■個人の感情を抑制することで、マイノリティはさらに居心地が悪くなってしまう
Contents
■オススメ度
LGBTQ+の映画に興味のある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.8.8(京都シネマ)
■映画情報
原題:The Inspection(検査)
情報:2022年、アメリカ、95分、R15+
ジャンル:海兵隊に入って、母に認められようと奮闘するゲイの青年を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本:エレガンス・ブラットン
キャスト:
ジェレミー・ポープ/Jeremy Pope(エリス・フレンチ:親に捨てられて16歳からホームレスをしていた性的指向を隠せない海兵隊員)
ラウル・カスティーヨ/Raúl Castillo(ロサレス:エリスを平等に扱う教官)
ボーキム・ウッドバイン/Bokeem Woodbine(リーランド・ロウズ:冷酷な訓練担当教官、上級士官)
Nicholas Logan(ブルックス:射撃担当の訓練教官)
ガブリエル・ユニオン/Gabrielle Union(イネス・フレンチ:エリスの母、刑務所職員)
マコール・ロンバルディ/McCaul Lombardi(ローレンス・ハーヴェイ:班長を任される新兵)
Aaron Dominguez(カストロ:ハーヴェイとつるむ新兵)
Eman Esfandi(イスマイル:イスラム教徒の新兵)
Andrew Kai(ラベル:射撃訓練で命令拒否する新兵)
Aubrey Joseph(ボールズ:陽気な新兵)
Wynn Reichert(訓練施設の牧師)
Steve Mokate(ケイシー大佐:訓練生を点検する上級軍人)
Brad Napp(修了式に参加する上級軍人)
Wynn Recichert(修了式に来る将軍)
Daniel Williamson(予備将校訓練課程(PMI)の試験教官)
Jtyler Merritt(シャマス:修了式に来る上級軍人)
Eddie Plaza(バンバン:エリスの友人)
Krystal LaBeija(マヤ:エリスの友人)
Alex Mugler(カサンドラ:エリスの友人)
Jackie Andrews(ホームレスの退役軍人、エリスの知り合い)
■映画の舞台
2005年、
アメリカ:サウスカロライナ州
パリス島
https://maps.app.goo.gl/ESwMR2n8dsg7WCnbA?g_st=ic
アメリカ:ニュージャージー州
トレントン
https://maps.app.goo.gl/BkS4r5qqBdjmupTA7?g_st=ic
ロケ地:
アメリカ:ミシシッピ州
Jackson/ジャクソン
https://maps.app.goo.gl/pRKXQxqGMXpeEf4s6?g_st=ic
■簡単なあらすじ
ニュージャージのトレントンでホームレス生活を送っていたエリスは、ある日疎遠の母を訪ねた
エリスは母に出生証明書が欲しいと言い、「海兵隊に入る」と告げた
母は「息子として戻るのならその紙には意味がある」と言い、彼を追い出した
無事に出願することができたエリスは、冷酷無比な軍曹ロウズの元で訓練を積むことになる
だが、ある日、シャワー室で良からぬ妄想から勃起した彼は、訓練生たちにゲイであることがバレてボコボコにされる
訓練官のロサレスは性的指向を咎めては海兵隊員がいなくなると言い、彼を平等に扱うように進言する
だが、ロウズは容赦なく彼を叩きのめし、「この訓練に耐えることができれば、彼はモンスターになる」と嘯くのである
テーマ:変えられぬ自分
裏テーマ:不寛容と愛情の両立
■ひとこと感想
海兵隊の訓練生が性的志向を隠せずにハブられるというところまで知っている状態で鑑賞
まさかの「実話に着想を得た」内容で、監督自身の体験がベースになっていました
海兵隊時代の写真、母上の写真まで登場し、その複雑な関係性は最後まで緊張感を放っていました
どこまでが実話かわかりませんが、むしろ創作がどこなのかを探す方が難しいほどにリアリティを感じてしまいます
ゲイだからハブられるとか、イスラムだからスパイ扱いで銃器訓練のターゲットにさせられるとか、なかなか無茶な展開が待っていましたね
終始重たい感じで、その中にあった光明の正体が判明する時、エリスの覚悟というものが見えてきますね
それでも、彼の行動には危うさしかなく、海兵隊として任務を全うできるのかは微妙なところがありました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
タイトルの「The Inspection」は劇中で「銃器点検」の際に登場していて、意味的には「入隊時の検査」である「テロリスト、同性愛者、受刑者などではないか?」という文言の意味かなと思いました
パンフレットは作られていないようで、監督の背景などは英語のインタビュー記事を参照にするしか無いのですが、ほぼ実話という感じになっています
16歳の時に母親に捨てられ、以降は口も聞いてくれない存在で、彼女の部屋は宗教色が強い部屋になっていました
母が頑なにエリスを拒絶するのは宗教的な観点であるのと、生理的に無理というところが強いように思えます
それでもソファに新聞を敷いて座らせるという、汚物のような扱いはなかなかキテる感じが伝わってきます
映画は、エリスが母の考えを改めてもらうために努力をする様子が描かれ、劇中でロサレス教官から「なぜ、ここにいるのかを考えろ」と言われていました
その言葉はエリス自身の過去の囚われの解放の一歩目であり、その答えを母親に突きつけることになります
ラストシークエンスの母と息子の会話はリアルだと思いますが、その距離がその後埋まったのかどうかはわかりません
でも、あの感じだと埋まりようが無いと考えるのが妥当なのかなと思いました
■海兵隊のLGBTQ+事情
2021年のニュースで、バイデン大統領が「生まれた時の性別と異なる性を生きるトランスジェンダーの米軍入隊を禁止したトランプ前政権の方針を転換した」というものが流れました
2011年にオバマ政権で容認だったものが、トランプ政権で禁止という方針になっていました
それまでの流れは、1993年のビル・クリントン政権時に同性愛者の従軍を認めようとしたものの、米軍上層部と議員の反対に遭い、「同性愛者であることを公言しない(Don‘t Ask, Don‘t Tell)政策」にて妥協していました
その後,カミングアウトした約1万4000人が除隊処分を受けたとされています
この「DADT政策」は、オバマ大統領の公約にて「撤廃」が示されていて、2010年12月に上院にて採択され、2011年9月に正式に撤廃になっています
その後、トランスジェンダーに関しても、2016年7月に従軍禁止措置が撤廃になっています
2017年にトランプ大統領がこれまでの流れを覆すのですが,各方面から避難殺到で、訴訟問題に発展し、従軍禁止命令は保留となっています
この流れがバイデン政権になって、元の状態になり、給付金などの復活も行われています
映画内では、入隊の際に「共産主義者か? 重犯罪を犯したか?」などの質問の後に、「同性愛者か? これまでに同性愛者だったことはあるか?」という質問がありました
この映画は監督の自伝ということで、舞台設定は2005年なので、DADT政策が実行されていた頃ですね
監督自身は2010年まで従軍していたとのことで、撤廃の直前まで海兵隊にいたことになります
過去より寛容だとしても、「同性愛者と同じ部屋にはいたくない」という海兵隊員の本音もあるようで、2人部屋が舷側のため、ボランディアが寝泊まりすることもあると言います
法律が寛容でも、個人の感覚まで縛られないので、その不寛容まで縛ることはできないのだと思います
■不寛容と愛情の両立
映画のラストでは、母親との対立が描かれ、最終的に母はゲイであることを認めないという発言をします
冒頭の出生証明書を渡すシーンでも同様の会話があり、母親のスタンスは変わっていないことになります
でも、母親に愛情がないかと言えばそうではなく、16歳で出産した息子に期待したことが叶わないという本音が見え隠れしています
期待通りに育たなかった息子という枠組みになりますが、それは同性愛云々とは別問題のように思えます
同性愛者だから子どもを捨てるというのは尖った感覚になりますが、それだけ母親の期待というものが大きかったのでしょう
当時の情勢だと、同性愛者には不寛容な社会だったので、海兵隊でも大量の除隊が出るほどに、就職するのに不利な時代でした
エリス自身もゲイであることを隠して入隊しますが、バレても即除隊とはなっていません
それは彼自身が「公言していない」からで、路頭に迷って死ぬよりは、誰かの英雄になれれば良いという動機もしっかりしたものがありました
母親の懸念は、息子が幸せになれるかどうかというもので、海兵隊に入れば変わると思っていた節があります
海兵隊に入って変わるようなものではないというのは今では一般的なものですが、当時にイネスの感覚だと「海兵隊の訓練にて矯正される」と思っていたのだと思います
当時の訓練官は海兵隊員になるためにキツく当たっても、性的指向を矯正するような訓練はしないのですね
でも、明らかに行きすぎた訓練になっていて、ロサレス教官は「平等に扱うべき」というスタンスを取っていました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
エリスと母は最後まで理解し合うことはなく、それが実話ベースというところに物悲しさを感じます
海兵隊に入れば認められると思っているエリスでしたが、母の感情はそのような実績とは違うところに価値観がありました
この流れを考えると、エリスが経済的に自立するということよりも、普通に結婚して子どもを授かるという未来を望んでいたのでしょう
この二人は「相手に認めてもらう」という根本がズレているので和解の前に歩み寄ることが必要だったのでしょう
母が寛容になれれば良いのですが、彼女の感覚だと生理的に無理レベルのようにも思えるので、意識の問題ではないのかなと思いました
考え方の違いということならば、捨てるまで拗れることはなく、何か違うものを見ているというぐらいに嫌悪感が激しかったと推測できます
事実、彼女の家に行った際に「ソファに新聞を敷いて座らせる」という行動からすると、感情や感覚の部分で無理だったのだと思います
この感覚的かつ感情的に無理という状況で生まれる不寛容を、社会は個人の感覚の自由と捉えるのか、それすらも許さない社会を作ろうとしているのかは何とも言えない部分があります
頭でわかっていても、心では軽蔑するというのは普通に起こるもので、その不寛容さを責めてまで、社会を是正する必要があるのかは微妙なところなのですね
それこそ、マイノリティを理解できない、許容できない人は人ではないという差別的な感覚になっていくので、それ自体は行きすぎたものとして捉えられる部分があると思います
個人的には、性的指向を許容することも、拒否することも自由だと思うので、それは異性愛の間でも起こる生理的に無理というのと大差はないように思います
この個人の感覚は尊重しつつ、社会としては機会均等や平等性を持つことが必要なのですね
なので、同性愛者だから入隊拒否とかはなく、宿舎内で性的行動を起こせばアウトというルールを作ることになります
映画内でも、シャワールームで想像で勃起するという感覚が受け入れられていないので、同性愛者であろうがなかろうが、公衆の面前でそのような状況になることの方が気持ち悪いと思われても仕方ないと思います
個人的には同性愛者との関わりは気にしない方ですが、私自身はストレートなので、求愛的なものを前提とされると距離を置きたくなります
これは、異性愛の間でも起こるもので、興味のない人からの好意ほどキツいものはないのですね
異性愛間でセクハラとなる事象ということになりますが、それはLGBTQ+関係なく、平等にセクハラになるということを理解していれば問題ないと思います
そのあたりを読み違えて、LGBTQ+に寛容な社会と言われても間違っていると思うので、本来ならば、公の環境においては表明する必要はないのだと感じます
■関連リンク
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公式HP:
http://happinet-phantom.com/inspection/