■言葉と視線の関係は、受け手の選択と解釈を生むための余白を生み出せるものなのですね
Contents
■オススメ度
ほんわかムービーが好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.11.4(イオンシネマ京都桂川)
■映画情報
情報:2023年、日本、114分、G
ジャンル:人生の岐路に立たされた元アイドルが、友人の知り合いのおっさんと同居する様子を描いたニューマンドラマ
監督:穐山茉由
脚本:坪田文
原作:大木亜希子『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした(祥伝社、2019年)』
キャスト:(わかった分だけ)
深川麻衣(安希子:仕事なし、金なしの元アイドル、1本1000年のフリーライター)
井浦新(ササポン:安希子を住まわせる56歳のサラリーマン)
松浦りょう(児玉ヒカリ:安希子の友人、起業家、ササぽんの知り合い)
柳ゆり菜(景子:安希子の友人、女優志望)
島丈明(隆:景子の婚約者)
猪塚健太(高宮浩介:安希子の元想い人、カメラマン)
三宅亮輔(鳥羽宏文:ヒカリの知り合い、飲み会で登場)
森高愛(明美:安希子と景子の仕事仲間、配送センター内勤)
河井青葉(木山由美:雑誌「ブランシェ」編集長)
マッシモ・ビオンディ(ダニエル・マッカーン:ハリウッドスター、写真で登場)
柳憂怜(大熊:心療内科の医師)
武藤卓(ホテルマン)
久保雄司(バーのマスター)
比良田朱里(高級レストランのウェイトレス)
ゆゆ・THE・エクスカリバー(助ける女性?)
宮下咲(ヒカリの部下)
内藤トモヤ(病院の患者)
横尾朝陽(患者の子ども)
■映画の舞台
都内某所
ロケ地:
東京都:新宿区
新宿ゴールデン街
https://maps.app.goo.gl/Pz3t2Fq5yMQQ1Mf8A?g_st=ic
クリシュナ(ハメ外すクラブ)
https://maps.app.goo.gl/CV1WkRjBnnjLZ9p18?g_st=ic
東京都:渋谷区
NOS恵比寿(水タバコのバー)
https://maps.app.goo.gl/3in5gzWZX1PS4StV9?g_st=ic
東京都:昭島市
フォレスト・イン昭和館(ラストのパーティー会場)
https://maps.app.goo.gl/nEJAmrRfkXZW74WM8?g_st=ic
■簡単なあらすじ
都内で雑誌社で働いている安希子は、フリーランスの記者としても、1本1000円で記事を書いていた
彼女は元アイドルの肩書きを持っていたが、それだけでは通用せず、ただ毎日を浪費しているだけに思えた
ある日、街角で転倒した安希子は、足に力が入らずにすぐに立てなかった
そこで勧められて病院に行くものの、医師からは「とりあえず、ゆっくり話せるようになりましょう」とアドバイスをされてしまった
その後、貯金も尽きて、人生が詰んだと思った彼女の元に、友人のヒカリから電話が入る
それは、ルームシェアを探しているというもので、その家の持ち主は独身の56歳のおっさん・ササぽんだった
やむを得ず安希子はササぽんの厄介になることになり、奇妙な共同生活が始まるのである
テーマ:人が人と会う理由
裏テーマ:時間の流れを知る理由
■ひとこと感想
原作者のアイドル時代を知りませんが、その自伝を赤裸々に映像化した作品になっていました
クズ男との回想がやたら多くて、このキャラの目的がわからないまま終わってしまいました
ササぽんとの共同生活はゆったりしたもので、その根底には生活のリズムというものがありました
開始早々、心療内科医にズバリと言われてしまうのですが、言い得て妙だと思いました
物語は、映画の中で示されるように「人と会うことで人生のリズムが変わる」というもので、急ぎ足だった安希子の歩様が変わっていく様子が描かれていきます
クズ男と会う時にオシャレをしているのは性なのかもしれませんが、一縷の望みをもつところに弱さがあるのかなと思ってしまいました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画は淡々と進んでいくのですが、このリズムを心地よく思えるかは何とも言えません
観客の年齢層によって感じ方は変わると思いますが、個人的にはササポン世代に近いにので、この人物の言葉がどうして安希子に沁みるのかを興味深く見ていました
世代が近いと、言葉少ないササポンから「妻と別れた」ということは読めてきて、近しい人が亡くなっているのではないかと思わせます
ポロッとこぼす言葉と、力強く放つ言葉には別次元の背景があり、「人生はそんなに簡単には終わらない」という彼の言葉は真逆の意味があると言えます
映画は、赤の他人と過ごすことで浄化されていく安希子が描かれるのですが、それが起きた理由は「安希子の中にあった」こだわりというものが壊れたからなのかなと思いました
ササポンの存在は謎ですが、ヒカリが安希子に声をかけたのは、彼女なりに意味を感じていたのかなと思いました
■人生のリズム
本作は、アイドルとして人生の絶頂を迎えた女性が、その後落ちぶれて、赤の他人のおっさんと住むという流れになっています
この浮き沈みの激しさは映画からは伝わらないのですが、それは安希子役の深川麻衣にアイドル衣装を着て踊らせるということが不可能だったからだと思います
かと言って、回想シーンで別の女優を使うほど年齢も離れていないので、あえてアイドル時代を描いていないのですね
そのためか、「元アイドル」という肩書きの重量がほとんど伝わらず、原作者のアイドル時代を知っている人にしか、その落差というものは分かりません
ググったところ、2011年の紅白にAKB48グループとして出場したとのことで、SDN48のセンターまで上り詰めた人だったようです
アイドルにほぼ興味がないのでSDN48がすでにわからないのですが、活動期間は3年ほどで、SDNの意味は「SaturDay Night」から取られたもののようですね
シングルリリースの5曲をどれも知らず、その絶頂っぷりを示すのもなかなか難しかったのかなと思いました
とは言え、練習生からグループになれない人もいる中で、アイドルグループのセンターにまでなった人なので、そのきらめきを考えると、56歳独身と同居するという人生は予期せぬものだったと思います
人生にはいくつもの山と谷があるもので、ずっと登り続けていける人は一握りしかいません
それでも、登り続けたから幸せということもなく、何かしらの原因で転落する人の方が多いし、ステージが上がるごとに転落後の影響は大きく残ってしまいます
ただでさえ、日本は再起には厳しい国で、セカンドライフがうまく行く人の方が稀だったりします
でも、もうすぐササポンの年齢に近づく私の目線だと、紆余曲折から振り返った人生は意外と平坦に見えるものなのですね
そして、その紆余曲折にはリズムがあることがわかります
そのリズムは人によって違うもので、良い時代も悪い時代も数年ごとのサイクルで入れ替わっているように思います
このリズムは、渦中にいるときはわかりにくく、特に暗闇がいつ晴れるかというものは見えてきません
後になってわかるという厄介なものですが、ジタバタするほどにそのスパンというものが長くなっていくのですね
同時に、絶頂期も調子に乗りすぎると速く去ってしまうものなので、波長を探して、それに乗るという気持ちでまったりと過ごした方が良いように思えます
リズムというのは激しいとスパンが短く、穏やかだとその逆のテンポになります
急足で人生を歩むと短いビートの激しい曲になりますが、ゆったりとしたリズムで歩くと穏やかな曲調になります
そして、人生は転調を自分でも作れるし、不意に巻き込まれることもあるものだと言えます
なので、急ブレーキで転調しないように心がけることで、転調後の変化にすぐに慣れていけるのではないでしょうか
■人の言葉が刺さる理由
ササポンは何気ない感想をボソッと呟くのですが、それが安希子に刺さりまくっているという状態になっています
安希子は言葉を職業にしているので、言葉が持つ重みとか効能については人よりは優れています
でも、劇中の彼女は、ササポンの言葉が自分に刺さる理由には気づいていませんでした
ササポンは意図的に言葉を選んでいますが、それが説教にならないように配慮しています
それは、彼がボソッとこぼす時には、安希子の方を見ないのですね
あくまでも、二人の目の前の空間に言葉が落ちているという感じに演出していて、ササポンと安希子が対面でガッツリ話すのは「スポーツカーのことを揶揄うシーン」ぐらいだったりします
言葉は受け手が決めるもので、それをどのような受け止め方をするのかを発信者は決められません
でも、それを具体的な言葉に落とし込むのかとか、一般論に噛み砕くのかなどは選択できるのですね
そして、言葉の向いている方向を意識することもでき、真っ直ぐに安希子の目を見て話すことだってできたはずだと思います
でも、彼はそれを敢えてしないのですが、それは彼の人生観とか、経験によって、培われてきた「人を動かすためのコツ」のようなものだったと考えられます
