■蜘蛛の巣の中にあった、過去の過ちと素養
Contents
■オススメ度
色々と強烈な映画を探している人(★★★)
イスラム圏が舞台の現代劇に興味のある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.4.20(アップリンク京都)
■映画情報
原題:عنکبوت مقدس(聖なる蜘蛛)、英題:Holy Spider
情報:2022年、デンマーク&ドイツ&スウェーデン&フランス、118分、R15+
ジャンル:実在の殺人犯の事件をモチーフにした、売春婦連続殺人事件を追うジャーナリストを描くスリラー&社会派映画
監督:アリ・アッバシ
脚本:アリ・アッバシ&アフシン・カムラン・バーラミ
キャスト:
メフディ・バジェスタニ/Mehdi Bajestani(サイード・アジミ:売春婦ばかりを狙う連続殺人犯、モデルはサイード・ハナイ/Saeed Hanaei )
ザーラ・アミール=エブラヒミ/Zar Amir-Ebrahimi(アレズー・ラヒミ:売春婦連続殺人事件を追うジャーナリスト)
アラシュ・アシュティアニ/Arash Ashtiani(シャリフィ:地元の男性ジャーナリスト、ラヒミの友人)
フォルザン・ジャムシドネジャド/Forouzan Jamshidnejad(ファテメ:サイードの妻)
Mesbah Taleb(アリ:サイードの息子)
Maryam Taleb(ハディジェ:サイードの娘)
Salma Ababed(ザーラ:サイードの娘、末っ子)
Firouz Agheli(ハジ:ファテメの父)
Sima Seyed(サイードの母)
Sina Parvaneh(ロスタミ:警察署長)
Nima Akbarpour(判事)
Farhad Faghih Habibi(検察官)
M. Ali Nazarian(弁護士)
Alice Rahimi(ソマイ:娘をもつ冒頭の娼婦)
Diana Al Hussen(ソマイの娘)
Ahmad Reyhaneh(ソマイの父)
Rokhshana Bresna Bahar(ソマイの母)
Sara Fazilat(ザナブ:挑発的な娼婦)
Ariane Naziri(ソグラ:貧困に喘ぐ娼婦)
Hamid Javdan(ラスール:ソマイを目撃する男)
Majd Eid(カメラマン)
Soraya Helly(ザリ:ソマイを買う男)
Hazem Elian(タクシーの運転手)
Dilarom Khushvakhtovna(老女)
Omar Alashoush(瓦礫街の少年)
■映画の舞台
2000年代初頭
イラン:マシュハド
ロケ地:
イラン:
Jordan/ヨルダン
https://goo.gl/maps/gWmdRhmqQqXrG7va7
■簡単なあらすじ
イランの聖地マシュハドにて、売春婦ばかりが狙われる殺人事件が勃発していた
同じ手口で行われ、犯行声明まで出ているものの、一向に捕まる気配はない
ジャーナリストのラヒミは現地を訪れ、友人のシャリフィとともに取材を重ねていく
シャリフィは犯人からの声明を録音していて、犯人は「この町を汚す娼婦を粛清している」と宣う
また、忠実に記事にすることを望んでいて、どのように報道されたかを毎日のように確認していた
ラヒミは娼婦たちに聞けば何かわかるのでは、と取材を重ねるものの一向に情報は得られない
そこで、拉致が行われていると推測される聖堂の近くで不審な人物がいないかを観察することに決めた
テーマ:粛清と世論
裏テーマ:正義の連鎖
■ひとこと感想
実在の犯罪者サイード・ハナイの事件に着想を得た社会派ドラマで、犯人はあっさりと登場します
てっきり、犯人は誰?というミステリーかと思っていたら、実は「犯行は正義か否か」というとんでもない方向に展開していきます
シャリフィ以外の男性の男尊女卑感が露骨で、警察の担当者も露骨なセクハラ紛いを行なっていきます
そう言った世界に慣れているラヒミはうまいこと利用しますが、そういったことよりも、事件に対する世論や家族の反応というものがえげつないなあと思いました
娼婦を粛清するという名目がありながら、買う方には何のお咎めもないのですね
その辺りは完全にスルーになっていて、メッセージ性を強めているのか弱めているのかわからない感じになっていました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
実際の事件は知りませんでしたが、「スパイダー・キラー」の異名を持っていたことは本当で、名付けたのはマスコミのようですね
映画では、冒頭の犯行の後、サイードが向かう街の街灯が蜘蛛の巣のように見える演出がなされていました
ラヒミは警察や聖職者の誰かが庇っていると考えていましたが、実際には行為が正当化されていて、街の問題を見ないようにしていたことが判明します
貧困が原因だったり、様々な要因があるものの、単純に堕ちている結果だけを見て断罪しているところが傲慢でもありますね
イスラム法で売春が罪だとしても、それを警察が取り締まらないために聖戦を称する輩が生まれるわけで、自分たちが動きたくないために放置しているのかもしれません
また、ラストシークエンスでサイードの息子アリのインタビュー映像が流れるのですが、父が自分の好意を正当化し、事件の詳細を伝えていたところは恐ろしくもあります
また、その様子を止めることなくカメラに収めているラヒミもジャーナリズムの皮を被った悪魔のように思えてしまいます
■スパイダー・キラー事件について
映画の元ネタとなっているのは「サイード・ハナイが起こしたイランの連続殺人」となっていて、これは「スパイダーキラー事件」とも言われています
事件は、2000年の8月から2001年の7月の間に起こり、被害者は16人でした
事の発覚は、2000年8月7日に、9歳の娘を持つ30歳の女性「Afsaneh Karimpour」が行方不明になります
これが映画の冒頭で起きるソグラの事件に該当すると思われます
その後、マシュハド郊外にてレイラ、ファリバを含めた絞首遺体の発見が相次ぎます
最後の犠牲者は33歳の「Zahara Dadlhosaravi」で、2001年の8月のことでした
サイードの犯行動機は「街の道徳的な腐敗の一掃」で、彼は「神の仕事をした」と供述、対象は全てセックスワーカーだったとされています
映画で描かれるように、一部の宗教的強硬派は「イランの道徳的腐敗を一掃しようとした」という動機を持ち上げて無罪を主張
保守的な新聞の見出しには「誰が捌かれるのか?」という煽り文句まで登場しています
中には「彼は正しい行いをしている。続けさせるべきだ」なんて擁護も上がったのですね
結局のところ、サイードは有罪判決を受け、2002年の4月8日にマシュバド刑務所にて絞首刑になりました
2002年にはドキュメンタリー映画『And Along Came a Spider(監督:マジア・バハリ)』が制作され、2020年には『Killer Spider(監督:エブラヒム・イライザド)』が制作されています(下記にYouTubeリンクあり)
『And Along Came a Spider』の方にはサイードのインタビューも含まれているとのこと
『Killer Spider』は史実に基づく映画となっていますね
本作は、この事件に着想を得た内容になっていて、事件そのものよりも「余波」の方に着目し、ジャーナリストが囮になったというフィクションが付加されています
↓YouTube『And Along Came a Spider』英語字幕あり
■イマーム・レザーについて
映画で登場する「イマーム・レザー廟」は、イスラムの十二イマームの第8代イマーム・レザーを祀った廟のことです
彼は8番目のイマーム(指導者、模範となるべきもの、という意味)であり、818年にアッバース朝カリフのマームーンに毒殺されたと言われています
彼はマシュハドに葬られ、聖廟を中心に都市が発展したと言われていて、これによってイラン国内の最大の聖地となりました
サイード自身もそれを継いでいると思い込んでいて、彼自身はイマームの職務を後継する権利を持つと主張するシーア派であると推測されます
ちなみに12番目のイマームとされるのはムハンマド・ムンタザルで、彼は「隠れイマーム」なのですね
868年頃に生まれたとされていて、11代目のハサン・アスカリーの息子になります
十二イマーム派はシーア派の中でも最も信者の数が多い大大派閥で、シーア派の主流と思われています
シーア派では、初代アリーから12代のムハンマドまでの12人を示し、その後は「隠れた」と認識されています
それが現在も続いていると考えられていて、最終的には「最後の審判に日」に再臨すると信じられているのですね
イスラム教では「婚前交渉」を厳しく禁じていて、売春は重罪となります
特に異教徒との関係は既婚女性でもジナの刑として死刑になります
この抜け穴として、現在のインドシナやマレーシアでのイスラム教徒の売春では、「斡旋業者が客に『アラーを唯一の神と信じるか?』と聞いて『YES』なら偽装改宗をしたとしてOKを出す」のだそうです
その後、ミシャー婚(イスラム法における結婚形態の一つで、婚姻における妻の経済的権利の要求をしないこと=旅人の結婚)の手続きを行う書類にサインすることで「婚姻」にして合法化をしているのですね
性交渉が終われば「離婚手続き」をして夫婦関係を解消すると言われています
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
サイードが「スパイダー」と呼ばれていたのは、彼が被害者を自宅に招き入れて殺してきたことに由来しています
彼自身には妻も息子もいて、妻も母も彼の行動には肯定的で、息子は「親父の跡を継げ」と言われることもあったとか
また、執行の前に「取引と違う」との叫び声をジャーナリストが聞いたとの逸話があり、何らかの裏取引があったのではないかと推測されています
映画は、様々な憶測を加味しつつ、女性ジャーナリストが囮になるという危ない話になっていますね
また、冒頭で引用されるイマーム・アリの言葉「人は避けたいと思うことと出会うものだ(雄弁の道=نهج البلاغة)」も意味深な言葉だと思います
この言葉はラヒミ自身が前にいた新聞社での出来事に由来していて、警官のロスタミに言い寄られるシーンで暴露されています
彼女自身の犯したことが巡って、同じような質の事件に遭遇し、さらにそれを知るロスタミに迫られる結果となりました
ロスタミは彼女の「男性への取り入り方のうまさ」を揶揄し、それが相手に誤解を与えてきた、と表現しています
その性質はシャリフィにも影響を与えていて、彼もラヒミと仕事以外の関係を持ちたいと考えています
結局のところ、お預けを喰らう格好になるのですが、男性の純粋さを女性が利用するというところは、どんな予後を生むのかわからない部分があります
サイードのように「罪」だと断定する者もいれば、ロスタミのようにそれを逆手に取ろうとする者もいる
誰もがシャリフィのように純粋で、草食系ではないので、相手の勘違いを生んだまま放置することは危険を伴うとも言えるのでしょう
映画は、主演の女優がすでに決まっていた段階で逃げ出したそうで、キャスティング・ディレクターとして参加していたザーラ・アミール・エブラヒムさんが演じることになりました
この一連の流れも踏まえて、「人は避けたいことと出逢うもの」なのかもしれませんね
なかなか強烈な映画でした
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/386219/review/82f25fc5-7c61-4f44-9451-b4de634cbb1f/
公式HP:
https://gaga.ne.jp/seichikumo/