■思いがけぬ収入によって変わった価値観は、そう簡単には戻らないもの
Contents
■オススメ度
落ちぶれた女の再生物語が好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.6.29(アップリンク京都)
■映画情報
原題:To Leslie
情報:2022年、アメリカ、119分、G
ジャンル:宝くじで大金を手に入れて没落した母を描くヒューマンドラマ
監督:マイケル・モリス
脚本:ライアン・ビナコ
キャスト:
アンドレア・ライズボロー/Andrea Riseborough(レスリー・ローランド/リー:宝くじを当てて貧乏になる女)
アリソン・ジャネイ/Allison Janney(ナンシー:レスリーの旧友)
スティーヴン・ルート/Stephen Root(ダッチ:ナンシーの恋人)
ジェームズ・ランドリー・ハーバート/James Landry Hebert(ピート:ナンシーの友人)
Deacon North(ピートの息子)
Alessandra Perez(ピートの娘)
マーク・マロン/Marc Maron(スウィーニー:レスリーを雇うモーテルの従業員)
アンドレ・ロヨ/Andre Royo(ロイヤル:レスリーを知るスウィーニーの雇用主)
オーウェン・ティーグ/Owen Teague(ジェームズ:レスリーの疎遠の息子)
(13歳時:Drew Youngblood)
Catfish Jean(ダーレン:ジェームズのルームメイト)
Alan Wells(ウィル:ジェームズのアパートの同階の住民)
Alan Trong(クリス:ジェームズのアパートの同階の住民)
Tom Virtue(レイモンド:レスリーの父)
Lauren Letherer(ヘレン:レスリーの母)
Sewell Whitney(ニュースキャスター、インタビュアー)
Scott Subiono(グレン:カウボーイ帽のバーの客)
Mac Brandt(バート:バーの店主)
Kourtney Amanda(バーニス:スウィーニーの娘)
Arabella Grant(ベッツィ:バーニスの娘、スウィーニーの孫娘)
Matt Lauria(レスリーをナンパするバーの客)
■映画の舞台
アメリカ:テキサス
ロケ地:
アメリカ:ロサンゼルス
ロザモンド、シエラ・ハイウェイ(モーテルの場所)
https://maps.app.goo.gl/CZum23UrhmQxjaV76?g_st=ic
■簡単なあらすじ
かつて宝くじで19万ドルを当てて盛り上がっていたレスリーは、その全てを酒に注ぎ込んで極貧生活に落ち込んでいた
息子ジェームズから愛想を尽かされて別居中のレスリーだったが、ついに住処を失うほどに落ちぶれていた
行く宛の無くなったレスリーは、ジェームズに電話を入れて、彼の住むアパートへと向かった
「計画が出来たら出る」「酒は飲まない」という約束で転がり込んだものの、ジェームズのルームメイトのダーレンの金を盗み酒を飲んだいたことが発覚し追い出されてしまう
ジェームズはレスリーの旧友ナンシーに泣きつくことになり、ナンシーの恋人ダッチは条件付きで住まわせることになる
だが、レスリーを許せないナンシーは彼女を追い出してしまう
路頭に迷ったレスリーは、翌朝モーテルの従業員スウィーニーで出会うことになる
彼は住み込みで働くことを提案するものの、まともに働いたことのないレスリーは、日に日に酒に溺れ始めてしまうのであった
テーマ:後悔と愛情
裏テーマ:あるべき自分の姿
■ひとこと感想
宝くじで貧乏という設定が気に入って、落ちぶれた母親がどうなるのかを見守る形になりましたね
レスリーのどうしようもない感じがリアルで、アル中でイッてる感じの再現度が凄すぎました
息子のところに転がり込んでも悪癖は抜けず、アルコール依存症のなりふり構わない感じもリアルに描かれていました
旧友ナンシーが怒り心頭で、彼女の恋人ダッチは許容しますが、使い勝手が悪ければ捨てるつもりだったのでしょう
あわよくばで迫るピートや、最後の方で登場するナンパ男なども、レスリーを相手になんとかできるところがすごいなあと思ってしまいます
どこまで堕ちれば改心できるのか、という感じになっていましたが、やはり初心の立ち戻る荒療治は必要なのだと再確認されます
ラストは都合良いと言えばそうなのですが、レスリーを追い出したわけではなかったので、町の人たちは根からの悪い奴らではないのかなと思ってしまいます
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
宝くじが当たると人生が変わると言いますが、大体が悪い方に変わってしまうイメージがあります
大金を手にしたことで変わる金銭感覚、いきなり増える友人など、劇的に変わる流れについていけないのだと思います
普段しないことをするとうまくいかないのが常で、大金を持って投資をしようなどとすると、すぐに騙されてしまうのですね
レスリーは「すべて酒代に消えた」と思われていますが、実際には「すべて」ではないのでしょう
レスリーの私生活を知る人々にはそう見えていて、そんなことよりも「ジェームズを置き去りにした」という事実だけがわだかまりの原因になっていました
ナンシーは幼いジェームズに「母親はあなたを愛している」と嘘を言い続けさせられたことを根に持っていて、それは一生許せないことであると思います
最後は親子の和解になりますが、ナンシーの許しが得られてこそ、闇からの脱却になるのかなと思ってしまいますね
■宝くじは当たらない方がいい?
本作の主人公レスリーは、かつて19万ドルの宝くじを当てたことがあり、その際のインタビューで「人生を変える」と発言していました
お金によって人生が変わると思っていましたが、それが悪い方向に変わっていったことが示されています
レスリーのこれまでの人生はシングルマザーということぐらいしかわからず、両親との関係性、シングルになった理由までは描かれていません
お金で人生は変わりますが、良い方向に進めるのは「お金に対するリテラシーが高い場合」だと思います
いきなり使ったことのないようなお金に塗れることで生活習慣が激変し、押さえつけていた欲が噴出してしまう
レスリーの場合は、無尽蔵に見えるお金で「酒に溺れる」という行動を悪化させ、それによって親子の関係性が壊れてしまった、となっていました
彼女の中で不自由に思えてきたのが「貧困による飲酒欲求の制限」だったのですが、それがお金がなくても突き進むほど酷いものだったのかは分かりません
彼女を崩壊させた要因は酒ではなく、お金によって自分が中心の世界になったことでしょう
誰もがチヤホヤして恩恵にぶら下がり、普段しないような投資詐欺も頻出する
そんな中、酒で前後不覚になったレスリーが冷静さの欠如によって取り返しのつかない行動をしてしまう
投資詐欺がいかほどのものかは分かりませんが、おそらくは酒で使った金額よりもはるかに多くの額で、ギリギリまでむしり取られることになったのだと考えられます
自宅を購入したけれど手放すことになり、安いアパートに追いやられて、酒にしがみつくだけの日々が繰り返される
最終的にはアルコール依存によって、酒のためなら何でもしてしまうようになり、育った町から消えるしかなくなる
その過程で、両親からも怒られたでしょうし、友人知人も消えていった
そんな中で最後まで残ったのが、ナンシーだったのだと思います
宝くじのような不意に沸いたお金というのは、労力によって得られてきた報酬を否定し、それによって自尊心の比重が変わってしまいます
結果として、対価を得るための労力を無価値に思ってしまい、労働意欲を喪失させて、これまでに自分を支えてきた価値観というものを崩壊させてしまいます
レスリーのような、無作為に支給された大金は労働の対価ではないので、当たらなかった人からの感情の攻撃もあれば、自分自身が何かを為し得たような錯覚も生んでいきます
そうした結果、本来レスリーが抱えてきた抑圧衝動というものが解放され、モラルハザードを起こして崩壊したのではないでしょうか
この観点から考えると、宝くじは買わない方が良いのかもしれません
■あなたにとっての救いの神様は誰?
後半のシークエンスにて、スウィーニーはレスリーに当選した時のビデオを見せる場面がありました
どこからかそれを入手して彼女に見せるのですが、スウィーニーがその行動に至った理由はあまり明確ではありません
おそらくは、スウィーニーの妻との関わりの中で生まれた方法で、同じことをして効果があったのか、せずに後悔したのかは微妙な感じになっています
個人的な感覚だと、ある種の成功体験的なものがあったからなのかな、と推測しています
あのビデオをレスリーが見る効果としては、現状の原点に立ち返ることができるということだと思います
そして、ジェームズとの関係が良好だった頃の証として、あの時に考えた幸福とは何か、というところに行き着いていきます
冒頭で描かれていなかったもの、それは「ジェームズがギターを買いたい」と言ったシーンで、これは前半のジェームズとの会話と対になっています
ジェームズと再会したレスリーは不用意に「ギターを続けていないの?」と訊き、「ロックスターになるものだと思っていた」という言葉を続けます
このシーンにおけるジェームズの反応が顕著なのですが、その理由にレスリーは気付けていません
それが、ビデオのジェームズを見ることによって理解に至るのですね
なぜ、ジェームズはギターを続けていないのか?
それに言及しないのはジェームズの優しさでありますが、それに気付けなかったレスリーは、あの時にジェームズに誓ったことを実現させることで、彼への贖罪をしたいと考えるに至りました
このシーンはとてもさりげないシーンなのですが、個人的にはラストシークエンスのダイナー関連が蛇足に思えるほどに名シーンだったと思います
ジェームズとの再会を描くのは涙腺崩壊確定事項ではありますが、個人的にこの映画の結びを描くなら、ダイナー設立はエンドロールの裏側でダイジェストにしちゃいますね
そして、閑古鳥が鳴いているシーンのあと、ナンシーがジェームズを連れて店に入り、ナンシーは無言で去る、という感じにしてしまいそうです
それが正解かは分かりませんが、ナンシーの許さない発言とか、ジェームズとの辿々しいやり取りは現実的すぎたので、なくてもよかったかなと思いました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画は、底辺生活を続けているレスリーに手を差し伸べるスウィーニーが登場し、出来すぎたシナリオのように思えます
実際にこのような救いがあるのかはわかりませんが、救いをスルーしてしまう人も多いように思えます
このような救いは「全てを解決してくれるもの」ではなく、「変えるきっかけとチャンスを与えてくれるもの」でしょう
そして、この手の救いは「耳が痛いものばかり」という特徴があります
人は堕落し、そのままで良いと投げやりになっていても、どこかで何かしらが起きないだろうかと思ってしまうものだと思います
レスリーはそれがこれまでの自分の人生の中にあったことを知らずに生きていて、何度もある救いのチャンスを失っていきました
肉親、友人を転々とし、かつて自分を支えてきたものにもう一度寄りかかって、完全に破壊していきました
人はとても面倒くさい生き物で、救いが訪れてもそれを救いだと捉えられないのですね
レスリーがそのように感じているのは、宝くじによってもたらされた「価値観の崩壊」であると考えられます
価値観というものは人生経験によって形成されますが、そこに強い外的な圧力が加わると、意図せぬ方向に歪んでしまいます
それによって、本来レスリーが有していたであろう「救いに対する感謝の念」のようなものが吹き飛んでしまうのですね
映画では、それを取り戻すために過去のビデオが引用され、そこにいたのが自分自身なので説得力があるのだと考えられます
わかりやすい原点回帰ではありますが、それを促せる人物が周いにいるかどうかで「救い」がもたらされるかどうかも変わってきます
スウィーニーは「あなたにとっての私は神様だ」という言葉を残しますが、このセリフの段階ではレスリーはそれに気付けていない
ビデオによって過去が想起され、それは自分の中で改変された都合の良い記憶とは全く違う
それによって、レスリー自身が生き方を変えることになりました
もしかしたら、神様はこの帰結をも想定して、彼女に大金を与えたのかもしれませんね
とは言え、この周りくどさが人生の醍醐味であると思いますが、そうだとしたら神様は意地悪なのかなと思えてしまいます
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/388464/review/22ba29ac-0302-410a-9c05-1d7f4904a5e4/
公式HP:
https://movies.kadokawa.co.jp/to-leslie/