■人類の歴史とともに寄り添ってきたのが、物語であることは言うまでもありません
Contents
■オススメ度
魔神ジンの物語が好きな人(★★★)
物語論に興味がある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.2.28(TOHOシネマズ二条)
■映画情報
原題:Three Thousand Years of Longing(三千年の憧れ)
情報:2022年、オーストラリア&アメリカ、108分、PG12
ジャンル:魔神ジンと関わりを持つことになった学者が、3つの願いごとを探すファンタジーロマンス映画
監督:ジョージ・ミラー
脚本:ジョージ・ミラー&オーガスタ・ゴア
原作:A・S・バイアット『The Djinn in the Nightingale‘s Eye』
キャスト:(おおよそ登場順)
ティルダ・スウィントン/Tilda Swinton(アリシア・ビニー:イギリスの物語論の研究者、学者)
(幼少期:Alyla Browne)
イドリス・エルバ/Idris Elba(魔神ジン/The Djinn:アリシアの前に現れる魔人)
【イスタンブール】
Erdil Yasaroglu(グンハン:アリシアの友人の教授)
Sarah Houbolt(空港に現れるジン)
Seyithan Özdemir(青白いジン)
Sabrina Dhowre Elba(英国文化振興会の女性)
【シバとソロモン王】
アミート・ラグム/Aamito Lagum(シバの女王/The Queen of Sheba:ジンのいとこ、恋人)
ニコラス・ムアワッド/Nicolas Mouawad(ソロモン王/King Solomon:シバを口説く王)
Ayantu Usman(シバの侍女)
【ジンの忘却(ADjinn‘s Oblyvion)】
エチュ・ユクセル/Ece Yüksel(グルテン/Gülten:宮殿の側室)
マッテオ・ボッチェリ/Matteo Bocelli(ムスタファ皇子/Prince Mustafa:スレイマン皇帝の息子)
ラッキー・ヒューム/Lachy Hulme(スルタン・スレイマン/Sultan Suleiman:皇帝)
メーガン・ゲール/Megan Gale(ヒュッレム/Hürrem:スレイマンのお気に入りの側室)
Paul Pedersen(暗殺者)
【二人の兄弟と大女(Two Brothers and a Gigantress】
オグルガン・アルマン・ウスル/Ogulcan Arman Uslu(ムラト4世/Murad IV:アルコールに溺れる王)
(幼少期:Kaan Guldur)
ジャック・ブラッディ/Jack Braddy(イブラヒム:ムラトの弟)
(幼少期:Hugo Vella)
ゼリン・テキンドール/Zerrin Tekindor(キョセム:イブラハムを幽閉する母)
アンナ・ベティ・アダムス/Anna Adams(砂糖姫:イブラハムと関係を持つ女性)
Kate Wake(豊満な女)
ジョージ・シェブソフ/George Shevtsov(老いた語り部)
デビッド・コリンズ/David Collins(オズメット:語り部)
【ゼフィールの行動と結果(The Consequence of Zefir)】
ブルク・ゴルゲダール/Burcu Gölgedar(ゼフィール:トルコ商人の妻)
ビンセント・ギル/Vincent Gil(ゼフィールの夫、トルコの商人)
【ロンドン】
メリッサ・ジャファー/Melissa Jaffer(クレメンタイン:アリシアの自宅の隣人)
アン・チャールストン/Anne Charleston(ファニー:アリシアの自宅の隣人)
Abel Bond(エンツォ:12歳時のアリシアの初恋の男の子)
Peter Bertoni(ジャック:アリシアの元夫)
Aska Karem(空港警備員)
Melissa Kahraman(空港警備員)
Bridget Maizey(ローラーブレードのカップル)
Eric Presnall(ローラーブレードのカップル)
Nolan Zadarnowski(ロンドンの公園の子ども)
Patryk Zadarnowski(子どもの父)
Nathan Susskind(サッカー少年)
■映画の舞台
トルコ:イスタンブール
オスマン帝国&ペルシャetc
ロケ地:
オーストラリア&トルコ&イギリス
■簡単なあらすじ
ロンドンで物語論を研究しているアリシアは、会議のためにイスタンブールを訪れていた
友人のグラハムとともに研究発表をしていたアリシアだったが、会場に奇妙な幻影を見て困惑する
彼女が「物語の役割は科学によって終わる」と結論を結ぶと、会場の奇妙な幻影は一喝し、それによって失神してしまった
その後、意識を取り戻したアリシアは、グラハムとともに雑貨店を訪れる
そこで、小瓶を見つけた彼女は、それを土産として持ち帰った
ホテルに戻ったアリシアが小瓶についた汚れを取っていると、ふたが空いて奇妙なガスが噴出する
アリシアは目の前に現れた「彼」が幻影であると思っていたが、その思いも虚しく、魔人のジンの封印を解いてしまっていたのである
ジンはアリシアに願いを言えというものの、彼女は今の生活に満足して、願い事などはなかった
そこでジンは、かつての自分の物語を語り出し、願いとは何かをアリシアに説くことになったのである
テーマ:人生と願い
裏テーマ:願いの本質
■ひとこと感想
「アラビアンナイト」というタイトルだったので、物語学者が過去にタイムスリップでもするのかと思っていましたが、まさかのジンの話を延々と聞くだけ、には恐れ入りました
ジンが見せている映像というよりは、彼の語りを聞いた「アリシアの想像」という感じになっていて、回想録というよりは、体験談を本にしているという感じになっていました
物語は、願いというものがないアリシアが、ジンの過去を知る中で、これまでの人々が彼に何を願ったのかを知っていく流れになっています
そして、自分には本当に願いはないのかと再考し、自分自身の内面に問いかけるという内容になっていました
この構成自体は良いのですが、映像はあるものの「延々と話を聞かされる」という構成なので、ぶっちゃけ眠くなってしまいます
もっと、活劇として、アリシアがその時代に入り込む方が面白い構成になったのではないでしょうか
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
旧約聖書からオスマン帝国まで、3000年の歴史の中で、ジンが関わった人々との話が展開されます
なので、それぞれの物語をどれぐらい知っているかで理解度が全く違うと思います
「伝記として聞いたことがあるかも」程度でもついて行けないことはないですが、物語の背景はあまり説明されず、いきなり時代が数百年単位で動きます
また、基本的にオーディオブックを聞いているような感覚で、語りの中のキャラ同士の掛け合いがほとんどありません
物語の構造としては、「ジンとの出会いから別れ」を想起したアリシアが、その体験を執筆しているというもので、物語内で物語を紡ぐという複雑な構造になっています
目の前に展開する映像は「アリシアがジンの話を聞いて想像したもの」と言えるのですが、ジンは魔人なので脳内映像が連動している可能性もありますね
■登場した物語の概要
本作はいくつかの章立てになっていて、
「イスランブールでの会議と謎の幻影」
「ジンの復活とシバの女王との馴れ初め」
「ムスタファに恋する奴隷のグルテン」
「オスマン帝国における兄ムラドと弟イブラヒム」
「トルコの商人の妻ゼフィールの選択」
「ロンドンに帰国」
という流れになっています
シバ女王との話が3000年前、グルテンが500年前みたいな感じに、ジンが復活するたびに封じ込められてきた歴史を語っていきます
そして、これらの物語を一つにまとめたのが、アリシアが書いた書物になっていて、その小説を書く過程を描いたのが原作という構造になっています
物語の中で物語を紡ぐというタイプの映画で、描かれている内容は「ジンから話を聞いたアリシアの脳内想像」という意味合いになりますね
もしくは、ジンにはアリシアと映像を共有させる能力があれば、ジンの観たきた過去そのものとも言えるのかもしれません
それぞれの物語の概要は、
【シバの女王】
旧約聖書に登場する物語で、ソロモン王との関係性について描かれている物語です
ソロモンの智力を知ったシバの女王が、彼のいるエルサレムを訪れ、そこでシバの女王は王国の素晴らしさに驚嘆する、という内容です
ソロモンはシバの女王に対して、望むものを全て与えた、とされています
このシバの女王に関しては、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教で微妙な違いがあり、エチオピアの伝説などにも登場します
【ムスタファとグルテン】
1500年頃のオスマン帝国時代の物語です
父スレイマン1世の息子で、カラマン州の統治を任されます
そんなムスタファの子どもを欲しがる側室のグルテンは、ジンに願い事をし、それをみんなみ見せびらかします
でも、側室との子どもを認めないスレイマン1世の目論見によって殺されてしまいます
【ムラド4世と弟・イブラヒム】
1600年代の同じくオスマン帝国時代の物語です
ムラド4世は暴君で、アルコール依存によって最終的に死亡します
弟のイブラヒムは母によって幽閉され、ハーレムに閉じ込められてしまいます
イブラハムはそこで「シュガーランプ(砂糖姫)」をお気に入りにしていました
ジンの瓶は砂糖姫によって見つけられますが、それは海の底に投げ捨てられてしまいました
【ゼフィールの選択】
19世紀半ばのトルコのお話で、ゼフィールと愛し合うジンが描かれていきます
でも、ゼフィールには夫がいて、それはままならず、彼女はジンを忘れることを望みます
この悲恋がアリシアを動かし、彼女の願いを誘発していました
最後には市井の人の物語になっていますが、これがテーマと連動しているのかな、と思いました
■自分を癒す願いごととは何か
アリシアは願いのない人間で、ジンの物語を聞くうちに「願い」というものの強さや魅力に気づいていきます
そんなアリシアは、悲恋によって引き裂かれたジンを想い、「自分に恋をして」とジンのために願いを使います
その後、ロンドンに戻った二人は、ジンが電磁波の干渉を受けて消えかけてしまっていることに気づき、彼を助けるために二つ目の願いを使います
そして、最後の願いは「ジンの解放」であり、魔法を使って恋をさせたことを謝っていました
結局のところ、アリシアは自分のために願いを使わず、ジンのためにその力を使うことになりました
彼女は「自分の幸福は自分で掴むタイプの人間」で、願いによって夢を叶えようとはしません
冒頭のレセプションでも、「物語が生まれたのは超常的な現象に名前をつけること」と定義し、物語の人物から呪いをかけられてしまっていましたね
それら物語の機能は、科学の発展とともに役割を終えるとして、その最先端とも言える電磁波の影響を受けていることが描かれていました
彼女がジンを科学から救ったのは、自説の否定になりますが、それはかつての持論が間違っていたことを認めているとも言えます
そして、彼女自身が「物語を紡ぐ側になる」のですが、この流れは「物語の評論などをしていた立場」から、「評論される物語を作る側」として、180度世界を変えたことになります
でも、それだけのパワーというものをジンから感じ取っていたことは事実で、3000年近い時代が紡いできた愛の歴史の深さというものを理解することになった、ともいえます
愛とは、その存在を覚えておくことなのですが、ひょっとしたら、アリシアはジンに恋をしたのかもしれません
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画は、ほとんどジンが喋っている世界観で、それを聞いたアリシアが物語にまとめるという構図になっています
これまで、物語を分析してきた彼女が記すことになったのは、これまでにいくつもあったジンの物語とは違うものを感じ取ったからともいえます
彼女が紡ぐ物語にアリシア本人が登場するのかはわかりませんが、ゼフィールとの関係が終わったままエンディングになるのは忍びないかもしれません
なので、感覚的には「自分を投影した何らかの主人公との顛末」というものが付随して、解放によって物語が終わるのではないでしょうか
物語には様々な意味があり、その多くは「特定の個人」に対して語り継ぐものだと思います
必ずと言って良いほど主人公が登場し、それがどのような状況から、どのような状況に変わるのか、というものが本筋になります
わかりやすく「何かを得るか、失うか」という骨子があり、ジンの物語は「自由を得る物語」でしたし、アリシアの物語は「物語の意味を取り戻す物語」だったといえます
そして、その過程によって、何かを失い、何かを得るというものがあり、ジンもアリシアも失ったものは同じでした
二人は永遠の別れを選ぶことになりますが、二人の時間が消えることはありません
でも、どちらかが語ることをやめたとき、その物語は誰にも引き継がれなくなってしまいます
人類の最大の発明は文字であると言われますが、それ以上に「出来事を後世に残す物語」も発明のひとつであると思います
そして、これまでに時代を生きたすべての人にある物語は、ぶつかり合って新しい物語を生み出して、それが連鎖してここまでやってきました
当初の物語を知らなくても、目の前にある物語には「過去のすべての物語が詰まっている」とも言え、その表現ひとつ取っても、その言葉がチョイスされた意味というものが宿ります
本作は3000年かけて人類が紡いできたものが派生してできた作品でした
誰かがシバの女王の物語を書き記し、ムスタファ、ムラド、イブラヒム、ゼフィールと、市井の人にも及んでいきます
物語を紡ぐ人の教養や知識というものも、すべて先人の知恵の塊のようなもので、その果てに出来上がった本作も、表現方法は違えども、後世に残る何かであると思います
そして、その映画を観た私が紡ぐこの文字列というものも、誰かの目に留まり、その思考の一部となって生き続けるかもしれません
それが、物語の持つ最大の魅力ではないでしょうか
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/386266/review/02c1dcf1-e290-4fde-a1f2-9839213b7e1f/
公式HP: