■自分自身を引き擦って逃げた結果、無意味なこだわりが削れて消えたようにも思えますね
Contents
■オススメ度
藤ヶ谷太輔さんのファンの人(★★)
底辺の憤りに興味のある人(★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.1.18(TOHOシネマズ二条)
■映画情報
情報:2023年、日本、122分、G
ジャンル:5年続いた同棲生活から逃げ出した若者が友人・知人・家族を頼りながら行き場を失っていく様子を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本:三浦大輔
原作:三浦大輔(シアターコクーン初演の舞台、2018年)
キャスト:
藤ヶ谷太輔(菅原裕一:居酒屋のフリーター)
前田敦子(鈴木里美:裕一と5年間同棲を続けてきた彼女)
中尾明慶(今井伸二:裕一の同郷の親友、会社員)
毎熊克哉(田村修:裕一のバイト先の先輩、居酒屋の店員)
野村周平(加藤勇:裕一の大学時代の後輩、助監督)
香里奈(菅原香:裕一の姉、東京在住)
原田美枝子(菅原智子:裕一の母、苫小牧在住、クリーニング店勤務)
豊川悦司(菅原浩二:裕一と香の父、実家から姿を消した行方不明の父)
松田弘子(松原:智子のバイト先の同僚)
■映画の舞台
東京:板橋区他
神奈川:伊勢原他
北海道:苫小牧
ロケ地:
神奈川県:伊勢田市
アゼリア
https://maps.app.goo.gl/p7BmTeRuN7w5b8Gh9?g_st=ic
北海道:苫小牧市
苫小牧フェリーターミナル
https://maps.app.goo.gl/p6aVo2dByw6j8Yim7?g_st=ic
純喫茶 ドンドン
https://maps.app.goo.gl/EGjHLVp5zaCemCYdA?g_st=ic
シネマ・トーラス
https://maps.app.goo.gl/83HHUW6EAKnCofoR6?g_st=ic
■簡単なあらすじ
都内で居酒屋でバイトをしながら生計を立てている裕一には、5年同棲生活を続けている彼女・里美がいた
きちんと仕事をしている里美とは違って、裕一はしがないバイトを続けながら、里美に依存している生活を続けている
ある日、裕一の態度を見兼ねた里美は、彼の浮気を疑って問い詰めた
裕一は半ばパニック状態になり、いきなり荷物をまとめて出て行ってしまう
行く宛のない裕一は、同郷から東上した友人・伸二の元を訪れる
だが、里美と一緒に暮らしている感覚が拭えないまま、伸二から軽蔑の言葉をかけられてしまい、またパニックになった裕一は飛び出してしまう
それから、バイト先の先輩を頼るものの、酒癖の悪さから逃げ出し、大学時代の後輩からは先手を打たれて行き場を失ってしまう
そうしてたどり着いた東京在住の姉のところだったが、そこでも姉弟喧嘩が勃発し、裕一はやむを得ず、苫小牧の実家に戻ることになったのである
テーマ:言語化できぬ憤り
裏テーマ:逃避の先にある絶望
■ひとこと感想
とにかく「逃げまくる映画」ということで、何に追われているのかと思ったら、まさかの「クズ男が居場所がなくなるだけ」の物語にびっくりしてしまいました
初発の逃げ出すところから意味がわからず、主人公の考えていることとか、彼の特性が掴めぬまま、行き先を追っていくという感じになっていましたね
とりあえず近場の行きやすそうなところを回っていくのですが、行ってから相手との関係がわかるという感じになっているので、その関係性を掴むまでに時間を要する印象がありました
本来ならば、冒頭10分ぐらいで彼の日常と交友関係をサクッと説明すれば良いのですが、舞台が原作とあって、そのあたりは改変されないまま進んでいるのかなと思いました
映画は、共感できない主人公の後を追いかけるというもので、脇のキャラの造形がわかりやすいのに、主人公だけが最後まで意味不明な感じになっていましたね
視界が同じような人ならばわかるのかなと思いますが、さすがに異質すぎて、最後まで「なんなんだ、こいつは」という感じで観ることになってしまいました
それはそれで考察のしがいがあるのですが、それにしても「面白くなってきやがった」と言っている場合ではないように思えますねえ
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画は「現実逃避」というよりは、「対人逃避」に近い印象で、自分の都合が悪くなると逃げ出すという感じになっていました
実際には、このように逃げる人の方が少なくて、ある程度のコミュニケーションの果てに行動を起こすのですが、物語は「逃亡ありき」という感じになっていて、とにかく逃げさせるための舞台設定を繰り返すという感じになっていました
舞台だと、背景も人も変わるので面白いと思うのですが、これが映画になるとぶつ切りのような感じになっていましたね
それはそれで人間関係リセット症候群みたいな感じになっていましたが、本質的には全く異なる症例であると思います
タイトルからして「どうやって途方に暮れるのかな」と考えていましたが、最後のオチは少々鮮烈でしたね
匂わせてはいましたが、みんな「悪よのお」という感じで、クズ男・裕一に寄り添うふりをしながら突き放しているところが鬼だったように思います
彼が逃避した1ヶ月の間に大切なものがドンドン壊れて行って、どうでも良いものと、どうしようもないものだけが残ったというのは自業自得だなあと思いました
■逃避行の果てに得たものとは
裕一は逃避行を繰り返しますが、その人間関係を絶ってきたというよりは、めんどくさいから逃げてきた、という感じになっています
里美との関係では、関係性を断ち切ったあとだったのに、その弁明をせずに逃避行に至ります
伸二との関係では、人の家で我が物顔を指摘されたことと、里美に居場所が知れたということで逃避行に走っていました
先輩・田村とは、彼の酒癖の悪さから逃げていて、里美絡みの面倒が起きそうだと思って逃げています
姉とは従来通りの関係性の悪さから、それを踏襲した感じになっていて、彼女はほとんど裕一の話を聞かずに決めつけてお金を投げつけていました
行く場所がなくなった裕一は実家の苫小牧に戻りますが、実家は尽くしてくれるものの、宗教関連がめんどくさくて逃げてしまい、偶然再会した父のところに行っても、これで良いのかという感じになっていました
彼が逃避行で得たものは、それまでの関係性を再確認するというもので、父親との関係においては、自分の未来を見ているような感覚になっていましたね
父とは違うという点が、母親が倒れた時に駆けつけるか否かになっていて、ここまで落ちぶれたくないというものがあったのだと推測できます
結局のところ、里美と向き合わなかったという一点で、これらの「失敗」があるのですが、起点から1ヶ月程度人間関係を放棄した結果、里美と伸二を引き合わせてしまうという事態を引き起こしています
完璧に見える伸二が最大の裏切りをしていますが、自分自身が起こしたことが原因なので彼には強く言えません
でも、里美にはそれを言ってしまうところに、裕一の愚かさというものが凝縮されていたように思いました
かつて所属していた企業の経営者から、「逃げられるなら死ぬまで逃げろ。でも、死ぬまで逃げられないなら、早めに立ち向かえ」と言われたことがあります
人生における様々なことは、どこかで落とし前をつける必要があるのですが、死ぬまで逃げ切ろうと思えば逃げ切れるものもあります
映画だと、裕一は里美や伸二、田村や後輩の加藤あたりとは、一生会わなくても支障がないと言えます
でも、父はともかく、母と姉はそういうわけには行かないので、相手が急死する以外には、常に関係性を求められるというのが世の常であると言えるでしょう
家族と疎遠になるという選択肢も無きにしもあらずですが、裕一のように弱さを抱えている人間だと、セーフティネットとしての家族は必要なように思えます
もし、彼が家族との関係を断てるのなら、おそらくは北海道には戻っていないでしょう
そのへんのネットカフェなどで泊まり込みながら、別の仕事を探すこともできる年齢で、生活の基盤をもし立て直せたら、全く新しい人生を得ることも可能だったでしょう
でも、裕一は最後まで「里美とのツーショット写真」を携帯の待ち受けから外さなかったので、かなり未練がましくて、時間が経てば何とかなるなどの甘い考えを有していたと推測できます
■途方に暮れると次はどうなる
「途方に暮れる」とは、「手段が尽きてぼんやりする」とか、「どうして良いか手段に悩む」という意味があります
いわゆる「次の手」というものに考えが及ばなくて、「十方(とほう=じゅっぽう」が塞がっている状態のことを言います
「十方」とは、仏教用語の「東西南北=四方」「東南、西南、西北、東北=四維」に合わせて、「上下」の二方向を加えたものになります
「十方三世」は、「過去、現在、未来」も加えた言葉で、「ありとあらゆる時間、場所」という意味になります
「十方暮れ」は「途方に暮れる」の形容的な意味があるとされていますね
また、暦注の「甲申(きのえさる)から癸巳(みずのとみ)まで」の10日間という意味もあり、この期間は十方の気が塞がり、万事に凶とされると言われています
まさしく、踏んだり蹴ったりで行く場もなく立ち尽くすという意味になるので、裕一のこの1ヶ月(特に最初の10日間)はこの時期に当てはまると言えますね
彼にとっての最初の10日は、里美と別れてから伸二がキレ始める直前くらいなのですが、この時点で「里美と伸二を連帯させる要因」というものを作っています
なので、その後に可能性を求めて彷徨った時間は、ある意味、里美と伸二の関係の熟成のために時間を与えたとも言えますね
もし、伸二のあとに里美のところに戻れば、違った未来があったのは言うまでもありません
途方に暮れると何もできなくなりますが、かと言って、そのままの状態がずっと続くわけではありません
それは「三世」が変わることによって、少しずつ周囲の変化というものが生まれてきますし、自分自身の心情や思考が変わっていきます
同じように見えていたものが違うように見えたり、周囲の関係性の変化によって、周囲の自分への捉え方が変わります
映画だと、時間が動いたことで「里美と伸二の関係性」が変化し、里美の裕一への執着というものが薄れています
同時に罪悪感も生まれますが、里美の中では「裕一が関係性を捨てた」ということになっているので、想いを伝えるハードルは高いものの、その先の未来は決まっているので、あとは越えるだけになっていました
また、母親が倒れるという周囲の変化があり、そこで駆けつけなければならないという使命感が生まれています
それと同時に、父との違いを実感することで、わずかに空いた隙間から抜け出ようとします
父のところで永住することもできましたが、何かの力が働いて、そこはあなたの居場所ではないと状況を変えるのですね
このあたりが人生の妙と言え、人は流れの中にいる生き物であることを実感させてくれます
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
この映画の面白いところは、一時が万事のようになっていて、悪い想像を一瞬で膨らませて規定させる裕一の本能だと思います
終わってみれば、自分の選択で悪循環を作り、それに翻弄されているだけで、滑稽以外の言葉が浮かびません
それでも、渦中にいるとあんな感じになってしまう人の方が多くて、客観的に見て愚かな行為というものは誰しもが起こしてしまうものだと思います
対処法としては、自分を客観的に見るというのが最善で、自分の行動を文字に起こしたりして眺めるというのがわかりやすい方策だと思います
裕一の行動を文字に起こすと、
里美の知らない女性関係が露見して、慌ててパニクって部屋を出た
伸二は気が知れた仲だと思っていたが、態度を指摘されたパニクって部屋を出た
田村先輩のところでは分を弁えていたが、酒癖の悪さが我慢できずに逃げ出した
後輩の加藤には先手を打たれて、それ以上踏み込めなかった
姉のところでは、性格の不一致がエスカレートして、共同生活をする前に追い出された
母のところでは、生活は困らないが、宗教は面倒だと逃げた
父のところでは、居心地は良いが、自分の未来を見ているようで嫌だった
こんな感じになっていますね
方策としては、
里美と真剣に向き合って、理解を求めようと心がける
伸二への恩を忘れずに、古い付き合いでも相手への尊敬は忘れない
田村先輩の酒癖の悪さは治らないが、冗談と本気の境界線を考えれば実害はない
加藤に先手を打たれても、冷静になって「作戦会議」の時間を貰えば良かった
姉のところでは、言い返さずに、お金を黙って受け取って、このお金の分だけ奉仕するという申し出をする
母のところでは、母が宗教に関わっている理由を探り、それが悪質なら関係性を見直させる
父のところでは、ぶっちゃけ関わらずに部屋に行かない
という感じになるのかなと思います
もしもの世界ではあるものの、最後に辿り着くまでのどこかで自分を客観視できていれば最終的な着地点は違ったかもしれません
でも、そもそもいきなり逃げ出すというキャラであることを考えると、どの地点でも自分を客観視できず、最終的に父親のところには来たのでしょう
父との再会は、ある意味において、強制的に自分を客観視させることになっていて、さすがにこの人生は歩みたくないというストッパーが働いただけ、「マシ」だったのかもしれません
映画のタイトルでもある大沢誉志幸さんの楽曲は、「自分の部屋を出て行った元カノの歌」なのですが、この楽曲の歌詞がなんとなく裕一にとっての救いになっているところがすごいですね
出て行ったのは自分なのに、出て行った彼女の未来は明るいと謳っている楽曲に慰められるのは構成の妙かもしれません
裕一の行動によって、里美は彼から離れることになったのですが、親友と知りながら自分から誘う女性というのは大概だと思うので、逃避行にも意味があったのかなと思います
里美の寂しさを作り出したのが裕一だとしても、それが免罪符にならないことは彼女がわかっています
なので、もし彼がこの1ヶ月を客観視できるなら、未来の地雷を回避できたということになるのかもしれません
もっとも、その時に爆発する地雷は裕一自身がずっと埋め続けてきたものなので、爆発しようが回避しようが自己責任なのかなと思ってしまいます
もし、彼の人生からヒントをもらうとするならば、途方に暮れた先で「自分視点の話を語らないこと」でしょうか
そうなれば、「先輩の人生は映画になりますよ」なんて突き放され方はしないかもしれませんね
いやあ、持ち上げて最下層まで落とすパワーワードに痺れてしまいましたよ
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/376242/review/a7ca55aa-6e35-4352-905c-a9da39f7f3d0/
公式HP:
https://happinet-phantom.com/soshiboku/