■強烈な思い込みと練られた戦略を持ってしても、天性のものを覆すことはできません
Contents
■オススメ度
アイドルの裏側を知りたい人(★★★)
可愛い女の子を見たい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.5.11(MOVIX京都)
■映画情報
情報:2024年、日本、94分、G
ジャンル:どうしてもアイドルになりたい女子高生が計画を練る様子を描いた青春映画
監督:篠原正寛
脚本:柿原優子
原作:高山一実『トラペジウム(KADOKAWA)』
Amazon Link(原作:Kindle版)→ https://amzn.to/4dECYcb
キャスト:
結川あさき(東ゆう:東の星、城州高校1年生、絶対にアイドルになりたい女の子)
羊宮妃那(大河くるみ:西の星、西テクノ工業高等専門学校生2年生、ロボット研究会所属)
上田麗奈(華鳥蘭子:南の星、聖南テネリタス女学院2年生、テニス部所属)
相川遥花(亀井美嘉:北の星、城州高校1年生、ボランティア活動に励む女の子)
木全翔也(工藤真司:西テクノ工業高専に通う2年生、星と写真が好き)
久保ユリカ(古賀萌香:TV番組制作会社「エルミックス」のAD)
木野日菜(水野サチ:ボランティア活動を通じて出会う車椅子の女の子)
内村光良(伊丹秀一:翁琉城のガイドボランティアのお爺さん)
高山一実(老人A)
西野七瀬(老人B)
寺崎裕香(東まい:ゆうの母)
石上静香(さっちゃんママ)
八百屋杏(馬場:ボランティアの責任者)
東地宏樹(遠藤晃志郎:事務所の社長)
富田美憂(藤温子:?)
佐原誠(TV番組の司会者?)
浜崎奈々(TV番組のアナウンサー)
柳田淳一(ラジオDJ)
村上麻衣(テニス部員)
川井田夏海(女子高生、クラスメイト)
千本木彩花(女子高生、クラスメイト)
■映画の舞台
千葉県のどこか
■簡単なあらすじ
幼い頃にアイドルに衝撃を受けたゆうは、なんとかしてアイドルになろうとして計画を立てていた
それは「東西南北」から可愛い子を集めて、ユニットを組むことだった
一人ではアイドルになれなくても、集まればなんとかなる
それがゆうの考え方だった
ゆうは手始めに、女子校に出向き、そこでお蝶夫人のような感じの格好をした蘭子を見つける
なぜかスパイと思われてテニスの試合をすることになったが、それを機に仲良くなることができた
その後、ゆうは計画通りに高専に出向いたゆうは、そこで写真部の工藤に目的地まで案内してもらった
そこにはアイドル的な人気を誇るくるみがいたが、くるみはファンの扱いは面倒だと思って、彼女を避けてしまう
工藤の計らいで誤解が解けたゆうは、くるみと会うことになり、4人目のメンバーを探すことになったのである
テーマ:アイドルになる方法
裏テーマ:アイドル適性とは何か
■ひとこと感想
アイドルが原作を書いたアイドルものということで興味を持って参戦
キラキラ青春ムービーかと思っていましたが、まさかのダークな物語に驚いてしまいました
アイドルの裏側が細かく描かれていて、大人の事情もたくさん垣間見えましたね
映画は、アイドルになりたい主人公がなりふり構わずに周囲を巻き込んでいくのですが、その手法が「アイドルになったから見えてくる手法」のように思えます
それでも、性根は隠せないのか、その腹黒さというものがバレていて、SNSではフォロワーが少なかったりしていました
目的のために手段を選ばず、うまく行かなければ八つ当たりをするという最悪の主人公なので、もっとヤバい展開になるのじゃないかとドキドキしてしまいました
アイドルはピンからキリまでありますが、どんなアイドルになりたいのかまでは分かりませんでしたね
目指す先が見えないので、自称なのか他称なのかが分かりにくい部分があったように思えました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
アイドルの煌びやかな世界に憧れているという感じではなく、人を笑顔にできるからというスタンスは良かったと思います
それでも手段がかなり無茶なので、そこまで計算高いとバレたらドン引き案件だなあと思いました
アイドルにはプライベートはなく、常にSNSなどの悪意に晒されている存在だと言えます
それらに耐えうるか、それ以上に楽しめればアイドルになれると思いますが、単に可愛いとか歌える、踊れるではなんともならないのでしょう
いわゆる承認欲求の頂点のようなもので、それができる時間も限られています
その世界に憧れを持つ人もいれば、関わりたくないと思う人もいるわけで、その思惑がうまく絡み合わないとグループになるのは無理なのだと思います
アイドル体験が今後に生きるのかは人それぞれですが、彼女たちは何かを得ることができました
このような道でなくても体験というものは人生に寄与をしますが、若さゆえの無鉄砲も悪くはないのかもしれません
とは言え、サイコパス気質の主人公で、行動が無茶苦茶なので、周囲の寛大さに救われている部分があるように思えました
■アイドルとは何か
本作は、オーディションに落ちまくったゆうが「アイドルになるためになりふり構わない様子」と言うものが描かれていました
東西南北でキャッチーさをアピール、元々人気のある女の子を抱き込み、SNS時代を利用して、ボランティア活動まで行っています
この行動力はすごいのですが、彼女がなりたいアイドル像からはかなりかけ離れているように思えました
ゆうが心を奪われたのは、このような小細工などをせずに衆目から認知される圧倒的なカリスマ性を持っているアイドルで、小手先で人気を博して、メディアに出れば良いと言うものではなかったと思います
その限界を超えてでもステージに立ちたいのですが、その目指す規模というものが見えてこないのですね
ステージに立って、可愛い格好して歌って踊ると言うのは、ピンからキリまであって、地下アイドルなのか、全国的に知られる国民的アイドルなのかで、目指す先と言うものが違うように思えました
彼女の行動は地方局を動かし、そこで可愛い高校生4人組がいると言う話題の素人にまではなりますが、そこから事務所に所属して下積みの仕事をしても、それでも本来の目指す先とは違うもののように思えてきます
アイドルの下積み時代は過酷なものがあり、それをコンテンツ化しているものまであるのですが、そもそも「アイドルってのは努力してなるのものなのか」というところが拭えないのですね
今のアイドルは昔のアイドルとは意味が違いますが、圧倒的なカリスマ性を持っているのがアイドルだと考えている世代なので、周囲からチヤホヤされたいレベルであるならば、4人でSNSで踊ってみたを投稿した方が早そうな気がしてしまいます
本作の場合は、原作者がアイドルなので、原作者のようなアイドル像というものが主眼に置かれていると考えられます
それは、個人で戦えるアイドルではなく、多くのファンを獲得するために個性を並べるというグループで、それが念頭に置かれたアイドルを目指しているということになるのでしょう
いわゆる承認欲求の延長線上にあるものですが、アイドルグループの中でも突出した存在というものは、アイドル側にある承認欲求とは違った角度で生み出される感情によって支えられているので、そこに着目した方が良かったのではないかな、と感じました
■タイトルの意味
映画のタイトルは『トラペジウム』なのですが、映画内では「最後の写真のタイトル」としかわからず、その意味は説明されません
これは天文学用語で、オリオン星雲にある4つの重星のことを意味します
重星とは、肉眼では一個に見えるが、望遠鏡では2個以上に見える恒星のことで、その距離が離れていても「方向の一致」のために一つに見えるものを光学的重星と言います
また、近い距離で互いの重力で影響しあっている連星も肉眼では一つに見えるのですが、本作への引用を考えると、「重力で影響しあっている」という意味になるといえます
これは、4人いるから輝けるというゆうの論理に合致していて、それぞれの個性がグループを星雲にしているという意味になります
どれかが欠けても元の輝きにはならないのですが、その重力が弱まったことで解散するに至っているといえます
工藤が撮った写真は、彼女らがアイドルになる前の写真ですが、ゆうがアイドルの決意を固めた瞬間でもありました
それが、車椅子の少女・サチとの約束でしたね
ゆうがどこで道を間違えたのかというのは色々ありますが、そもそもがアイドルの適性がない人は可愛くてもなれないという根本の問題がありました
アイドルに憧れて、アイドルになりたい4人だったら目的は一緒なので空中分解はしません
でも、今回はゆうの目的のために揃えられた「アイドルに興味のない人たち」だったので、必然の帰結であるといえます
活動の楽しさばかりを伝えようとしていましたが、活動に対するレスポンスの共有というものはあまり為されていませんでした
それは「ゆうのファンレターが一番少ない」という事実があって、それゆえに積極的に行わなかったのだと思います
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、アイドルになった人物による「アイドルになるための方法論」みたいなところがあって、リアルに「覚悟のない人はダメよ」と言っているように思えます
それと同時に、戦略的に事を運ばないと生き残れない事を訴えていて、天性のアイドル気質を持っていない等身大の人が戦う術を伝えていました
ある意味、ネタバレみたいなところがあるのですが、今では「過程」ですらコンテンツ化している部分もあります
オーディションの様子を公開したり、その段階で「誰を応援するか」という下地を作り、そしてステージに上がるまでを追っていきます
これまでには見せなかった努力の部分などは「ステージ上とのギャップ」を生み出していて、その体験が共有される時代がやってきています
SNSなどでプライベートを晒したり、楽曲制作の過程を見せるバンドもいれば、一つの楽曲の一部分を先に公開して、認知度が出てから完全版を出すなどの戦略も増えています
ふれあう時間が多ければ多いほど良いという戦略のもと、歌手デビュー直前のアーティストを素人のふりさせて路上でバズらせるなんて方法もあるのですが、どこまで行っても最終的にはコンテンツの質の高さがないと続かないものだといえます
個人的には、アイドルに全く興味がない人種なのですが、かと言って可愛い女の子が嫌いというわけではありません
でも、昨今のアイドルはどこか痛々しくて、商売の道具になっている消耗品のように見えるのですね
活動期間が長くても、バズるのは一瞬で、雨後の筍のように次から次へと生まれてきます
この過当競争の中で生き残るには様々な戦略が必要なのですが、作戦が見えすぎてしまうと「夢中」にはなれません
今では、個人がコンテンツとなって発信する時代になっていますが、そう言った世界もあっという間に大人の色に染まってしまいました
某SNSなどでも「素人参加」はほとんど消え、プロかプロ二軍のような存在認知のためにツールに成り下がっていると思えます
こうなってくると、全てが平均化されていて、どのコンテンツを見ても同じになってくるのですね
このような消費サイクルの速い時代での生き残りは大変だと思いますが、そこで戦うと決めた以上は相当の覚悟が入ります
ゆうは相当の強者で、東西南北の活動すらも踏み台にしていました
このような後ろを決して振り返らないという心臓がないと、今のアイドルにはなれないのかな、と思いました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/100876/review/03809541/
公式HP: