■静かなる水面に落ちたるは、紅き情熱と怒りに満ちた彼女の分身だったのかもしれません
Contents
■オススメ度
女の怖さを体感したい人(★★★)
筒井真理子さんを堪能したい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.5.30(イオンシネマ久御山)
■映画情報
情報:2023年、日本、120分、G
ジャンル:夫の失踪によって変化した妻が、夫との再会によって本性を表していくヒューマンドラマ
監督&脚本:荻上直子
キャスト:
筒井真理子(須藤依子:「緑命会」を信仰する主婦、スーパーの店員)
光石研(須藤修:失踪していた依子の夫)
花王おさむ(依子の義父、修の父)
磯村勇斗(須藤拓哉:依子の息子)
津田絵理奈(川上珠美:拓哉の婚約者)
安藤玉恵(渡辺美佐江:依子の隣人)
江口のりこ(小笠原ひとみ:「緑命会」の信者)
平岩紙(伊藤節子:「緑命会」の信者)
キムラ緑子(橋本昌子:「緑命会」の幹部)
木野花(水木:依子の同僚、清掃員)
黒田大輔(スーパーのマネージャー)
柄本明(門倉太郎:スーパーの難癖客)
ムロツヨシ(ホームレス)
原田麻由(水木の担当看護師)
■映画の舞台
日本のどこかの地方都市
ロケ地:
東京都:文京区
湯島天満宮
https://maps.app.goo.gl/WAe1HKgEozy6pdyc7?g_st=ic
東京都:渋谷区
東郷神社
https://maps.app.goo.gl/HLLdrb3XgqKAcJNh8?g_st=ic
東京都:葛飾区
レンタルスペース お花茶屋 森谷邸
https://maps.app.goo.gl/oNCyFwiC3gakPQ2p9?g_st=ic
神奈川県:横須賀市
マダレーナカフェ
https://maps.app.goo.gl/t52mznspz5bi9FhD9?g_st=ic
千葉県:四街道市
四街道中央公園(路上ボランティア)
https://maps.app.goo.gl/x7fYM815rDea3bfx6?g_st=ic
千葉県:柏市
リフレッシュプラザ柏(プール)
https://maps.app.goo.gl/sdGZ5sPJwp2VxDaY7?g_st=ic
群馬県:高崎市
まるおか(スーパー)
https://maps.app.goo.gl/uM3rEH6SqmA1dpKu5?g_st=ic
■簡単なあらすじ
夫・修を支え、息子・拓哉を育て上げた依子だったが、震災の余波が原因かわからないまま、夫は失踪ししてしまう
それから依子は「緑命会」という新興宗教にどっぷりと浸かり出したため、息子も九州の大学に行ったまま帰って来なくなってしまった
10年が過ぎた頃、夫が当然帰ってきて、依子の生活は見出されていく
彼女の信仰を詐欺だと言い、自身は癌に罹ったから未承認薬のために遺産をよこせと言い出す
だが、義父を看取った依子は生前に遺言を書かせていて、それによって失踪した修には1円も残っていなかった
依子の心の拠り所は「緑命会」と、スーパーの清掃員・水木との時間だけ
プールで泳いだあとは、サウナルームで駄弁っていて、そんなひと時を大事にしていた
だが、夫の無益な主張と態度に怒りを隠せない依子は、次第に狂気をあらわにしていく
テーマ:心の平穏
裏テーマ:広がるだけの波紋
■ひとこと感想
真っ赤なポスタービジュアルで、内容を全く調べずに参戦
「緑命会」が登場したあたりから、かなり攻めているなあと思って鑑賞していました
時折、波紋がぶつかり合うイメージショットがあって、一方通行の波紋は衝突して消えるか、相手の波紋を打ち消して伸びていきましたね
筒井真理子さんの演技が凄くて、軽蔑のこもった怒りに見られるように、さまざまな怒りと絶望を見せてくれました
映画は、いかにして強い波紋を作れるかという命題があって、夫の波紋を受けるたびに強くなっていく依子の波紋というものが描かれていたように思います
とにかく「依子をイライラさせること」に特化したような内容になっていて、それが精神を蝕んで達観していく様子は爽快でもありました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
前半は家族が描かれ、普通のように見える家庭の中で、「震災による心の変化」みたいなものがサラッと描かれていましたね
小心者だった修は突然姿を消し、それは原発の放射能が怖いからというふうに描かれていました
息子も気にしないと言いながらも九州の大学に行ったキリ戻ってこないので、ああ親子だなあと思ってしまいます
映画は、夫の帰宅から動き出し、不在の間に積み上げてきたものが綻びを見せる展開になっていきます
依子にとっては理不尽の連続で、「癌になって帰ってきた、バカみたい」は結構えげつないワードになっていますね
逃げた先には放射能はないはずなのに、一人暮らしの不摂生が祟って病気になるところは滑稽でもあります
修は依子が新興宗教にハマっていることを揶揄するのですが、彼自身が拠り所にしている「400万円くらいする未承認薬」も大して意味は違いません
むしろ、実験されているのにお金を取られる分、未承認薬の方がヤバく見えてくるところは凄かったと思います
■信仰に傾倒する理由
映画には、「緑命会」という架空の新興宗教団体が登場し、それに傾倒する依子の様子が描かれていました
御神体のようのものがあるのかわかりませんが、「水」を信仰の対象にしていたように思います
どのような経緯で入信したのかとか、いつからある宗教なのかなどの説明は一切ありません
ただ、全国的に広がっているようで、キムラ緑子さんが演じているのは「支部長」のような存在で、教祖ではありませんでした
映画では、東日本大震災の後の都内が舞台になっていて、夫は放射能を恐れて失踪、息子も九州の大学に逃げていたことがわかります
誰もが「どのような影響があるかわからない」と考えていた時期で、その状況を利して「緑命水」が暗躍したようにも思えます
あの水がミネラルウォーターの一種なのかはわかりませんが、生活不安を利用しているように見えなくはないので、依子自身も「放射能」の影響というものを怖がっていたのかもしれません
団体は、人を助けることをモットーにしていて、街頭で布教活動のようなものを行なっていました
依子がハマっている理由は明言されませんが、何かに没頭していなければ精神を保てなかったからではないかと推測できます
夫も息子も遠くに逃げたけど、義父の面倒があるので依子は逃げることができない
本来ならば夫が面倒を見るはずのものを押し付けられているので、その理不尽たるや想像に難くありません
また、認知症を患っているようですが、セクハラ紛いの行動も見受けられ、その性格は夫と重なる部分があったのかな、と思ってしまいました
そんな中、依子の努力を認めてくれる存在が現れ、それは依子の自尊心をくすぐっていきます
自分自身の生活を肯定し、その行動が何かの役に立っていると考えることができれば、依子は自分に起きた不幸というものを好意的に捉えることができるのですね
信者の二人も「依子の行動」を褒め称え、それは彼女自身の自尊心を持ち上げていきます
ある意味において、自分の状況を騙すことができれば、それを維持したくなるのが人間であると言えるでしょう
それが如実に現れているのが、枯山水の庭であると思います
■波紋と枯山水
依子が作った庭は「枯山水」と呼ばれるもので、「石や砂を持ちいて、山水風景を象徴的に表現した庭園」のことを意味します
枯山水の海が波紋によって構成され、それが乱れぬことが依子の命題のようになっていました
「枯山水」は「幽玄思想」が根底にある芸術で、「幽玄」とは「文芸、絵画、芸能、建築などの諸々の芸術領域における日本文化の基層となる理念」のことを言います
この理念には、「物事の趣が奥深くはかり知れないこと」「趣が深く、高尚で優美であること」「気品があり、優雅なこと」「上品でやさしいこと」「もののあはれの精神を受け継ぐ」というようなものがあります
依子は、その庭園に描かれたものが不変的であることを念頭に置いていて、それを汚されることを忌み嫌います
これは現状の幸福感を永続的に感じさせるものであり、同時に「怒り」というものがそこに内包されているのですね
波紋は海を示していますが、それが穏やかに見えるか、荒くれて見えるかは見る人次第であります
でも、依子の中に同居する「平穏と怒り」というものが永続的なものである、という風に見えてくるのですね
その世界は絶対で、変化しないものとして描かれ、夫のガーデニングとは真逆の世界であると言えます
また、夫と対峙するときに「波紋」がイメージショットとして登場し、その大きさと強さが印象的でもありました
それは精神的な攻撃の波動のように見え、依子の内なる精神性を描いているように思います
夫から投げかけられる波紋を打ち消す強さがあり、それが連なりとなっていて、一つの事象で起きた精神的な波動は、自然に治まるまで延々と繰り返されるイメージがあります
水面に落ちるものが一時のものだとしても、それによって起こる感情というものが、1に対して10にもなって返ってくるほどに強いものである、と言えるのでしょう
波紋は一つの起点から成り、その余波は時間と共に収まっていきます
起点の力が大きいほど波紋は大きく、遠くへと及んでいきます
そして、連続して起点が同じ場所で起こることで、波と波がぶつかりあって、さらなる大きな波紋を描いていきます
この起点が何によって起こるかといえば、それは夫の一挙手一投足なのですね
なので、夫が生きて何かをするたびに、その起点は形成され、延々と波紋を描き続けるのだと言えるでしょう
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画では、夫は癌になって帰ってきて、未承認薬を試すために遺産が欲しいと言いました
義父の面倒を見た依子は、生前に遺書を書かせ、それらを全て自分のものにしています
離婚届も出せないし、通常の相続が起きると、半分は夫のものになってしまうので、この行動を取るのは普通のことかもしれません
日本では、不在者の生死が不明になってから7年間が満了した時に死亡したものとみなされ、失踪者についての手続きがなされます
失踪宣言をされると、依子と修の婚姻関係は解消され、単に離婚をしたいのであれば、離婚訴訟を行うことができます
依子は離婚訴訟を行うことなく、夫の失踪宣言もしていないので、帰ってきたら罰を与えることを念頭に置いていたと考えられます
その一つが「義父の遺書作成による財産の没収」でした
認知症が進行すると、遺言書を作成するための遺言能力を保証できなくなり、無効になってしまう場合があります
全ての認知症患者が遺言能力を亡くしているわけではないので、それを医学的な調査を施した上で作成することになります
ちなみに、夫が依子が作成させた遺言を無効にするための訴訟を起こすことは可能なのですね
遺言無効訴訟には時効がないので、あの段階でも可能であると言えます
でも、10年間失踪していた経緯とか、義父の面倒を押し付けたなどの状況を踏まえ、かつ「無効である証拠」を用意できる可能性はほぼゼロなので、それに踏み切っても夫は勝てないでしょう
未承認薬も結局は役に立たず、夫は枯山水の庭で倒れてしまうのですが、依子は「助かった後の面倒」を承知しているので、彼を助けることはしませんでした
これは残酷な見立てにも思えるのですが、治らない癌との闘病生活を続けることを考えると、この段階で介錯されるのは幸運なことなのかもしれません
依子はそこまでの慈悲を考えてはいないとは思いますが、生き永らえても世話をするのは自分ということはわかっているので、敢えて放置したのだと思います
映画のラストでは、フラメンコを踊る依子が描かれるのですが、この時の着物(喪服)の裏地(袷)が赤色でしたね
通常、このような色を使うことはないと思うのですが、ここにも依子の夫に対する感情というものが込められていたように感じました
彼女がフラメンコを踊ったことによって、それが顕になるのですが、劇中では赤を基調とした服を好んでは着ていなかったので、とても印象的なものを感じましたね
ポスターには赤い傘も登場し、彼女は内にも外にも、その感情を有していたことがわかるショットになっていたのだと思います
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/385906/review/b59f8b0e-343a-48d7-b32b-4bff55c9e4af/
公式HP: