■箱の中の羊


■オススメ度

 

監督作品が好きな人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2026.5.29(イオンシネマ久御山)


■映画情報

 

情報:2026年、日本、126分、G

ジャンル:息子を亡くした夫婦がヒューマノイドを迎え入れる様子を描いたSFヒューマンドラマ

 

監督&脚本:是枝裕和

 

キャスト:

綾瀬はるか(甲本音々:息子を亡くした母親、建築家)

大悟(甲本健介:音々の夫、工務店「タマケン」の二代目社長)

桒木里夢(甲本翔:夫婦の元にくるヒューマノイド)

 

清野菜名(小滝亜利寿:音々の妹)

三原健豊(小滝すばる:亜利寿の息子、兄)

渋谷そらじ(小滝健太:亜利寿の息子、弟)

余貴美子(西村信代:音々の母)

 

寛一郎(日高玄:健介の弟子)

田中泯(山懸昭男:「タマケン」のベテラン職人)

黒田大輔(照一郎:「タマケン」の従業員)

太田路(恵美:「タマケン」の従業員)

吉沢太陽(康:「タマケン」の従業員)

 

柊木陽太(今野詩季:ヒューマノイドのリーダー)

木津光希(光希:右手手袋のヒューマノイド)

梅津悠太(梅津:ヒューマノイド)

福島永大(永大:ヒューマノイド)

井上明香里(明香里:ヒューマノイド)

津久井有咲(有咲:ヒューマノイド)

嶋田鉄太(鉄太:行方不明の少年)

三浦あかり(奏:さまよう少女)

 

惺奏(樹:ラボのヒューマノイド)

星野真里(RE birth Ltd.で出会う樹の母)

 

中島歩(小山内紡:RE birth Ltd.のエンジニア)

 

角田晃広(羽野潤:音々の顧客)

野呂佳代(羽野佳澄:潤の妻)

 

長友郁真(音々の同僚)

貴史(音々の同僚)

加藤才紀子(ラボの案内係)

小澤雄志(ラボの配達人)

林ちゑ

安宅陽子

湯川ひな(紡の助手)

植木祥平

嶺豪一(愛流の父)

塚尾桜雅(愛流:翔の幼稚園時代の友だち)

北浦愛(女性警官)

桶谷陽海(男性警官)

伊藤悌智(男性警官)

村上雄史(男性警官)

 

小松新(ヒューマノイド)

千野珠琴(ヒューマノイド)

佐々木紬(PR動画の案内少女)

栗山かほり(PR動画の老女の娘)

飯田圭子(PR動画の老女)

竹内達麒(PR動画の戻ってくる息子)

山本裕太(PR動画の父)

福原稚菜(PR動画の母)

澤村菜央(PR動画の母)

山田博之(PR動画の戻ってくる父)

山田唯衣(PR動画の娘)

 

オセロ(愛猫)

 

渡辺和洋(ニュースの声)

宮司愛海(ニュースの声)

 


■映画の舞台

 

神奈川県:鎌倉市

 

ロケ地:

北鎌倉洋菓子店 アルジャーノ航

https://maps.app.goo.gl/fi51e9eFT1DFjrYw7?g_st=ic

 

神奈川県:藤沢市

フラワーガーデン ハセガワ

https://maps.app.goo.gl/d66tFGbcBeCNqfKc8?g_st=ic

 

神奈川県:神奈川市

風景研究所

https://maps.app.goo.gl/Z4cycuC79fhcgJVr6?g_st=ic

 

広島県:庄野市

広島:熊野のトチノキ

https://maps.app.goo.gl/LdSxDHsJmU5HLfsS9?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

鎌倉で建築家として働いている音々は、工務店の2代目社長の夫・健介との間に翔という息子がいた

だが、2年前にある理由で亡くなっていて、それ以来、夫婦は喪失の中で過ごしてきた

仕事に精を出すことで日々を過ごし、音々は顧客との間に新築物件の建設に向けての営業をこなしていた

 

ある日のこと、夫婦のもとに「RE birth」という企業から「ヒューマノイド」のモニターの知らせが届いた

生前の故人の記憶をもとに、AIを利用したロボットを手元に置いておくというもので、試しに説明会に足を運ぶことになった

そこには亡くなった人々の精巧なヒューマノイドがいて、普及のために費用はかからないとのことで、翔のヒューマノイドを作ることになった

 

音々は母親として接するものの、健介はどうしても「息子」であるとは思えなかった

そんな折、音々の母と妹が急に来訪し、そこで妹の息子たちと喧嘩沙汰になってしまう

音々は悪くない翔に謝らせ、翔もまた音々の本音を祖母にぶちまける

そんな中でも、音々は母親として翔と接する日々を重ね、健介も徐々にその生活に慣れていったのである

 

テーマ:グリーフケアの実践

裏テーマ:記憶との旅

 


■ひとこと感想

 

AI時代が訪れて、この手のヒューマノイド系はよりリアリティを増してくる時代がやってきました

そんな中、子どもを失った夫婦が「擬似的な子ども」を取り戻すという物語で、いささか古いかなと思ってしまいます

AI時代になっても物語性のアップデートが行われることもなく、いわゆるグリーフケア(悲しみの癒やし方)の方法が変わっただけのように思えます

 

生前の記憶を用いて、ロボットを作るというのは真新しくなく、それを拒絶する流れも、これまでに散々描かれていたものでしょう

本作におけるオリジナリティは後半のヒューマノイドの行動にあると思いますが、その起点であるとか、理由というものは一切描かれていません

また、それを受容してしまう両親と言うのも何とも言えず、どうしてこの方向に物語が進むんだろうと思ってしまいました

 

個人的には、かなりの伏線を残したまま終わった印象があって、まとまっているように見えて、実際にはどの物語も閉じずに終わっているように思います

劇中で「箱の中の羊」と言う童話を読み聞かせるシーンがありますが、その終わり方に似たところがありましたね

「どうしてそうなったのかは、各自で想像してください」と言うもので、「箱の中に何があったのか」を含めて、観客に委ねる結末になっていたように思いました

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

観客に委ねる系は嫌いではありませんが、ここまで伏線回収を放置してしまうと、どうしてこうなった感が否めません

翔の死因に関しても「知らない人について行って、踏切で何かあった」までは分かりますが、列車に轢かれたのか、あの場所で何らかの理由で死んでいたのかも分かりません

警察とのやりとりでは「事故」として処理されたようですが、「知らない人について行った」と言うことを夫婦が認知している以上、それを「事故」として片付けてしまうのは「神奈川県警だから」と言うメタ構造では説明がつかないと思います

 

ヒューマノイドのリーダーっぽい少年がGPSを外して回りますが、彼がどうしてそれを行うのかも不明で、林が呼応するかのようにヒューマノイドたちも通信をしているみたいな描かれ方をしていました

それによって、ヒューマノイドは相手がヒューマノイドであると認識していて、だからと言って、子どもたちだけの楽園を作ろうと言う動機には結びつきません

おそらくは「ヒューマノイドとして家庭に送られたけど、何らかの理由で拒絶された」と言うものでしょうが、そう言った夫婦は「返却」すると思うので、借りている過程で失踪する理由づけにはならないように思いました

 

町で起こっている誘拐事件に関する流れも放置プレイになっていて、誘拐と失踪とが入り混じっているし、テレビ報道された行方不明児たちの全てが「本当の子ども」なのかはわかりません

写真として紹介されていた何人かはヒューマノイドたちと行動を共にしていましたが、彼らの中で本当の人間というのは鉄太くんだけ、もしくは彷徨っていた少女を含めた2人だけということになるのでしょう

あの少女も「ある家庭から逃げ出してきたヒューマノイド」なのかもわからず、あの楽園であの人数のヒューマノイドの充電用の電力は賄えないだろうし、生身の人間が生きていける環境でもないと思います

夫婦は「ここにいるのが全員ヒューマノイドだと思っている」ようで、自分たちは「捨てられた側」だと認識するに留まっていて、彼らが親元から離れても問題ないと思っているところが一番のファンタジーだったように思いました

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

映画は、何らかの事故によって息子を亡くした夫婦が描かれ、その誰も(祖母を含めて)が「原因が自分であると思いつつ、他人だと思い込みたい」という関係性になっていました

それが翔が帰ってきたことで暴露される流れになっていて、健介は「擬似的にでも謝ることができた」と言い、ある種の自己満足の極致のような使われ方をされていました

この家庭から翔が逃げ出したくなる理由はほとんどなく、それゆえに自発的に消えようとするのは不思議に思います

彼自身が「母親の68%は母親を辞めたいと言っていた」ということを調べて知っていて、その言葉が母親の本音ではないことを理解しています

 

この手の物語は「ヒューマノイドが役割を終えると消える」という部分があって、その観点だと翔が消える理由としては成立します

それでも、あの家庭を飛び出して、リーダーと一緒に「自分たちの家を作ろうとする理由」にまでは届いておらず、翔は死んだけど、養子的な意味合いで新しい家庭をスタートさせたいという夫婦の思いは裏切られる形になっています

それゆえに、あの夫婦がどうして翔の未来を許容するのかがわからず、さらに多くの失踪したヒューマノイドたちが同じ行動を共にしていることに共感する理由づけも弱いと思います

 

彼らは人間とヒューマノイドの区別がつかない人たちで、そこに人間の子どもがいたらどうするのかということには無頓着なのですね

それは、前半の健介のセリフにもあったように、「人は他人の子どもには興味を持たない」という部分に繋がっていますが、かなりドライな観点のように思えます

彼自身はいまだに事件だと思っていて、それが並行的であることを知っていたので、それゆえに「子どもたちの集団がどこかへ行こうとしている」という現実を放置するとは思えません

その流れがどうして起きるのかを理解するのはとても難しく、他人の子どもに興味を持たないとしても、彼らの行動によって起こっている「日常」というものから目を背けたまま、というのは意味不明のように感じました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/104699/review/06566976/

 

公式HP:

https://gaga.ne.jp/hakononakanohitsuji/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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