ササポンは安希子の固定観念に気づいていて、それを意図的に壊そうとは思っていません
あくまでも、自分の思ったことを言葉にしていますが、時には思想誘導のように視点を変えさせていきます
それが何度かあって、安希子の心に柔軟性を持たせることに成功していきます
この辺りも「適当に」という感じで、彼は彼のリズムで人生を歩みたいので、安希子に敢えてよそ見をさせて、歩調を合わせるように転調を演出しているように思えました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作では、赤の他人と生活をするということになっていますが、そこまでガッツリと絡んでいるという感じはしませんでした
ササポンは普通のサラリーマンのようで、定時に出社し、帰宅すると自分で食事を用意して、好きなドラマを観るという暮らしをしています
軽井沢に別荘を持っているということで、そこそこ会社の中堅クラスの役職にあると思われ、結婚と離婚をしていることが仄めかされていました
離婚理由などにはふれられていませんが、感覚的には「二人の間に子どもがいて、何らかのアクシデントがあった」という印象がありますね
あくまでも映画の演出から想像するものなので、実際にはどうかはわかりません
29歳と56歳の年齢差で、安希子の方には恋愛感情がなく、ササポンの方は「親戚の娘さんを預かっている」という感覚になっていました
でも、身近にこの年齢差(29歳と54歳くらいかな)で結婚して、最近子どもが生まれたというカップルを知っているので、そういう方向に進むこともあったのかなと思ってしまいます
安希子は「人生が詰んだ」と考えていますが、この人生を俯瞰して「詰んでいる」と考える人の方が少ないように思えます
元アイドルの肩書きでライターをしている様子が描かれていますが、1記事1000円で数をこなしているとしても、包装工場で働けるだけの体力は持ち合わせていました
本当に人生に詰んでいる状態というのは、借金苦で返せる宛もなく、親類から絶縁で、身体的にヤバい病気を抱えているということになると思います
なので、詰んでいるのレベルが低く感じるのですが、これぐらいで詰んでいると考えてしまうのも、この年代の特徴なのかもしれません
映画では、元アイドルを強調しているのですが、この枕詞は最早マイナスのイメージしか思い浮かばないのですね
「元」というのは「その仕事を完璧にやり切って引退した」というものがないと、脱落した人というイメージになってしまいます
なので、アイドルだと絶頂期を迎えて、トップになって、そして「アイドルとしてやることがなくなった」という人が、セカンドキャリアとして女優をしたり、別の職業に就いたりするというものになると言えます
そう言った意味において、彼女がアイドルとしてやることは全てやったのかはわからないので、何とも言えない気持ちになってしまいます
ある年代になると「昔話」「武勇伝」は嫌われる枕詞になってしまうのですね
これはササポンが友人から子どもの話ばかり聞かされるというものと一緒で、「今のあなたはどうなの?」ということを話題にできない時に使われることが多くなってしまうからだと思います
現在の自分に自信があって充実していれば、過去の業績などに意味は無くなってしまいます
常にアップグレードしているので、過去の栄光は栄光では無くなっているのですね
なので、過去の話をするとすれば、それは失敗談とか稀有な体験などを酒の肴にするぐらいに留めて置いた方が良いと思います
ササポンの話も、今の話をしていることが多く、それは目の前にいる安希子の状況を角度を変えて表現しているだけに過ぎません
彼女が得意げに話す大手編集者との約束にしても、それは安希子自身の話ではないので、ササポンには興味がないのですね
それよりは、編集者のブッチに対する「変な媒体で書かなくて良かったね」という方が、安希子自身の話になっていくと言えます
主語が常に安希子であることが大事で、それも今この瞬間であることが必要で、それを満たした先にこそ、自分自身が歩む道が見えてくるものだと考えます
このようなブログの記事だと、視線を合わさずにポロッとこぼすということはできませんが、実生活において映画のようなシチュエーションがあるときは、話す内容によって視線を意識すれば良いと思います
受け手に委ねるものは視線を外し、どうしても伝えたいものは目を見て話す
これこそが、アドバイスが上手い人に近づけるための、秘訣のようなものではないでしょうか
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP: