■WALK UPは登っていくという意味だけど、映画はやばいところに降りて行っているように思えます


■オススメ度

 

ホン・サンス監督作品が好きな人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2024.7.1(アップリンク京都)


■映画情報

 

原題:탑(タワー)、英題:Walk Up(歩いて上がる)

情報:2022年、韓国、97分、G

ジャンル:旧友の賃貸物件に住むことになった映画監督を描いたヒューマンドラマ

 

監督&脚本:ホン・サンス

 

キャスト:

クォン・ヘヒョ/권해효(ビョンス:最近賞を獲った映画監督)

 

イ・ヘヨン/이혜영(ヘオク:ビョンスの旧友、インテリアデザイナー、建物のオーナー)

 

ソン・ソンミ/송선미(ソニ:1階でレストラン、2階で料理教室をしているシェフ)

シン・ソクホ/신석호(ジュール:ソニの店で働いているウェイター)

 

パク・ミソ/박미소(ジョンス:ビョンスの娘、インテリアデザイナー志望)

 

チョ・ユンヒ/조윤희(ジヨン:ビョンスと関係を持つ不動産屋)

 


■映画の舞台

 

韓国のどこか

 

ロケ地:

韓国のどこか

 


■簡単なあらすじ

 

映画監督のビョンスは娘ジュンスと一緒に、旧友のデザイナー・ヘオクのアトリエを訪ねることになった

ジュンスの夢はインテリアデザイナーで、そのイメージを膨らませるためのものだった

 

ヘオクのアトリエは地下1階、地上4階の建物で、彼女の作業場は地下にあった

1階のレストランと2階の料理教室はソニという女性シェフが借りていて、ウェイターのジュールと二人でひと組限定の予約客をもてなしていた

 

3階は居住スペースで、4階はアトリエとベランダになっていた

近く住人が出ていくことになっていて、ヘオクは「監督なら半額で良いわよ」と気前の良い話を持ちかけた

 

映画は、全体像が描かれたあと、地下からスタートし、ビョンスはそれぞれの十人と交流を持っていく様子が描かれていくのである

 

テーマ:人生を豊かにするもの

裏テーマ:男は女でどうとでもなる

 


■ひとこと感想

 

ホン・サンスの真骨頂のような作風で、長回しと何気ない会話劇がメインとなっていました

物件案内が終わると地下に戻って、そこから1階上がるごとに「話し相手が変わる」という感じになっています

さらに時間が結構過ぎているようで、呼び鈴の音が鳴ると、階と相手が変わるという構成になっていました

 

映画では、ほぼ女性を相手にするビョンスが描かれ、地下は娘、1階はジュール&ソニ、2階はソニ、3階はヘオク、4階はジヨンという感じに分かれていました

2階から上の3階は同棲しているような感じになっていて、時系列はわからないものの、付き合っては別れて上の階に行くという妙な構成になっていました

 

面白いかどうかはなんとも言えませんが、どんどん自堕落になっていくビョンスを見ていると、男は女次第なんだなあと思わされますねえ

てか、娘いつの間にかフェードアウトしていましたねえ

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

全編モノクロ映像のために、色で相手を判別できないのは結構キツいものがありました

場面が切り替わっていくときに一瞬「誰?」状態になってしまい、話し方(訳し方)で何となく人が変わったようだ、という感じに見ていました

 

会話劇を字幕で観るのはとても疲れるのですが、特に字幕の白とシーツの白が重なった瞬間は、何を考えて字幕つけているんだろうと思ってしまいました

字幕に集中していると、突然ベルが鳴って場面が変わるの繰り返しになっていて、あまり好みのスタイルではありませんでした

 

コース料理をたらふく食べたと思ったら、いつの間にかベジタリアンにされているし、最後は焼肉を食べていましたね

何となく、尻に敷かれている4パターンを見ているような感じでしたが、モテる男は辛いよ、という感じなのかもしれません

 


レイヤーの構造

 

本作は、わかりやすいレイヤー構造になっていて、地下から4階までの間で、多種多様な女性と相対するビョンスを描いていました

1階部分は物語の導入で、4階のアトリエまで案内した後に地下に行っています

そこは作業場で、ここでメインになるのは娘とヘオクになっていて、娘の進路相談などが展開されます

いわゆるビョンスの親としての立場ということになります

 

2階部分はレストランのオーナーのソニとの時間で、当初はファンと監督という立場で、いわゆる職業人としての立場が描かれていました

映画の出資者が逃げてしまい、というエピソードもあって、娘も今は近くにはいないことが仄めかされていました

その後、二人は3階に上がり、いつの間にか同棲しているという状態になっています

夫婦には至りませんが、恋人関係というもので、それもやがて終わりを告げる、という感じに描かれていました

 

最後は4階&リビングになっていて、ここでは不動産屋のジヨンと恋人関係になっています

通い妻のようなジヨンがいて、自堕落な生活をしているという感じになっていました

映画制作(仕事)からも遠ざかり、家主のヘオクからも嫌味を言われる始末となっていました

 

ラストでは、第1章の前の時間軸に戻り、これらの体験はビョンスが見た夢のようにも思えます

この段階では、新作映画の頓挫の話は出ていなかったので、映画制作が止まったらどうなるかというものに思いを馳せていた、という風にも捉えられますね

ある種の強迫観念のようなものがあって、それは映画のない自分には何が残るのかを畏れているようにも思えていきます

そして、上の階に行けば行くほどに、人間の精神的な死が近づいているように思えるのも特徴的な描かれ方であるように思いました

 


男は結局女次第

 

本作は、ビョンスと女たちという構造になっていて、父、職業人、恋人、恋人(ヒモ)という感じに描かれていました

威厳のあった男性性はほとんど残っておらず、仕事がなくなったと同時に父の元を去った娘というのは象徴的なように思えます

そこからは、ファンと通い妻に世話されるというもので、ファンであるソニには他に相手がいることが仄めかされています

その相手との不和がこの時間を生んだのかはわかりませんが、ソニとビョンスの間には愛と呼べるものは育っていないことになります

 

通い妻の方は、ビョンスに対する想いはありますが、経済的な観点では通い妻の方が主導を握っている状況でした

悪い意味でペットのような状態で、何もしなくて良いから、ここにいてくれれば良いというものなのですね

それに対して、ヘオクは嫌味を言うのですが、これは自立している女性の目線として、友人としての苦言のようなものだと思います

 

ビョンスは分かりやすく没落していくのですが、経済的な困窮には至っていません

彼をぬるま湯に浸ける存在がいて、そのままで良いと言う人と、それではダメだと言う人の間にいることにも無自覚なように思います

自分にとって都合の悪いことを言う存在(ヘオク)を遠ざけて、この瞬間を支えてくれる存在(ジヨン)に身を委ねています

この飼い慣らされている状態まで堕ちるのが本作の特徴で、そこに至るまでは自然に転がっているように思えます

 

この流れを見ると、男の自立は女次第というふうにも見えてきます

ある意味、仕事(映画)が男のステータスのようなもので、それを失った際に「そこに立ちかえられるかどうか」というのは、そばにいる女性次第ということなのでしょう

ソニの場合は「過去の栄光に縋っている」という状況で、それ以上のものは何もありません

自尊心を傷つけないように振る舞いますが、本気で彼を支えようとは思っていません

ジヨンの場合は「そんなことどうでもいいじゃない」という状況で、その日が楽しければそれで良いし、過去も未来もどうでも良いというスタンスになっていました

 

そんな彼に苦言を呈するのがヘオクで、彼女だけが唯一「耳が痛いことを言ってくれる」のですね

この苦言に耳を傾けて、自分を再起動できるかどうかは、馴染んでいる環境から自分を引き剥がセルカどうかにかかっています

それを自分の意思でできるかどうかというのをシミュレーションした結果のようにも思えてしまいますね

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作は、実に取り止めのない男女の会話劇になっていて、劇的なことは全く起こりません

ビョンスが眠りにつくとか、呼び鈴が鳴るというので場面転換が起こっていて、かなりの時間を一気に飛んで行ったりします

ヘオクは監督なら半額で貸すと言って、そこに甘えているのだと思いますが、そのお金がどこから出ているのかといったリアルな描写はありません

おそらくは、ソニも店を畳んでいるし、それによって家賃収入も途絶えているので、ビュンスからもらう半額の家賃だけでは生活していけないのですね

なので、ヘオクは「映画はもう撮らないのか」と聞くのですが、それは「もう仕事をしないの?」という意味に近いと思います

 

ヘオクは家賃の値上げもしくは、ビョンスの退去を考えているのですが、そうしないと彼女自身の生計も成り立たないと言えます

結局のところ、自分の発言なので強く言うことができないのですが、仄めかしてもダメな存在にビョンスがなっていたのですね

これは、ヘオクが持つビョンスのイメージとかけ離れているのですが、実は本性がこんなに自堕落だった、とも言えます

それは、ヘオクの男の見る目の無さを露呈しているようにも見えるので、女性にそう思わせている男性というのも大概のように思えました

 

映画は、元の位置に戻るというもので、これらの出来事が本当にあったことなのかは分かりません

個人的な感覚だと「瞬間的に見た妄想」で、潜在的な恐れというものが突発的に現れたのだと思います

この建物はビョンスが映画監督のままだったら肯定してくれる人しかいないのですね

ヘオクも自慢の友人だし、娘も誇らしい父親、ソニも尊敬する映画監督に見えると思います

 

これらの肯定的な部分が無くなった際に現れるのが「今のままで良い」というジヨンで、本来ならばビョンスの前には現れないタイプの女性だと思います

彼女は「神様を見た話を聞かせて」というのですが、単にその話に興味があるというよりは、ビョンスを別の世界に連れていく存在(もしくは思想)というものを確かめようとしているのかな、と感じました

それはジヨンにとってはリスクのようなもので、それを断ち切らせればジヨンの勝ちのように思えます

でも、最後にふりだしに戻ったということは、神様の話はビョンスを現実の世界に立ち戻らせるきっかけを与えた、ということになるのでしょう

それを考えると、随分と遠回りな思考実験のように思えますが、現時点で抱えている恐れを具現化することで、現在の自分のリスクを減らしているようにも思えてしまいます

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/101685/review/03993715/

 

公式HP:

https://mimosafilms.com/hongsangsoo/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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