遺灰はカラーになってもモノクロームのままだったりするのですね


■オススメ度

 

一風変わった映画が好きな人(★★★)

パオロ・タビアーニ監督のファンの人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2023.7.11(アップリンク京都)


■映画情報

 

原題:Leonora addio(さよなら、レオノーラ)

情報:2022年、イタリア、90分、PG12

ジャンル:ノーベル賞作家の遺灰を運ぶミッションとその作家の最後の作品を映像化した二本立ての映画

 

監督&脚本:パオロ・タビアーニ

 

キャスト:(わかった分だけ)

【遺灰は語る】

ファブリツィオ・フェラカーネ/Fabrizio Ferrancane(遺灰を任されるシチリア島アグリジェント市の特使)

 

ロベルト・ヘルリッカ/Roberto Herlitzka(ルイジ・ピランデッロの声:ノーベル賞を受賞した文豪)

Robert Steiner(墓から骨壷取り出すのを見守る刑事)

Luca Ghillino(ベニート・ムッソリーニ:イタリアの独裁者)

Simore Ciampi(アスシデ・デ・ガスペリ:ローマの役人)

Giuseppe Lo Piccolo(棺桶屋)

Micheal Schermi(ニック:ジープを運転する警察官)

 

Simone Paradiso(飛ばない飛行機のパイロット)

Jessica Piccolo Valerani(アルザスの女)

Giuseppe Spata(アルザスの女の夫)

 

Claudio Bigagi(シチリア島の司教)

 

Biagio Barone(ドン・ビアージョ:骨壷を手配する男)

 

Giulio Pampiglione(アエレオ:ローマの軍人)

 

Francesco Cristiano Russo(シチリアの道化師)

Stefano Starna(ファシスタ:イタリアの大臣)

Edoaedo Strano(大学生?)

 

Martina Catalfamo(リエッタ・ピランデッロ:ルイジの娘、成人期)

   (少女期:Honey Teves Rota

Achille Marciano(ステファノ・ピランデッロ:ルイジの息子、成人期)

   (少年期:Giulio Barone

Sandro  Pivotti(ファウシオ・ピランデッロ:ルイジの息子、成人期)

   (少年期:Luca Celebrini

 

Antonio Fulfaro(ローマの役員)

Federico Passi(聖職者)

Giulio Pampiglione(聖職者)

 

Francesco Cristiano Russo(ジープのドライバー)

 

Ludovico Caldareta(カードゲームの乗客)

Dino Santoro(カードゲームの乗客)

Alessandro Bertoncini(カードゲームの乗客)

Antonello Russo(乗客)

Ivan Giambirione(元軍人の乗客)

Sergio Colocchio(ピアノ弾く乗客)

Mattia Parari(ダンスする男)

Sonia Perari(ダンスする女)

Nathalie Rapti Gomez(ダンスに加わる女?)

Pablo Zampagni(若い男)

Nina Zampagni(兵士に声かけられる若い女)

Matteo Munari(酔っ払う兵士)

Stefano Di Lauro(兵士)

 

Andrea Pacelli(神学生)

Elvio La Pira(神学生)

Diego Tarantello(神学生)

Edoardo Strano(棺を運ぶ研究員)

LucianoFiorette(棺を運ぶ研究員)

Liborio Nafali(バルコニーの父親)

Lydia Giordano(バルコニーで笑う母親)

Pietro Santonoceto(バルコニーの少年)

Carla Ferlito(バルコニーの少女)

Franco Cortese(バルコニーのお爺さん)

Giogia D Acqusio(喪中の女性

Giuseppe Cubeta(エンリコ4世)

Alessandra Fazzino(貴婦人)

Tatu La Vecchia(紳士)

Sara Cilea(女子高生)

 

Francesco Foti(遺灰の回収業者)

Francesco La Mantia(彫刻家)

 

【釘】

マッテオ・ピッティルーティ/Matteo Pittiruti(バスティアネッド:少女を釘で刺し殺す少年)

Federico Brugnone(バスティアネッドの成人期&老齢期)

Fedrico Tocci(トゥリッドゥ:バスティアネッドの父、レストラン経営者)

Dania Marino(ベティ:バスティアネッドに殺される少女)

Dora Becker(ベティの喧嘩相手)

 

Freddy Drabble(バスティアネッドを取り締まる警察官)

Francis Pardeilban(事件について警察と話す男)

Micheal Scerini(管理者)

Sinne Mutsaers(事件について警察と話す女)

Nathalie Rapil Gomez(事件について警察と話す女)

 

Sinne Mutsaers(バスティアネッドの生き別れの母)

 

Michelangelo Bentivegna(レストランのミュージシャン)

Tormtnaso Gaiba(レストランのミュージシャン)

Alessio Di Benedetto(レストランのミュージシャン)

 


■映画の舞台

 

1934年、

イタリア:ローマ

 

イタリア:シチリア島

 

ロケ地:

イタリア:シチリア島

アグリジェント

パルマ・ディ・モンテキアーロ

https://maps.app.goo.gl/GjtabdWf68eBSokg8?g_st=ic

 

オルティージャ島

https://maps.app.goo.gl/SU3EH15LxqGu34XQA?g_st=ic

 

イタリア:メッシナ

モンタルバーノ・エリコーナ

https://maps.app.goo.gl/PL4qqHSP6Hcbj3HY8?g_st=ic

 

トレ・フォンターネ/ベネディクト会修道院

https://maps.app.goo.gl/x8a3awEWegv3iryt6?g_st=ic

 

イタリア:カターニャ

Civica E Ursino Recupero

https://maps.app.goo.gl/n2uYhbJJjebdkBGo6?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

【遺灰は語る】

シチリア島生まれの作家ルイジ・ピランデッロは、死んでも尚共産政権の象徴として扱われ、遺灰が故郷に戻ることはなかった

ムッソリーニの死後、ようやく遺言を叶えられることになったルイジの遺灰は、特使の手によって、ローマからシチリア島へと運ばれる

 

ある時、特使がタバコを蒸しに別の車両に移ったところ、彼はそこで居眠りをしてしまう

慌てて車両に戻ると遺灰が入った木製の箱は消えてなくなっていた

誰もその箱の行方を知らず、特使は慌てふためきながら、ありとあらゆるところを探して行った

 

【釘】

ニューヨークにある父のレストランで働いているバスティアネッドは、かつて母親と引き離された少年だった

父親の心配をよそに、バスティアネッドは広場で塞ぎ込んでいたが、そこに少女二人のけたたましい叫び声が乱入してきた

 

バスティアネッドはその不快さから、道に落ちていた20センチもあろうかという釘を赤毛の少女の頭に突き刺してしまった

程なく逮捕されたバスティアネッドだったが、彼は「定めだ」と答えるのみで、どうしてこのようなことを起きたかについて一切語ろうとはしなかったのである

 

テーマ:不条理の先にある達観

裏テーマ:語らずとも語られる感情

 


■ひとこと感想

 

遺灰を故郷に持ち帰るという話で、その道中で起こるトラブルがコミカルに描かれていました

ほぼ二本立てになっている本作ですが、後半の『釘』という作品は、『遺灰は語る』のルイジ・ピランデッロの最期の作品と言われています

 

この構成になっているのは、死後の顛末と彼の残した作品の映像化によって、本当の意味での葬式を行うことになったのかなと思います

 

この二つの映画の関連性はあまり感じませんでしたが、少年バスティアネッドはルイジ本人の分身のように思えてきます

実際にどうだったかはわかりませんが、死ぬまで語らない真実がある、というところに彼らしさというものがあるのかなと感じました

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

「遺灰を語る」はシュールコメディになっていて、故郷に遺灰を持っていくというだけの物語はおかしな感じに仕上がっていました

政治的な利用をされたものが解放された後の世界を描いていて、主人公が物言わぬ「遺灰」というところがツボなのかなと思ってしまいます

 

「釘」に関しては、説明不足の部分が多すぎて困ってしまいますが、虫のいどころが悪かった少年が、たまたま手にした凶器によって凶行に走っていましたね

彼が「On Purpose(定め)」と言うだけの取り調べもシュールですが、こちらは言ってもわからないから言わない、みたいな感じになっていましたね

 

遺灰が海に撒かれたことで映像化に至った作品になっていますが、このままならぬように見える人生というものを、ルイジは考えながら旅だったのかなと想像してしまいますね

 


ルイジ・ピランデッロについて

 

ルイジ・ピランデッロLuigi Pirandello)は1867年生まれのイタリアの劇作家&小説家で、1934年にノーベル文学賞を受賞しています

シチリア島のアグリジェンドのジルジェンティで生まれ、父は硫黄産業で財を成し、比較的裕福な家庭に育ちました

青春期に従姉妹と恋仲になりましたが、結局は破綻しています

その後、ローマに移ったルイジは最初の著作となる『マルタ・アジャラ』を執筆し、これは1901年に『I‘Eslusa』として出版されています

そして1984年、父親の提案にて、修道女から教育を受けたマリア・アントニエッタ・ポルチュラーノと結婚しています

 

その後、ステファノとファウストの二人の息子が生まれ、娘のリエッタを授かります

この3人は前半のシークエンスにて登場し、少女期から老齢期にわたる時間の変化を表していましたね

その後、父の事業の失敗によって家庭は破綻し、妻子を連れてキアンチャーノ・テルメを経て、コレジャータに移り住みます

第一次世界大戦が始まると、長男のステファノは志願兵役にオーストリア=ハンガリーに捕虜になってしまいますが、戦争が終わると無事に帰国を果たしています

 

1919年、ルイジは妻を精神病院に入れることになります

病的な嫉妬と幻覚症状を発していたためですが、ルイジ自身は妻を世話できると思っていましたが、妻は精神病院から出ることはなかったと言います

 

1924年、ファシズムを支持してたルイジは、ムッソリーニの国家ファシスト党に入りたいと手紙を書きました

でも、非政治的な信念を持っていて、ファシストの指導者との衝突が絶えなかったとされています

そのため、ファシスト警察のOVRAの監視対象になっていました

 

彼がノーベル文学賞を受賞したのは1934年のこと、受賞理由は「劇的且つ美しい芸術を、大胆且つ独創的に復活させたこと」とされています

その2年後、ローマの自宅にて69歳で死去しています

彼はムッソリーニが申し出た国葬を拒否し、1947年になって初めて遺骨はシチリア島に埋葬されることになりました

この1936年〜1947年の間のエピソードが『遺灰は語る』で描かれている部分となっています

 


言葉を発せずとも多くは語られている

 

映画の主人公は特使のように見えますが、実際には「遺灰」ということになるのだと思います

「遺灰」の存在と価値を知っているものとそうでないものの対比があり、特使以外はその価値に気づいていないように思えます

軍による移送が行われていても、軍人ですらその価値に気づいておらず、扱いは結構雑になっていました

賭博のための台になっているし、埋葬用の箱に入れる時も言わずもがなという感じでしたね

残り灰を集めてエーゲ海に撒くことになりましたが、それが本当の意味での故人の意思の反映になっているところがおかしくもありました

 

ノーベル文学賞というのは著名な賞ではありますが、一般人のどこまでが興味があるのかは国民性によるかと思います

著名な賞を取っていても、死後11年経っていれば忘れている人もいるし、そもそも故郷ではなくローマに埋葬されていたことを知る人も少ないと思います

でも、その価値を一人だけ知る特使としては気が気ではないでしょう

自分が守らなけばどうなるかわからない

それなのに、持ち場を離れてタバコを吸っているし、居眠りもしているし、とグダグダなところがコミカルでもありました

 

この特使は道中でその価値を誰に語ることもなく、彼の狼狽ぶりを見ても誰も気づかないのですね

その価値を共有する観客だけが彼のパントマイムのような動きを理解していて、1.5倍速で映画が動いていたら、まるでチャップリンの世界のように思えてきます

映画は、アグリジェンドでの埋葬が終わった後、エーゲ海を望む特使の場面でカラーに切り回ります

そこで遺灰が海に蒔かれ、そして『釘』へと進んで行くのですが、このカラーへの切り替わりには大きな意味があるのだと感じました

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

映画の後半は『釘』の映像化で、この短編は基本的にカラーにて作られています

少年バスティアネッドがベティを殺めた理由探しになっていますが、「定め」の意味がわからぬまま、結局のところ終わりを告げています

いわゆる「神の計らい」という意味になっていて、それはバスティアネッドが自分の行為を正当化しているだけなのですね

母との別離が彼の心に闇を作り、今の生活は表面上のものである

レストランで踊って見せても、それは本当の自分ではないということになります

 

ルイジがこの作品を書いた理由まではわかりませんが、この作品の映像化には意味があると感じます

それは、自分にとって力の及ばないものに対するジレンマであり、それはルイジのシチリア埋葬に時間がかかったことに由来するのでしょう

彼がシチリア島への埋葬をわざわざ遺書に遺しているということは、それが為されない可能性を感じていたことに由来します

彼は非政治的にファシストを支持していて、自分の存在の政治的利用を拒否していました

でも、死んだ人間にはその権限がない

なので、政治的な利用が為されようとも、最後にはアグリジェンドに帰してほしいという願いがあったのだと思います

 

「釘」にて不条理の死が描かれていて、ベティの死はバスティアネッドの機嫌によるものなのですね

なので、もしかしたらベティ=ルイジという図式があるのかもしれません

この短編はカラーで製作されていますが、特使がエーゲ海に灰を撒いたシーンもカラーでした

ほぼ全編モノクロだった『遺灰は語る』の唯一のカラーがこのシーンになっているのは、このシーンがルイジの想いが昇華された部分だからでしょう

なので、『釘』がカラーであるのも、監督の感性としての『釘』に込められたルイジの想いを表現しているという決意の表れなのかもしれません

正解は分かりませんが、そのようなテイストで作られたと解釈しても良いのではないでしょうか

 


■関連リンク

Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://movies.yahoo.co.jp/movie/387287/review/b970c00b-5d0b-4419-8b7e-58b00ff29dd6/

 

公式HP:

https://moviola.jp/ihai/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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