■差別思想と優生思想の間にある微妙な相違は埋まっていない
Contents
■オススメ度
エメット・ティル事件について学びたい人(★★★)
アメリカの人権問題の絶望を感じたい人(★★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.12.20(京都シネマ)
■映画情報
原題:Till
情報:2022年、アメリカ、130、PG12
ジャンル:実在の事件の顛末をその後の母を追う伝記的映画
監督:シノニエ・ブコウスキー
脚本:マイケル・レイリー&キース・ボーチャンプ&シノニエ・シュクウ
キャスト:
ダニエル・デッドワイラー/Danielle Deadwyler(メイミー・ティル/Mamie Till:エメットの母)
ジェイリン・ホール/Jalyn Hall(ボボ/エメット・ティル/Emmett Till:ミシシッピで殺されるメイミーの息子)
フランキー・フェイソン/Frankie Faison(ジョン・カーサン/John Carthan(メイミーの父)
ウーピー・ゴールドバーグ/Whoopi Goldberg(アルマ・カーサン/Alma Carthan:メイミーの母)
【容疑者関連】
ヘイリー・ベネット/Haley Bennett(キャロリン・ブライアント/Carolyn Bryant: ミシシッピの雑貨店の店主、告発者、エメットが口笛を吹いた相手、21歳)
Sean Michael Weber(ロイ・ブライアント/Roy Bryant:キャロリンの夫、エメット殺害に関わったメンバーの1人)
Eric Whitten(ジョン・ウィリアム・マイラム/John William Milam:ロイの異母兄弟、エメット殺害に関与したメンバーの1人)
Njema Williams(ヘンリー・ロギンス/Henry Loggins:殺人に関与している男)
Destin Freeman(トゥー・タイト/Too Tight:ロイ達の仲間)
【支援者たち】
Kevin Carroll(レイフィールド・ムーティ/Rayfield Mooty(公民権活動団体(NAACP)のメンバー、ジョンの友人)
Tosin Cole(メドガー・エーヴェス/Medgar Evers(NAACPのメンバー、メイミーを現地に案内する男)
ジェイミー・ローソン/Jayme Lawson(マーリー・エヴァーズ/Myrlie Evers:NAACPのメンバー、 メドガーの妻)
Keith Arthur Bolden(ウィリアム・ハフ/William Huff:NAACPのシカゴ支部のリーダー)
E. Roger Mitchell(ロイ・ウィルキンス/Roy Wilkins:公民権運動の活動家、NAACPの声明を出す男、テレビ出演者)
Euseph Messiah(アムジー・ムーア/Amzie Moore:公民権運動の活動家、証言者捜索)
Princess Elmore(ルビー・ハーリー/Ruby Hurley:NAACPの管理者)
ロジャー・グーンヴァー・スミス/Roger Guenveur Smith(T・R・M・ハワード/T.R.M. Howard(地域評議会の議長、マウンド・バイユーの開拓者)
ショーン・パトリック・トーマス/Sean Patrick Thomas(ジーン・モブリー/Gene Mobley:メイミーの恋人、エメットの父親代わりの存在)
【エメットのいとこ:マネー在住】
ジョン・ダグラス・トンプソン/John Douglas Thompson(モーズ・ライト/Mose Wright:説教者、エメットの叔父、エリザベスの夫)
Keisha Tillis(エリザベス・ライト/Elizabeth Wright:エメットの叔母)
Marc Collins(ウィーラー・パーカー/Wheeler Parker:エメットのいとこ)
Diallo Thompson(モーリス・ライト/Maurice Wright:エメットのいとこ)
Tyrik Johnson(シミー/シミオン・ライト/Simeon Wright:エメットのいとこ、末っ子)
【証言者】
Darian Rolle(ウィリー・リード/Willie Reed:エメット殺害の目撃者、マイラムの小作人)
Leon Lamar(Add Reed:ウィリーの父)
Brendan Patrick Connor(ストライダー:事件を担当した保安官)
【司法関連】
Lowrey Brown(ジェラルド・チャタム/Gerald Chatham:検察官)
David Caprita(執行官)
Tim Ware(カーティス・スワンゴ/Curtis Swango:判事)
Jonathan D. Williams(ロッド・スミス/Rod Smith:検察官)
Ed Amatrudo(JJ Breland:ロイたちの弁護士)
Josh Ventura(S. Carlton:ロイたちの弁護士)
【プライベートの交友関係】
Carol J. Mckenith(ビッグ・ママ・トーンソン/ウィリー・メイ/Willie Mae:メイミーの友人)
Elizabeth Youman(オリー:メイミーの友人)
【その他】
Jamie Renell(百貨店のセキュリティ・ガード)
Enoch King(ジョニー・B・ワシントン/Johnny B. Washington:モーリスと囲碁をするミシシッピ在住の人)
Gail Everett-Smith(教会の管理人、ジョンの友人)
Tonia Jackson(差し入れするメイミーの隣人)
Scott Hanson(第一報のTVのレポーター)
Al Mitchell(A.A. Rayner:葬儀場の責任者)
Brandon Bell(葬儀場の記者)
Mike Dolphy(記者会見場の記者)
Leland L. Jones(ジェームズ・ヒックス/James Hicks:裁判を傍聴するジャーナリスト)
Phil Biedron(裁判所のレポーター)
■映画の舞台
1955年、
アメリカ:ミシシッピ州
デルタ地区マネー
https://maps.app.goo.gl/xbeDfHEtChezQxPQ8?g_st=ic
ロケ地:
アメリカ:ミシシッピ州
グリーンウッド/Greenwood
https://maps.app.goo.gl/c12NDXRk7tjbX9C59?g_st=ic
アメリカ:ジョージア州
アトランタ/Atlanta
■簡単なあらすじ
1955年、イリノイ州シカゴ在住のエメット・ティルは、ミシシッピ州マネーに住む親戚の家に旅行することになっていた
父の戦死後、一人で育ててきた母メイミーは、いまだに黒人差別が色濃く残る南部への旅行に不安を隠せずにいた
エメットは、いとこのシミーやモーリスたちと仲良く過ごすものの、そこにあったブライアンと食料品店の店主キャロリンに口笛を吹いたことで事態は急変する
銃を取り出すキャロリンから逃げるエメットたちだったが、3日経っても何も起こらなかった
だが、虫の知らせを感じたメイミーは、恋人でエメットの父親代わりのジーンと共にマネーから連れ戻そうと考える
その矢先、エメットが何者かに拉致されたという情報が彼女の元に入った
メイミーの父ジョンはNAACPに働きかけ、ウィリアム・ハフの力を借りることになる
だが、その動きも束の間、エメットは遠く離れた川にて、遺体となって発見されてしまうのである
テーマ:対岸の家事
裏テーマ:公民権の必要性
■ひとこと感想
エメット・ティルと言えば、暴力前後を比較した絵が有名で、概要を知らなくても人物に関しては知っているという知識で鑑賞してきました
映画は、史実ベースに紡がれ、ティル一家の目線で紡がれています
エメットの行為は自業自得なところはあって、時代性と地域性を考えると控えるべき行動だったと言えます
それを母親が叩き込んでいても、身近に差別やそれによる暴力がないとリアルに感じられなかったのだと思います
とは言え、口笛吹いただけであそこまでするかというところがあって、これで無罪になるというのが、当時の南部の風潮だったということなのでしょう
エメット・ティル反リンチ法というものが昨年あたりにようやくできましたが、約2年前まではどこでも起こり得たことというのは怖いものだなと思ってしまいます
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画のメインは、エメットが殺された後に「遺体を公開し、その後の黒人の人権運動に拍車がかかったこと」でした
母親としての怒りをぶつけるメイミーですが、NAACPやRCNLなどは「この事件を機にアメリカの公民権運動を変えよう」と考えていて、その温度差というものが常にありました
でも、茶番を確信したメイミーは、これまで対岸の火事に思えた事件は、アメリカ全土の黒人が抱える爆弾であることに気づきます
映画でも、特殊メイクとは言え、姿の変わり果てたエメットが描写され、ブライアントたちの開き直った態度や、裁判における白人の悪態というものが強調されています
実際にあそこまで敵意剥き出しで反省の色もなかったのかはわかりませんが、結審後に雑誌に真相を語ってお金をもらって悠々自適に生きたとなると、そこまで誇張されたものではなかったのかもしれません
エンドロールのテロップにて、メイミーをマネーに連れて行ったメドガーが暗殺されたという一文があったりと、公民権を巡る戦いはまさに戦争だったと言えるのでしょう
エメット・ティル・リンチ法がようやく可決されましたが、そこまでして反対したがるのは、そう言った思想がいまだに残っていることの現れなのだと感じます
■事件の概要
1955年8月21日、エメットはミシシッピ州マネーにあるモーズ&エリザベス・ライトの家に到着します
3日後の24日の夜、エメットは数人の従兄弟たちと共にブライアントの食料品店に買い出しに行きました
店は24歳のロイ・ブライアントと21歳の妻キャロリンの白人夫婦で経営されていました
その日の夜はキャロリンだけで、彼女は義理の妹たちと一緒に店の外にいました
その店の中にエメットは入りましたが、そこで何が起こったのかについては、いまだに論争が絶えず、映画のように「財布の少女の写真を見せた」という報告も上がっています
この写真の女性は「女優ではなくエメットのガールフレンド」という説もあったりします
これは、エメットのいとこの証言によるもので、シカゴの学校のクラスメイトという証言もあります
でも、キャロリンのいとこの証言では、彼女は白人女性の写真を持っていなかったと言っています
その後、決定的な起因となったのが「口笛を吹いた」というもので、これに関していとこのシミーと友人ウィラーによる証言があります
ただし、それが挑発的なものなのか、単なるおふざけなのかはわからず、それを聞いた人はすぐに身構えたと言います
そして、キャロリンが動くと同時に、彼らは一目散に逃げることになりました
映画では、キャロリンの証言がありますが、これに関しても裁判で述べたそのままになっています
でも、2008年のインタビューにて、あの証言は虚偽であると認めているのですね
シミーも裁判にて、エメットが一人になった時間はほとんどなく、彼が連れ戻しに行った時にはそのような会話は聞こえなかったと証言しています
リンチが起こったのは、1955年8月28日のことで、夫ロイが方方で黒人男性に聞いて回ってエメットを探し回っていました
そして、その夜に黒人の若者を捕まえて、ピックアップトラックに乗せ、あの時に何があったのかを聞き出すことになりました
その後、何らかの経緯でモーズの家にいることを知ったロイが押しかけ、彼を拉致することになります
この時に同行したのがマイラムで、彼はピストルで武装していました
その後、彼らをマネーに連れてきて、納屋でリンチ行為に走ったとされています
証言台に立ったウィリー・リードは納屋から殴打と泣き声が聞こえたと証言し、そこから出てきたマイラムと会って、会話を交わしていました
そして、ティルは撃たれ、グレンドーラのタラハッチー川に遺棄されることになりました
■事件後の余波
南部地方では、何十年もの間、リンチや殺人が起きてきましたが、エメット殺害は全国的な関心ごととなりました
事件を受けて、NAACP、白人市民評議会などが動き出し、全米および海外の新聞でも取り上げられることになります
行方不明のあと、グリーンウッド・コモンウェルズ紙に掲載され、その後ミシシッピ州全域の新聞に掲載されていきます
そして、エメットの死体が発見されます
母メイミーは即時埋葬されそうなのを止め、遺体の引き渡しを要求します
その後、遺体はシカゴのAAレイナー葬儀場に受け入れが決まり、そして、ロバーツ・テンプル・オブ・ゴッド・イン・クライスト教会にて葬儀が行われることになりました
遺体は切断されていて、メイミーは「世界中に見てもらいたかった」とのことで、棺を開けて葬儀を行うことになります
その写真は全国的に流れ、タイム誌はのちに「史上最も影響力のある画像」に選出することになります
裁判は遺体が発見されたタラハッチー群で行われることになります
映画ではさらっとふれられる程度だった「トゥー・タイトことリーバイ・コリンズ」と「ヘンリー・リー・ロギンス」はマイラムたちの黒人従業員で、彼らに証言させないようにとストライダーが二人をチャールストン刑務所に収監させていました
裁判は5日間行われ、法廷には280人もの傍聴人で満員となっていました
弁護側は遺体がエメットではないという疑問を提示し、メイミーが証言台に立っています
そこで保険金の話が出たのも史実となっています
そして、67分間の審議の末、無罪という結論に至っています
その後、1976年には、エメットとマーティン・ルーサー・キング・ジュニアをフューチャーした銅像がデンバーに建てられています
1984年、シカゴの71番街の一部にエメット・ティル・ロードという名前がつけられました
1989年、エメットは公民権運動で亡くなった40人の名前の中に含まれていて、アラバマ州モンゴメリーにある公民権記念碑に殉教者として刻まれています
それ以外にも、事件が起きたタラハッチー群ではエメット・ティル記念委員会の設立があったり、2008年にはエメット未解決公民権犯罪法の署名など、数多くの影響を残しています
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本件で1番の影響と言えば、2022年に人種差別によるリンチを連邦法で増悪犯罪(ヘイトクライム)と定める法案に署名し、成立させたことでしょう
これによって、被害者の死亡や重傷に至る憎悪犯罪をリンチ罪で起訴することが可能となっています
成立した法案は「エメット・ティル反リンチ法(Emmett Till Antilynching Act)」と名付けられ、最高刑は懲役30年に引き上がられることになりました
この法律は、2022年2月28日に米国下院にて可決され、同年3月7日に上院で可決、そして3月29日にジョー・バイデンが署名したことで成立しています
立法に関する取り組みは1世紀以上議論されていて、何百回と提案され続けてきました
直近では、2019年にボビー・ラッシュ下院議員によって提出され、「リンチ」の範囲というものが議論になっていました
軽度の打撲や擦り傷も含むのかというところが議論になり、ランド・ポール議員はリンチと見做される犯罪に「重傷基準」を適用する修正案を提案しました
これに対して、ステニー・ホイヤー下院院内総務はランド・ポールを批判し、「一人の共和党上院議員が法案の成立を妨げているのは恥ずべきことだ」と批判しています
さらに、当時上院議員だったカマラ・ハリスは「すでに可決された法案の弱体化を狙っているようだが、その理由はないようだ」と発言したとされています
エメット・ティル反リンチ法の内容の詳細は割愛しますが、ヘイトクライムに対する立法に100年以上かかるというのは異様のように思えます
立法化されることで抑止になるとは思うものの、立法化されるまではヘイトクライムは犯罪ではないという見方になってしまいます
これを容認してきた反対派の心理がわからず、これまでの歴史では白人が黒人を虐げてきましたが、その逆転現象がいつ起こるかもわかりません
人種間で何かが起こった時に、ヘイトクライムを抜きにして現行法で対応するとしても、人種によって刑罰が違う(判決が違う)ということも起こってきたでしょう
でも、この法律をわざわざ作るということは、アメリカにおける人種差別による犯罪への抑止力がないからなのでしょう
現行法では「人種差別」を捌けないということになるのですが、このイメージがあまり理解できないのが正直なところでしょうか
何かしら事件が起きて、それが白人と黒人の間で起こり、かつ加害者が白人なら罪に問われないというのであれば、それは現行法の取り扱い自体がおかしいことになり、それは司法というよりは、そこに至るまでの警察、検察の対応がおかしいということになります
この法律をわざわざ作ることは、「白人における黒人への人種差別でヘイトクライムが起きたら起訴まで行え」と言っているようなもので、それをしない現場をどう変えるかというのが焦点になるように思います
このあたりはまた別の問題になると思うのですが、映画内の「裁判の虚偽発言」「裁判内での差別&侮辱発言」などがスルーされている司法の場にも問題があるように思えます
映画では、エメット・ティル反リンチ法が成立したタイミングで公開になっているのですが、この映画の公開すらも謎の勢力によって抵抗があったのかなと思わざるを得ません
公開に至って、それに反発した集団や個人が事を起こす可能性は極めて高かったので、それを抑止する意味もあるのかもしれません
このあたりの肌感覚はアメリカに住んでいないとわからない部分があると思うのですが、海の向こうから「起きたこと」だけを客観的に見ると、とても行きたい場所には思えないのですね
黒人差別というよりは、白人至上主義の側面が強いので、黄色人種も同じ目に遭う可能性もあって、それすらもヘイトクライムには当たらないとなってしまうのですね
差別には二つの側面があって、対象を差別する場合と優生思想による場合があるのですが、その微妙なニュアンスで起こる大きな違いというものをもっと細かく見ておかなければならないように思います
法律ができたら思想がなくなるということはないので、選民思想的な根幹がなくならない限りは続いていくのかもしれません
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP:
https://www.universalpictures.jp/micro/till