karczewska
Halina Drzymota
Dominika Matonóg
Ewelina Kaczor
Matgorzata Zurek
Barbara Jakubowska
Etzbieta Bronka
Zuzanna Janusik
■映画の舞台
ポーランド:
アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所近郊
ロケ地:
ポーランド:
アウシュヴィッツ=ビルケナウ博物館Auschwitz-Birkenau Concentration Camp
https://maps.app.goo.gl/6pisRgbHKe4DqVxv6?g_st=ic
オフィシエンチム/Oswiecim
https://maps.app.goo.gl/aJVyoXnCjkrR6utp6?g_st=ic
チェップリツエ・シロンスキエ=ズルドイ/Cieplice Slaskie-Zdrój
https://maps.app.goo.gl/GyYzEjYsw57wXZss7?g_st=ic
クションシュ城/Ksiaz Castle
https://maps.app.goo.gl/ZHfPYEmaRuuZNDvh8?g_st=ic
■簡単なあらすじ
1943年、ポーランドのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の隣には、親衛隊の司令官ルドルフとその一家が住んでいた
彼らは更地を開拓し、自家製の植物を植えたり、ビニールハウスを作ったりと、この世の楽園を謳歌していた
ある日、ルドルフのもとに「Topf&Sons」の営業マンがやってきて、高性能な火葬炉の説明を行った
ルドルフはビショフ大佐に伺いを立て、この機会の採用を決める
その後、収容所の稼働率は上がり、それによってルドルフは昇進し、転属することになった
だが、妻のヘートヴィヒはこの地を離れることを拒み、「行くなら1人で行って」とまで言われてしまう
そこでルドルフは収容所の総監グリュックスに手紙を出し、自身の意向と家族の思いを伝えることになったのである
テーマ:抱え切れる領域
裏テーマ:知り得た上で張るバリア
■ひとこと感想
アカデミー賞にノミネートされた作品で、音響賞を受賞したのですが、それほどまでに「音」というものが重要な作品になっていました
いわゆる「環境音」がキーワードになっていて、それが何なのかを知っていると、中で行われていることが想像できる、という内容になっています
映画には、中で起こっていることを知っている夫婦と、それを知らない子どもたちという構図になっていますが、子どもたちも知らないなりにおかしさというものに気づいていました
特に眠れずに廊下に出てしまう次女インゲに絵本「ヘンゼルとグレーテル」を読み聞かせるシーンは象徴的で、そこに登場するのはアレクサンドラ・ビストロン=コロジェックという女性でした
映画内では若年期の彼女が母親と一緒に登場し、そのイメージがインゲの中にあって、絵本のグレーテルと重ねているように思えます
このあたりは、のちの歴史と人物を知っていることが前提で、これも「知っているとわかる怖い話」の一つではないかと思いました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画は、強制収容所の隣に住んでいるある家族の日常を切り取る内容になっています
収容所で何が行われていたのかを知らないと映画は理解できませんが、それ以外にも多くのさらっとした引用が登場しています
これを映画の中で理解できる人がどれだけいるのかは何とも言えないのですが、それを解説するだけでも一苦労という感じになっています
物語性はなく、一家の主人・ルドルフの転属と引っ越しの話が出て揺れる妻という感じになっていましたね
彼女は収容所で何が行われているかの詳細は知らないと思いますが、なんとなく想像はできていると思います
それでも、あの場所に自分なりの楽園を作ることで、現実から目を背けていたように思えました
環境音の他にも特殊な効果があって、例えば冒頭のタイトルが出た後に、文字が徐々に侵食されて闇になり、その闇が約1分ほど続くといった演出もありました
その他にも画面が静止して、単色だけ映るというシーンがあったのですが、これらには様々な意味が込められていたと思います
■絵本の引用とイメージとなるアレクサンドラ
映画内で登場する絵本は『ヘンゼルとグレーテル(Hänsel und Gretel)』で、グリム童話に登場するお話でした
ヘンゼルという少年と、その妹グレーテルの物語で、道に迷った二人を魔女が「お菓子の家」に招き入れる、というものでした
魔女は優しく接するけれど、実は食べるために誘っていて、二人の機転によって魔女はかまどの中に押し込められて焼け死ぬ、という流れになっています
この童話の中で、森に入ったグレーテルが迷わないようにパングズを落としていった、というエピソードがあります
この時はルドルフが娘インゲに読み聞かせていて、インゲの脳内イメージとして「リンゴを置いていく少女」というものが描かれます
この人物は劇中でピアノを弾くルドルフ家族の交友のある家族の娘で、彼女の名前は「アレクサンドラ・ビストロン=コロジェチク/Aleksandra Bystron-Kolodziejczyk」でした
アレクサンドラは、幼い頃にアウシュヴィッツ強制収容所の囚人たちに食べ物を届け、メッセージを伝えた人物でもありました
彼女はのちにレジスタンス「ZWL-AK」に加わっています
ポーランド人の活動家で、ホロコーストの目撃者でもありました
映画は、インゲがアレクサンドラを童話のイメージとして再現しているというテイストになっていて、パンくずを置く行為と、リンゴを埋めていく行為に類似性を感じていることになります
このリンゴによって、囚人たちは酷い目に遭ってしまうのですが、童話ではそれは動物たちによって回収されてしまいます
「置いてはいけないもの」としてのモチーフになっていて、それはインゲの暮らしからすれば当然のように感じられる、というものになっています
この他にも人形で戦争ごっこをするハンスが登場したり、一見して普通の子どもたちに見えるようになっているのですが、インゲとハンスは幼いながらも、この場所が異様な場所であることに気づいているのですね
でも、教育を受けているクラウスは必要なものとして理解しているし、恋人といちゃついたりと、自分本位の生活をしていたりします
映画では、状況の理解度によって、反応が違うということが、細やかに描かれていたと思います
■単色が示すドイツの未来
映画には度々、単色の画面のまま止まるというシーンがありました
冒頭でも、タイトルの白文字が徐々に黒に侵食され、その後真っ黒になるという演出がなされます
視覚情報を切断していて、そして微かな環境音が流れてきます
単色画面は「後ろ側にある音をちゃんと聴いてね」というメッセージがあり、それが映画の要所で登場する、という流れになっています
最初は黒、途中で赤や黄色になっていて、イメージ的には「現在のドイツの国旗」を思わせるものがありました
当時の国旗はハーケンクロイツが使われた「黒・白・赤」ですが、映画内の印象的な単色は「黒・黄・赤」になっていました
ドイツの国旗の歴史を調べていると、映画の時代の国旗は「帝政時代のドイツ帝国の国旗の配色」になっていて、当時の状況や国旗に対する意図というものがわかります
となると、映画でもその配色を強調するのだと思うのですが、実際に「現代」をイメージさせるものになっていたように思います
これらの意図としては、当時の無関心の怖さと同じようなものが今も起きつつある、というメッセージになっているのでしょう
今では明確な壁がなくても、それぞれは個の生活に没頭している状況で、センセーショナルな言い方をすれば、スマホの中に自分の世界を凝縮させて、それ以外を見ない、とも言えるのですね
なので、スマホに夢中になって、周辺で起こっていることに気づかないとか、その事件などを自分の領域に入れるために、「ファインダーを通したデータ化」をすることによって、関心領域に入れ込んでいる、ように思えてしまいます
そして、肝心なことは、一旦関心領域にデータとして取り込まれると、それらはアップデートされることなく、外部記憶の中に放置されるということだと思います
映画にそこまでのメッセージ性があるのかはわかりませんが、人が生きていく上での関心領域というものは、時間の推移によって意味が変わるのではないか、と感じました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画では、教育を受けていない幼児(ハンス、インゲ、ハイデクラウド、アナグレット)から、教育を受けている少年少女(クラウス)、状況を理解している大人(ヘートヴィヒ、エルフリダ)、状況を作り出している大人(クラウス)、そして「知ってはいるけど現実は知らない大人(リンナ)」というものが登場します
ヘートヴィヒの母リンナは、娘家族の家に来るのですが、1日と持たずに帰ることになります
彼女くらいの年代だと、ナチスがどんな政治方針を持っていて、どのようなことをしているのか、ということくらいは知っていると思います
当時、どこまで秘密主義だったかはわかりませんが「ユダヤ人を排斥する」という政治理念に賛同していて、ヒトラーによる政権が諸外国と戦争状態にあることは知っています
「ユダヤ人排斥運動」という言葉があっても、実際に収容所を作って、そこでガス室送りになって、焼却しているというところまでは知らない可能性があり、その現実を五感で感じることによって、体調が悪くなるという感じになっていました
また、教育によって「正しいこと」という認識があり、それを疑わない世代が一番ダメージがなく、教育前だと違和感を感じ取っています
そして、正義の執行をして昇進をしていくルドルフですら、全体図を知ることによって体調がおかしくなっていました
最後まで変化がないのが妻のヘートヴィヒで、彼女は「自分の中の領域に棲む」という選択をしていて、それ以外のことをシャットダウンするという方法で精神を維持しています
これが現代人に一番近い感覚になっていて、かつ一番否定したい人物であるように思えます
映画は、定点カメラを使用し、まるで「覗き見」をしているような感覚になっています
この世界を自分の関心領域に落とし込むかどうかは個人の問題になりますが、一時的な情報ファイルとして保存されるのがオチのように思います
その情報がアップデートされたり、想起されたりするかはわかりませんが、この映画がアウシュヴィッツに関する情報のアップデートになっている人もいるでしょう
そう言った意味において、本作の視点と描き方は斬新なものになっていて、それゆえに一見の価値はあるのかな、と感じました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/99292/review/03856165/
公式HP:
https://happinet-phantom.com/thezoneofinterest/