■音楽の背景と、そこにいる主人公を知ることで、音楽はさらなる深みへと歩み出す
Contents
■オススメ度
親子の確執の映画に興味のある人(★★★)
クラシックが好きな人(★★)
■公式予告編
https://youtu.be/hD8tk5-NcBU?si=-J_u_THf-baPPr-K
鑑賞日:2023.8.23(アップリンク京都)
■映画情報
原題:La Scala(スカラ座)、英題:Maestro(s)
情報:2022年、フランス、88分、PG12
ジャンル:諍いを抱える親子指揮者を描くヒューマンドラマ
監督:ブリュノ・シッシュ
脚本:ブリュノ・シッシュ&ヤエル・ラングマン&クレモン・ペニ
オリジナル脚本:ヨセフ・シダー『הערת שוליים(邦題=フットノート、2011年、イスラエル)
キャスト:
イバン・アタル/Yvan Attal(ドニ・デュマール:高明な賞を受賞する指揮者)
ピエール・アルディティ/Pierre Arditi(フランソワ・デュマール:ドニの父、指揮者)
ミュウ=ミュウ/Miou-Miou(エレーヌ:ドニの母)
ニルス・オトナン=ジラール/Nils Othenin-Girard(マチュー・デュマール:料理が好きなドニの息子)
パスカル・アルビロ/Pascale Arbillot(ジャンヌ:ドニの元妻、マチューの母、音楽プロデューサー)
キャロライン・アングラード/Caroline Anglade(ヴィルジニ:ドニの恋人、聴覚障害を持つヴァイオリニスト)
Caterina Murino(レベッカ・マルティネリ:メイヤーが見出したヴァイオリニスト)
Anne Gravouin(ヴィルジニ&レベッカの演奏の中の人、「Victoires de la Musique(ヴィクトリア賞)」にてトロフィーを授与するプレゼンター)
André Marcon(アレクサンドル・メイヤー:「スカラ座」の総裁)
Valentina Vandelli(カルラ:重大な失敗を犯すメイヤーの秘書)
Benoît Moret(アントワーヌ:サウンドエンジニア、ドニの仕事仲間)
Stéphanie Bore(セーヌの音楽会の女性)
Emilie Pierson(セーヌの音楽会の女性)
Philippe Morel(モレル:ヴァイオリニスト)
Sébastien Surel(スーレル:ヴァイオリニスト)
Afaf Robilliard(コントラバス奏者)
Julie-Anne Moutongo-Black(ソプラノ歌手)
Clément Giren(レストラン「Plaza Athénée」のコンシュルジェ)
Lorenzo Meazza(ミラノのタクシー運転手)
Rémy Steelcox(スカラ座の観客)
■映画の舞台
フランス:パリ
イタリア:ミラノ
ロケ地:
イタリア:ミラノ
スカラ座
https://maps.app.goo.gl/hPtLCn6qsaHMmSUZ8?g_st=ic
■簡単なあらすじ
フランスのパリで指揮者として活躍しているドニ・デュマールは、栄誉あるヴィクトワール賞を受賞し、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍の場を広げていた
彼の父フランソワも同じ指揮者で、40年のキャリアを誇るベテラン
だが、二人はライバル関係にあるため不仲で、まともに口を利くこともなくなっていた
ある日、フランソワの元に一本の電話が入る
それは、「イタリア・ミラノにあるスカラ座の音楽監督にならないか」という打診で、誕生日パーティーは一変して、スカラ座の話題で持ち切りになっていた
だが、フランソワが何度電話してもスカラ座の総裁マイヤー氏は電話に出ない
そんな折、ドニの方にマイヤー氏から呼び出しの電話が入った
マイヤー氏は「秘書のカルラが電話する相手を間違った」と言い、ドニから父にその事実を伝えてほしいと言うのである
ただでさえ不仲で、フランソワはスカラ座でタクトを振るう気になっていて、とても言い出せるような状況ではなかったのである
テーマ:確執と憧憬
裏テーマ:人生が滲むタクト
■ひとこと感想
予告編でほとんどネタバレ状態で、しかもポスターヴィジュアルも結構なネタバレありの雰囲気になっていましたね
物語はほぼ予定調和でしたが、色々と複雑な設定がかなり盛り込まれていました
物語は、同じ仕事をしている父と子の仲違いを描いていて、その理由はわかりやすいすれ違いになっています
フランソワと妻エレーヌの関係、ドニと元妻ジャンヌとの関係など、監督が元妻を出演させているので、さらにややこしい感じになっていましたね
基本的に音楽映画ですが、登場する楽曲は多いものの、まともに演奏される楽曲が少なかった印象があります
ドラマ部分に多くの時間を割いていることが原因ですが、せめてあと2、3曲はきちんと見せても良かったように思えました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
父と息子が同じ職業で、それがライバル関係になっているという感じですが、フランソワの方は人生のピークを過ぎている感じになっています
最後の大仕事が舞い込んだと喜んでいますが、オファーの段階から「間違ってる感」は常に付き纏っていたのですが、それを見ないようにしていましたね
人間関係が入り込んでいてややこしいですが、ドニとフランソワ以外の過去や背景は見事なまでにスルーしていましたね
ヴィルジニの聴覚障害者設定もさらっとしたもので、ふたりの関係性の始まりも描かれていません
彼女に聴覚障害があるおかげで、ガラス越しの会話が読唇術で筒抜けみたいな感じになっていましたが、そこまで明確なものではなかったでしょう
彼らが話す時にヴィルジニを見ることで彼女のことを話していることもわかってしまうし、強い言葉(単語)ほど見抜かれてしまうものなのだと思います
映画は、親子の和解を描いていて、本音の衝突が後半にあるのですが、詩的ないい回しの多いシナリオになっていて、クドく感じる人もいるかもしれません
結論が話のオチのような話し方になっているので、このあたりは文化の違いなのかなと感じました
■ヴィクトワール賞ってどんな賞
映画の冒頭にて、息子ドニは「ヴィクトワール賞(Victoires de La Musique)」を受賞していました
ちなみに、この時のプレゼンターがヴィルジニとレベッカの演奏をしていたAnna Gravoinでした
「ヴィクトワール賞」は、毎年フランスで行われる授賞式で、音楽業界における優れた成績を表彰する「フランス文化省」主催の式典になります
クラシックとジャズにも同様のものがあり、それぞれ「Victoires de La Musique classics」「Victoires du Jazz」と呼ばれています
1985年から始まった授賞式では、毎年著名なアーティストによるパフォーマンスが披露され、人気の高いパフォーマンスはテレビ中継されたりもしています
フランス版グラミー賞のような賞で、舞台部門のニュイ・デ・モリエール賞、映画部門のセザール賞と並ぶ、フランスの主要な賞となっています
専門家が集まってできた委員会にて投票がなされ、現在では約1200名もの専門家が投票に参加しています
部門としては、「男性アーティスト」「女性アーティスト」「グループ」「アルバム(ポップ/ロック)」などが対象となっています
また、「レゲエ」「インストゥルメンタル」などのようなジャンルにも賞があり、「子ども向けアルバム」なんてものまであったりします
さらに、「コンサート(ツアー)」「ミュージカル」「ミュージックビデオ」に加えて、「音響技師」「アルバムプロデューサー」「スタジオミュージシャン」「番組プロデューサー」「レコードジャケット」などもあったりするのですね
フランスにおけるすべての音楽ジャンルを網羅した賞になっていて、この賞は名誉ある賞であることがわかります
劇中でドニが何の部門で受賞したのかは分かりませんが、彼は劇団を率いてレコーディングをしていたので、クラシックのアルバムの部門なのかなと思いました
■登場楽曲あれこれ(YouTube適当に寄せ集め)
【アントン・ドヴォルザーク「ジプシー歌曲集」より第4曲「母が教えてくれた歌(Songs My Mother Taught Me)」】
オープニングでドニの式典に不参加のフランソワがレコードで聴いている曲です
【ベートーヴェン「交響曲第9番(Symphony No.9)」第2楽章(2nd Movement)】
いわゆる「第九」と称される楽曲で、フランソワの楽団のリハーサルで登場していました
【ブラームス「8つのピアノ小品(8 Klavierstücke op. 76)」より「間奏曲第7番(Intermezzo a-Moll (alla breve, Moderato semplice)」】
ドニの恋人ヴィルジニが補聴器をつけた先に聞こえてくる楽曲で、彼がピアノで弾いていたものですね
後半にて、息子のマチューと共に弾く楽曲でもあります
【セルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Rachmaninoff)「ヴォカリーズ(Vocalise)」】
スカラ座のヴァイオリニストであるレベッカがリサイタルで演奏していた楽曲です
https://youtu.be/cnxkeptOUBA?si=t2GOrpRTL9FKAFsb
【フランツ・シューベルト 連作歌曲集「白鳥の湖(Swan Lake)」より「セレナーデ(Serenade)」】
ヴィルジニがレコーディングで弾いていた楽曲です
【ギウリオ・カッチーニ「アヴェマリア(Ave Maria)」】
ドニが小澤征爾の指揮する映像を見ているときに流れている楽曲で、実際の映像の楽曲ではないとのこと
【モーツァルト「ヴァイオリン協奏曲第5番(Violin Concerto No.5)」第1楽章】
オーケストラのリハに向かうフランソワがタクシーの中で聞こえてきた楽曲です
https://youtu.be/FfXSJu4z-2M?si=DhX5EgDNyPHJEKBP
【モーツァルト「ヴェスペレ(Vesperae Solennes de confessors K.339)」より「ラウダーテ・ドミヌム(Laudate Dominum)」】
歌手とのレコーディングでドニが指揮している楽曲です
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、わかりやすい親子の確執を描いていて、同じ業種で戦うライバル関係を描いていきます
明らかに実績はフランソワの方が上に見えますが、彼が切望する夢は叶っていないという感じになっています
それが「ミラノのスカラ座の音楽監督」というもので、そのオファーが来たことで人生がいきなり華やぐという感じになっていました
このミラノのスカラ座の音楽監督というものがどれほど凄いのかがわからないと映画との距離ができてしまう感じになっています
このスカラ座(Teatro alla Scala)というのは1978年にイタリアのミラノに建てられたオペラハウスのことで、当初の名前は「Nuevo Regio Ducale Teatro alla Scalia(新しいスカラ座王立侯爵劇場)」という呼び名でした
この劇場には、イタリアの偉大なオペラアーティストのほとんどが出演したことがある劇場で、スカラ座劇場アカデミーとしても知られています
映画で就任話が出るのが「音楽監督」で、これは「首席指揮者」を意味することになります
1836年から20人の音楽監督が就任し、全てイタリア人が務めてきました
なので、フランソワにせよ、ドニにせよ、史上初のイタリア人以外の音楽監督に抜擢されるということになります
そのオファーが「デュマール違い」ということになっていて、それによってさらに親子関係が拗れるのですが、これまでは拗れるのを恐れて距離を保っている、という感じになっていました
なので、諍いは延々と続き、どちらもが向き合わないことで、その距離感が固定されてしまっていました
フランソワはドニが最初から知っていてバカにしていると感じていましたが、普通に考えれば「騙す理由」もないし、「騙す距離感」でもありません
彼がそう考えたのは、若き才能に対する劣等感というものがあって、自身の衰えを感じていたからだと考えられます
今はフランソワの方が実績で優っても、いつかは追い越され過去になってしまう
老いていく人生の中で着地点を見出せないフランソワは、ドニと同じ舞台に立つことで自我を保っているように思えます
ラストシーンでは、飛び入り参加として二人でタクトを振るというシーンになりますが、実際に起きたらオーケストラの人たちは大変だなあと思います
この二人の指揮はかなり真逆に設定されていて、緻密なドニ、感性のフランソワという感じになっていました
指揮者によって楽曲の味付けは変わり、それはドニとフランソワのダメ出しの言葉にも現れています
物語の背景を解くとか、楽曲の人生を語るなど、楽譜通りに演奏することよりも大事なことがあったりします
音楽は、音で情景をイメージさせ、感情を揺さぶっていくものなのですが、それぞれの楽曲には「ある人の人生の一部が投影されている」のですね
なので、これを理解せずに演奏しても、ただ音符をなぞっているだけになってしまいます
映画では、ヴィルジニとレベッカという対称的なヴァイオリニストを登場させていて、ヴィルジニは緻密さを追求するドニの教え子という感じになっていました
そこに現れたレベッカは感性のヴァイオリニストで、これはドニにとってのパラダイムシフトのように思えます
この二人のヴァイオリンを弾き分けているAnne Gravoinは素直に凄いと思いましたね
初めは別人が弾いていたのかなと思っていましたが、サントラの演奏者欄を見て驚いてしまいました
今は裏方さんとして音楽の起業などに携わっているようで、YouTubeで検索しても、起業インタビューか本作のYouTube Audioぐらいしかヒットしませんでした
もっと多くの楽曲を弾いているところを見たかったですねえ、残念!
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP: