夜を越えるために必要なものは、眠りであり、思考の整理であり、執着からの解放であるのかもしれません


■オススメ度

 

雰囲気のある映像体験を楽しみたい人(★★★)

ネタバレ厳禁系の映画が好きな人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2022.10.26(アップリンク京都)


■映画情報

 

情報:2021年、日本、81分、G

ジャンル:売れない漫画家が大学時代の友人との旅行で想い人と再会するスリラー映画

 

監督&脚本:萱野孝幸

 

キャスト:

高橋佳成(時河春利:漫画化志望のフリーター)

青山貴史(沢村賢都:春利の大学時代のゼミの同期、雑誌編集者)

中村祐美子(二ノ宮小夜:春利の大学時代のゼミ仲間、春利の想い人)

 

AYAKA(中道百合:春利のゼミ仲間)

桜木洋平(桜木洋平:春利のゼミ仲間)

井﨑藍子(鉄中聡美:春利のゼミの先輩)

 

時松愛里(滝谷悦子:春利の現在の恋人、同棲相手)

 

青木あつこ(須田銀狐:祈祷師)

轟勇一郎(鳥畑:銀狐の弟子)

稲口ロマンゾ(兎沼:銀狐の世話人)

 

荒木民雄(旅行先の橋の近くに出没する謎の男性)

 

長谷川テツ(イツキ:祈祷師)

あやんぬ(ナオコ:イツキの恋人)

 

有馬和博(食堂の店主)

加藤志津子(食堂の店主の妻)

 

にこにこぷんぷん(警察官)

井口誠司(境界の向こう側の人)

 


■映画の舞台

 

日本のどこかの地方都市

 

ロケ地:

佐賀県:多久市

多久市役所B1「市民食堂」

https://maps.app.goo.gl/qtnHWamdtutVmQ5k9?g_st=ic

 

佐賀県:唐津市

観音大橋(このへん)

https://maps.app.goo.gl/HP6qMQQDP8vviJfG8?g_st=ic

 

ロフティ七山

https://maps.app.goo.gl/PafzqU8TptZYfXmB8?g_st=ic

 

七ツ釜

https://maps.app.goo.gl/71t7p1DzACM6zu1m6?g_st=com.microsoft.onenote.shareextension

 

佐賀県:嬉野市

あかつき食堂

https://maps.app.goo.gl/2DQ2f3odfaDZjYXt8?g_st=ic

 

佐賀県:松浦郡

有田ポーセリンパーク

https://maps.app.goo.gl/otVg3dgWQr1HB3Ks8?g_st=ic

 

佐賀県:武雄市

森とリスの遊園地 メルヘン村

https://maps.app.goo.gl/T564MYAw2AUKbroS8?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

漫画家志望の春利は、恋人・悦子と同棲していたが、半ばヒモ状態で、漫画賞に応募しては落選という日々を繰り返していた

悦子は漫画家を諦めて定職に就くことを望んでいたが、春利は諦められないまま、目を閉じて「あの女性」を脳裏に浮かべている

 

ある日、悦子の小言から逃げるように大学のゼミ生たちとの一泊旅行に参加した春利

久しぶりの仲間たちと何気ない話をしながら、彼らは山奥のロッジに向かった

 

それぞれの話で盛り上がる中、瞬間的に停電が起きてしまう

 

そして、電気がついた時にはもう1人の参加者が増えていた

それが、春利の頭から離れない女性・小夜だったのである

 

テーマ:創作への傾倒

裏テーマ:絶望が生み出した執着

 


■ひとこと感想

 

ほとんどネットで情報が拾えない作品で、ツイッターなどでは「ネタバレなしの方が良い」という声が多かったですね

なので、ほぼポスタービジュアルのみの情報で鑑賞することになりました

 

ブログ用の下調べもそこそこに済ませて突入しましたが、本当に何の情報もない方が楽しめる内容になっていましたね

 

映画はゼミ生のメンバーが社会人になって、3年くらいの空白の末に再会するというもの

そこで、過去の恋人?を思い出してしまい、実際に再会する、みたいな流れになっています

 

これ以上書くとネタバレになりそうなので控えますが、主人公がそこに足を踏み入れたのか、そこに呼ばれたのかは見解が分かれる感じでしょうか

おそらくは監督の等身大のようなキャラがそこにいる気がしたので、クリエイターとしての性なのかなと思ったりもしましたね

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

うだつの上がらない漫画家志望のフリーターが、彼女に金を借りて一泊旅行に行くのですが、冒頭から負のオーラが全開になっていました

待ち合わせ場所での先輩との距離感とか、その後の漫画披露からの微妙な空気など、不穏な雰囲気が常にありましたね

停電の後に小夜が登場しますが、彼女が春利を見る視線が「ホラー感満載」でめっちゃ怖かったです

 

春利が漫画家志望のフリーターで、年齢的には25歳前後でしょうか

ファミレスでバイトをしながら、バイト先のツテで今の彼女がいる

でも、その関係はすでに破綻しているという荒くれた生活をしていました

 

友人の賢都からの提案も無下にしてしまうし、いわゆる人が自然と離れていくタイプのように見えてしまいます

映画の後半はガッツリとオカルト系ホラーでしたが、どこからが夢で、どこからが現実なのかはちょっとぼやかしている感じになっていました

 


漫画家志望という「夜」

 

個人的には創作活動をしていて、色んな賞に出したこともありますが、ガチで小説家になりたいと思ったことはありません

賞に出したのも、自分の書く能力の実測値を知りたかったからで、原稿用紙100枚なら何日かかるとか、推敲に何日かかるなどを調べていました

賞に受かるかどうかは、その賞が求める作品の最適解があれば近づくという印象がありますが、下読みをしていただけるスタッフさんの好みと合致するかどうかという運の要素は結構あると思います

 

映画の春利は「不条理ファンタジー」を描いているのですが、一つの作品に随分と時間をかけているようでした

思い付いたら書き足そうとするタイプで、旅行にも原稿を持っていくのですが、本心は「何かしらの評価がほしい」と思っていましたね

漫画の世界観が読者に伝わっていなくて、聡美先輩は1ページ目くらいで「違うわ」という感じになっていて、「読みたくない理由」を瞬時に探していました

唯一、小夜だけがしっかりと読んでくれるのですが、これが春利の見ている妄想というのが悲しいところだと思います

 

漫画家志望のフリーターという立ち位置は、何者でもないと言い換えられると思います

ジャンルも不条理ファンタジーで一般受けせず、そのジャンルに興味のない人に対して明確に伝える言語能力はありません

おそらくは「何を描いているかわからない」というタイプの漫画で、「理解できない読者が自分のレベルについてきていない」と思い込んでいるのだと想像できます

この手の作品は「感覚的に合うかどうか」という感じになっていて、その感覚を共有できる相手に見つけてもらえないと漫画家としてデビューすることは難しいと思います

 

漫画家を志望している間に彼がフリーターを選択しているのは、時間が自由に作れるからと錯覚しているからでしょう

実際にフリーターが時間を持て余せるかどうかは職場にもよりますし、仕事上でのストレスをプライベートに持ち越すかどうかもわかりません

春利はファミレスでアルバイトをしている設定ですが、ファミレスという職場はクリエイターのアルバイト先としてはかなり微妙であると言えます

何かしたアイデアが浮かんでもメモることもできないし、空き時間に他のことができません

むしろ、普通に会社員で事務仕事をしている方が「仕事をするふりをしながら何かをする」ということができたりもします

 

個人的な話をすると、私が今の救急事務をしているのは「急患がいない時は自由」という業務内容だからです

今はコロナ禍でひっきりなしだったりと、その日の計画を立てることはできませんが、ファミレスで立ち仕事をしているよりはよっぽど創作活動ができると思います

かつて原稿用紙100枚程度の作品賞を目安に小説を書いた時は、執筆期間7日間、推敲14日間で仕上げることができました

NOVEL  DAYSのページに載せている作品もすべて、仕事の合間に書いたもので、クオリティは高くありませんが、やろうと思えばできる職種だったりします

 

春利には漫画家になりたいという欲求はありますが、方法論などが具体的ではないように見えます

漫画家志望の「夜」から抜け出すためには、朝を迎える時にどうするかとか、そもそもの「夜の過ごし方」について深く考える必要があります

根源的な欲求として、強い作家願望があるのかという内省も必要で、作品を世に出したいだけならば現在では無償で発表する場はたくさんあります

漫画家という職業を選ぶとしても、それを続けるためのビジョンは必要で、目標を明確にして、手段について考えが及び、そして行動に移し始めて、ようやく夜明け前の一番暗い刻にたどり着けるのではないでしょうか

 


創作活動という「夜」

 

創作活動は自分の中にある様々なものを「かたち」にするもので、それが文章だったら小説になるし、絵だったら漫画になるし、といった具合に、「かたち」にするための表現方法は多彩であると思います

春利はその中で「漫画」という表現方法を選び、ジャンルを「不条理ファンタジー」に定めていました

でも聡美先輩から訊かれた時には、「不条理ファンタジーかな?」という弱々しいものになっていて、表現ジャンルが明確ではないという印象がありました

彼が不条理ファンタジーに行き着いた理由は映画内から読み解くことは難しいのですが、常日頃から不条理を感じていて、それをファンタジーに落とし込むというスタイルから考えると、「今までの自分の人生は外的要因によってうまくいっていない」と考えていると言えるのかもしれません

 

自分にとっての不条理は、相手にとっての条理であり、不条理に感じる背景が共感されてから、読者も作品の中から不条理を読み解くことができます

その理を描くための手法がリアリズムではなくファンタジーになっているということは、不条理を直接訴えるのではなく、間接的な寓話を通じて世界観に不条理を落とし込むという感じなのかなと推測します

春利の対話の多くは「直接的な表現を避ける傾向」が見受けられますが、相手の発言を直接的表現に言い換えるという行動が見られます

恋人・悦子との漫画賞落選の連絡でも、相手の意図は汲まずに「自分に刺さった矢を具現化しよう」としていて、自分本位の結論を相手に投げつけて一方的に電話を切っていました

 

映画に登場する春利の漫画は、都会に疲れた主人公が漁村に出向いて、そこである青年と会うという物語でした

そこで、二人は意気投合をして、幸せな時間を共有します

そんな折、素潜りをした際に、海底で猫のぬいぐるみを発見しました

パンフレットにはここまでしか載っていませんでしたが、彼がバラまいた原稿の量からすると、おそらくは30ページの読み切りが「一応は」完結しているというものだと思います

 

この漫画の中に不条理さがあるということは、主人公の過去がそうだったというものと、理想の友人と出会う中でこれから不条理が起きるかのどちらかになると思います

過去と連動するように未来で不条理が起きる物語として、その視点は春利に重なるものでしょう

不条理を起こすものが何かまではわかりませんが、猫のぬいぐるみによって何かが起こることは推測できます

主人公は外部から来た人間なので、その漁村の中で見ないふりをしてきた問題が可視化されるというのが一般的な流れかなと思います

海底に猫のぬいぐるみがあるという事象から紐解くには、理想の友人の家族か恋人、あるいは子どもが海で死んだというところに行き着くような気がします

 

この漫画で何が起こるかはわかりませんが、主人公=春利であると考えると、彼の身に起こること(=漁村での仕打ち)が彼にとっての不条理になるということです

言い換えると、漁村の人々の条理を主人公は理解できず、それによって都会と同じような感情から逃れられないという流れになるのかもしれません

また、自分の心の外で起きていることを直接的なものにしたがるとしたら、漁村で起きた忘れたい過去を再び彼らの前に突きつける役割を担い、そうすることによって彼の居場所が失われることになるのかなと思いました

 

作品の中で起こることは、作者の投影であり、近しい人の投影であると思います

なので、主人公の動きそのものは春利の思想がそのまま乗り移るものとなり、主人公が受ける仕打ちは「春利の想像の範囲内の不条理」になるでしょう

彼が「実体験を向こう側から見ることができれば作品の質は上がってくる」と思いますが、一次で落選するというのはどのキャラクターにも同じ角度で自分が投影されていて、どれもが同じに見えるからなのかなと思ったりもします

