■リトアニア発の新しい神話体系の構築と考えれば、映画の評価も少しは変わるのかなと思ったり、思わなかったり
Contents
■オススメ度
B級SFが好きな人(★★★)
リトアニアの映画に興味がある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.1.24(T・JOY京都)
■映画情報
原題:Эра выживания (サバイバルの時代)、英題:Vesper
情報:2022年、フランス&リトアニア&ベルギー、114分、G
ジャンル:遺伝子組み換えなどの影響で普通に住めなくなった世界で生きる少女たちの反抗を描くディストピア映画
監督:クリスティーナ・プオジーテ&ブルーノ・サンペル
脚本:ブライアン・クラーク&クリスティーナ・プオジーテ&ブルーノ・サンペル
キャスト:
ラファエラ・チャップマン/Raffiella Chapman(ヴェスパー:森に住む14歳の少女)
エディ・マーサン/Eddie Marsan(ヨナス:ヴェスパーの叔父、生存者グループの残忍なリーダー)
ロージー・マキューアン/Rosy McEwen(カメリア:ヴェスパーが助ける城塞都市の住人)
リチャード・ブレイク/Richard Brake(ダリウス:ヴェスパーの父、ヨナスの弟)
Melanie Gaydos(ジャグ:ヨナスのキャンプの奴隷労働者)
Edmund Dehn(エリウス:カメリアの父、城塞都市の主任科学者)
Matvej Buravkov(ボズ:ヨナスの忠実な子どもたち)
Marijus Demiskis(メッド:ヨナスの忠実な子どもたち)
Marijus Demiskis(オエド:ヨナスの忠実な子どもたち)
Markas Eimontas(モー:ヨナスの忠実な子どもたち)
Titas Rukas(ベック:ヨナスの忠実な子どもたち)
Markas Sagaitis(フィズ:ヨナスの忠実な子どもたち)
■映画の舞台
遺伝子組み換え問題で生態系が変化した地球「新暗黒時代」
ロケ地:
リトアニア:
ビリニュス/Vilnius
https://maps.app.goo.gl/VBRidyChq3WG4Ykn8?g_st=ic
■簡単なあらすじ
遺伝子組み換えなどの諸問題にて「新暗黒時代」に突入した地球では、一部の権力者が「城塞都市(シタデル)」にこもり、それ以外の人は迫害されて生きていた
シタデルからわずかな「種子」を提供されるものの、それは一度収穫されると死んでしまう植物で、城壁外では血みどろの奪い合いが起きていた
そんな世界で生きる13歳の少女ヴェスパーは、瀕死の父ダリウスを抱え、生命維持装置をつけながら、ドローンを介して会話を続ける生活を送っていた
ヴェスパーはバイオ工学に興味を持ち、独学で研究をしていて、「種子」の封印を解く鍵を探していた
ある日、ヴェスパーは森の奥に墜落した偵察機の残骸の中からカメリアと言う女性を救出した
彼女は城塞都市の人間で、同乗者は都市の権力者である父だと言う
そこで、ヴェスパーは秘密裏に探しに行くものの、その地を牛耳っている父の兄ヨナスに見つかってしまう
そして、ヨナスは瀕死のカメリアの父を殺し、ヴェスパーに同乗者を知らないかと迫るのであった
テーマ:遺伝子技術の負の遺産
裏テーマ:権力闘争
■ひとこと感想
リトアニアのダークファンタジーと言うふれこみで、評価がめっちゃ悪かったのですが、構わずに特攻
う〜ん、さすがに酷評されまくっているだけはある内容になっていました
世界観としては、ナウシカっぽいビジュアライズで、遺伝子操作の末に出来上がった独特の生態系と言うものが登場します
その中で城塞都市が出来上がり、宗教コミュニティ的なピルグリムと言う人たちがいて、さらにウイルスがいるみたいなごちゃ混ぜになっていました
主人公は見た目どっちにも見える感じで、助けるカメリアはお姫様っぽいルックをしていましたね
父ダリウスとの会話をドローンとするのですが、このキャラは販促を意識したキャラのように思えてしまいます
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
リトアニアとフランスの合作映画ですが、リトアニアの情報が無さすぎて、モブキャストは誰が誰だかわかりません
おそらくは上の二人のうちのどちらかがスキニーと呼ばれていた(役名が違うのでさらにややこしい)少年で、もう一人のヴェスパーに刻印をした少年であると推測されます
ロシア語のサイトなどを巡った結果、主要キャスト以外で名前が上がっているのはこの二人だけでしたね
でも、ロシア語の名前でググっても写真やSNSの類がほとんど出てこないので確かめようがありません
映画は、SF映画にありがちな設定てんこ盛りと言うところで、ジャグと呼ばれる有機生命体奴隷もどこかで見たことがあるようなビジュアルになっています
彼らがどのように作られたのかと言う説明はほぼなく、城塞都市の技術力で作られたのか、ヨセフが作ったのかなどほぼわからず、放浪民(ピルグリム)の目的や存在意義もほとんど説明されません
ウイルス発症でああなるみたいなざっくりした憶測がある程度で、彼らの塔に昇る意味もほとんどなかったですね
なんで外側を昇っているのかもわからず、中に階段とかあるんじゃないの?と思ってしまいました
映画は「説明がほぼなく、未解決」と言う最悪のオチになっていて、塔の上から種子を蒔くと言うのも意味がわかりません
あの量ならば、まずは手元で大事に育てて増やしていくことになると思いますが、腐敗した大地に蒔いて発芽しなかった終わるんじゃないかと思ってしまいます
城塞都市の描写が一切無いのは予算の都合だと思いますが、いくつか見えている宇宙船みたいなものがそれなのかすらわからないのは無茶だったように思いました
■映画の世界が生まれるとしたら(素人案)
本作は、遺伝子工学が非常に進んだ世界で、それによって生態系が変化し、普通の状態では人間は居住できないという状況になっていました
それがどのような流れで起こったかはナレーションで語られるだけで、詳細というものは全く分かりません
では、どのような状況が起これば、世界はこのような状態になるのでしょうか
生態系の変化というのは日々起こっていて、それが人間の行動由来のものもあれば、自然界の変異というものもあります
それらの影響を人間がコントロールすることはできず、意図的に起こすことも不可能であると思います
映画の生態系では、ディストピアにありがちな表記になっていて、植物の巨大化、食虫植物化、哺乳類は絶滅し、昆虫類が生き残っているという世界観になっていました
可能性が高いのが酸素濃度の変化で、通常体積比21%のものが変化し、哺乳類が生息できないレベルになったというものでしょう
可能性が高いのは低くなりすぎて酸欠になるというもので、一般的には18%を下回ると酸素欠乏に陥るとされています
植物は光合成をしますが、根の部分には酸素が必要となっています
ちなみに土中の酸素濃度は最高20.9%とされていて、空気中の酸素濃度が18%を下回った段階でも植物の根に必要な酸素濃度は維持できると考えられます
土中の酸素濃度21%を100とした場合、5%にまで減ると27%(4分の1)まで根伸長率が下がり、2%になると2%(50分の1)まで下がることになります
この根伸長率は地上部の生体重にも影響を与え、5%だと84%、2%だと32%減少するという研究がありました
水害などで土中の酸素濃度が起きた時の植物の生育状況を調べたデータになりますが、これに対して「酸素供給剤」というものを与えることによって、土中の酸素濃度というものが回復することになるのですね
仮に待機中の酸素濃度が10%ぐらいまで減少(16%で危険、10%以下で致死率上昇)し、土中も同じように減少したとすると、植物の方は耐えるけど、地上にいる生物は死に絶えるということが起こるように思えます
そして、死んだ動物はそのまま植物の餌としての土壌を形成し、酸素を吸う動物の減少によって高酸素濃度状態になるのではないでしょうか
高酸素濃度状態になることで、植物の育成に変化が起きて巨大化するということが起きる
昆虫が生き延びた理由は分かりませんが、土中にいた卵が低酸素濃度状態を耐えたということになれば、孵化したタイミングによっては生育できたのかもしれません
以上、文系の素人が頑張って考えてみた世界観の構築案でした(絶対間違ってると思うけど)
■勝手にスクリプトドクター
映画は、絶賛酷評の嵐となっているのですが、これは世界観の説明がほとんどなく、これまでの既存のアイデアを引用して構築しているように見えるからなのだと思います
巨大植物、巨大昆虫、哺乳類は絶滅しているけど、人類だけは生き延びていて、シタデルに逃げたものもいれば、下界で生き延びた人類もいるという設定になっています
おそらくは、地上で何らかの大規模な変化が起き、その対策としてシェルター(シタデル)を建設し、そこに逃げ込んだのでしょう
そして、その天変地異が治って、人間が生きられる世界に戻ったことによって、下界でも人が生きていけるギリギリの環境を保っていた、というものになると言えます
平穏が訪れると、シタデル内でも別の欲求に声が高まり、何らかのレイヤーが形成されます
そして、シタデルを追われたものたちがコミュニティを作り上げていて、さらにシタデル内では「作業用のジャグ」を大量生産し、奴隷を人類に規定せずに済むようになった結果、盤石な体制を取れるようになったのでしょう
ジャグに知能を持たせること、幾度となく栽培できる植物の研究は下界では禁止されていて、生体活動の限界値をシタデル側がコントロールしている状態になると言えます
下界に住むのは「基本的に罪人」で、そのコミュニティができたために、ある一定の子孫が誕生しつつある、という「天変地異からさほど時間が経っていない」ということは何となく想像できます
おそらくは2世代目くらいの歴史で、それによってヨナスのような恐怖政治が展開し、今に至るものと考えられます
ヨナスは子どもたちの血を集めていましたが、これをシタデルに献上することで食料などを得ていたのでしょう
この血が何に使われるのかを完全に無視しているシナリオになっていますが、考えられるのは「シタデルの住民のための栄養素よりは、ジャグを生成、維持するために必要なもの」という印象が強いと思います
映画のラストは、ピルグリムの塔に登って、品種改良できた種子を蒔くという流れになりますが、この際に「塔の外側を登ること」「ピルグリムが反抗しない理由」「塔が建てられている理由」などが一切無視されています
それゆえに「何が起こっているかわからない」まま映画が終わり、絵的には新しい世界が起こったように見えますが、結果として何が変わっていくのかがわからなくなっています
このあたりの投げっぱなしジャーマン状態が、観客をさらに「?」の世界に導いているように思えました
本作を改変するならば、製作者の中で作り上げられている世界観の論理的な説明描写、ピルグリムの塔関連の意味を提示した上で、この世界がどうなったかを描くことでしょう
風に乗って飛ばされた種子が無事に生育を果たしたのかは重要で、本来ならば「試験的に手元で育成をする」という流れになります
この実験(遺伝子組み換えの成功の提示)が行われて、種子がたくさん増えた段階で、塔から放つというのは理解できます
でも、本作の場合は「その種子が正常に次世代を作る植物となっているのか」を検証しないまま放たれているので、ヴェスパーの中でだけ完結している結論がそのまま行動に乗っています
この構造は、制作側が抱えている「自分だけは理解している」というものと同じようにさえ思えてしまいます
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作の原題は「Эра выживания(ロシア語)」で意味は「サバイバルの時代」というもので、英題が「Vesper」となっています
このVesperは主人公の名前で、これだけで主人公が女性であることがわかるのですが、それは言葉の語源が「宵の明星を意味するギリシア語Hesperos(=ヘスペロス)から来ている」からなのですね
宵の明星とは「夕方に見える金星」の意味があり、それは彼女が「新暗黒時代」の中で輝く金星のような存在である、という意味になると思います
ヴェスパーはおそらくこの時代に突入して2世代目となり、その名前は父がつけたものだと考えられます
新暗黒時代に突入し、その中でも民を導く光になって欲しいというもので、もし彼女が子どもを産むなどして、次世代を作ることになれば、その子どもは「ポースポロス」にちなんだ名前になるでしょう
もしくは、彼女の夫となる人物がその名を冠しているかもしれません
本作は、ある意味神話的な物語になっていて、創世記を意味する流れを汲んでいくと思われます
ある種の壮大な叙事詩の幕開けを描いているので、意味のわからない展開になっているのは何となく理解できます
各種の神話を読んでも、理屈では通らない部分が多くあり、登場人物の行動はどこか意味不明で観念的なところが多いのですね
おそらくはそう言ったものを作ろうとした意識が強いのだと思いますが、描かれている多くの部分にリアリティを持たせようとしているので、どうしても論理的な展開を求めがちなのかなと感じました
どの神話がモチーフになっているのかまでは分かりませんが、全ての物語は神話に通ずるというものがあるので、リトアニアを含む諸国のあたりで展開されたものがベースになっているのかなと感じました
リトアニアの神話といえば「バルト神話」で、バルト地域はヨーロッパに残されたサイフォの異教徒の地として知られ、12世紀末以降の異教徒撲滅を目論んだドイツ騎士修道会の最後の舞台となった場所でした
その意味合いを考えると、神話や土地の復興というものが描かれ、新暗黒時代というものが現在の体制を意味しているように思わなくもありません
監督のクリスティーナ・ブオジーテはリトアニアの監督(共同監督のブルーノ・サンペールの国籍はわからず)なので、自国の歴史と現在の状況というものがベースにあると考えられます
映画のインスピレーションはコロナ禍からイメージを取られたとパンフレットのインタビューにはありましたが、劇中の植物などはジャン=マリー・ペルト(Jean-Marie Pelt)の影響を受けていると答えていました
また、『ファンタスティック・プラネット』の作者ルネ・ラルー(René Laloux)の影響を受け、宮崎駿からも影響を受けていると語っています
これらのクリエイター、研究者からのインスピレーションを受けた作風になっているので、日本でもお馴染みな感じになっているのかもしれません
映画は、脳内世界観の構築は十分だと思うものの、アウトプットでは足りない部分が多かったように思います
でも、本作を単なるSFと見るか、新しい神話の構築と見るかで評価が変わるような感じがします
そう言った意味では、ある程度のバックボーンが見えないと評価しづらい作品だとは思うのですが、「リトアニア初の新たな神話体系の確立」みたいな宣言の方が良かったのかな、と感じました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/100752/review/03405283/
公式HP:
https://klockworx-v.com/vesper/