実際に作品を見ていないのでわかりませんが、彼は一つの作品にこだわり続けているという描写があったので、投稿した作品は未完成で落選は予期していたことでしょう

それでも敢えて彼が悦子に強く当たるのは、おそらくは関係を解消したいという願望があって、その機会を得たからということで、そう考えると彼は外的要因を用いて、そこに感情を乗せる卑怯な人間なのかなと思いました

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

この映画はあるクリエイター志望が「夜」にどっぷり浸かっていたものの、一泊旅行を機に朝へと向かうという流れになっています

旅行で小夜と再会し、そこで自分の気持ちを再確認していました

でも、小夜と約束をしたことで事態は急変し、呪いに晒される中で選択を迫られるという流れになっていました

呪いを解くために様々なことをしますが、そのどれもが春利を揶揄するものになっていて、まさに不条理に晒されているという状況が続いています

 

パンフレットの表紙にはタイトルが書かれていて、「越」という字が斜めに切れ込みが入っていました

おそらくは「夜は越えるものではない」というメッセージがあって、同化するとか、浸ることが夜明けに通じるのかなと感じました

夜に心の中を覗けば、そこにあるのは闇で、朝に覗けば希望が見えるかもしれません

 

映画は映像体験として現実と空想のはざまを漂うかのような感覚を与えてくれます

確かに春利に起きていることは不条理に見えるのですが、彼をその世界に連れて行ったものは自分の選択に他ありません

自分の選択が不条理であるはずがなく、その連鎖の先にある世界というものは、自分側から見えない条理によって構成されています

小夜がこの世を去ったことが春利にとって不条理でも、彼女にとってはそうではない

同じように、賢都が春利にドッキリを仕掛けるのも、賢都にとっての条理だったりします

 

賢都という人物は自分が扱っているものを信じていないのですが、それを欲する顧客(視聴者)に向けて、供給している立場にありました

彼は視聴者側の視点に立って見たいものを見せるというクリエイターであり、言うなれば春利の活動の正反対に位置するものです

その彼が春利に仕掛けるのは、彼なりの理由があり、そして一連の騒動は春利に変化をもたらしていきます

賢都の行動によって、これまで具現化されなかった春利の想いというものは明文化され、そうして、彼の作品の中に小夜が落とし込まれていきます

 

クリエイターは内面にある引き出しを使って、想像したキャラクターの中に自分を投影する生き物です

体験こそが血肉となり、それが多い人ほど多彩な作品を生みます

春利はファンタジーを描こうとしますが、ファンタジーの世界は脳内世界を抽出して映像化する必要があります

それに必要な要素は思考の言語化であり、漫画なら描写化ということになり、映像作品なら映像化ということになります

 

自身の中にあるものを表現するときに、映像と時間を使えるのが映像作家としての本質であり、時間の経過というもので様々なものを描いていきます

その中で描かれる登場人物の変化というものは、クリエイター側が規定する時間の流れに拘束されています

この時間の流れと展開される内観が合致する場合、人は映像作品に感銘を受けるのではないでしょうか

そういった意味において、本作で描かれている主人公の葛藤というものは、何かを生み出そうとしたことのある人にこそ響く内容なのかなと感じました

 

ラストシーンでは、机に向かって漫画を書く春利が描かれています

表情が見えないところに面白みがあって、部屋一面には小夜と思わしきキャラクターの絵がたくさんありました

彼はギフトを手に入れて、その貴重な体験を漫画に落とし込んでいるのだと思います

そこで主人公と小夜の関係性をどのように紡いでいくのかは分かりませんが、それは春利にとっての条理であっても、小夜にとっては不条理だったりするのかもしれませんね

 


■関連リンク

Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://movies.yahoo.co.jp/movie/384523/review/2e0e4a73-0089-4a5e-858c-c4cc3c4c592d/

 

公式HP:

https://klockworx-v.com/yorukoe/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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